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囲碁の普及キューバでGO!

Insight 世界のスポーツ 更新日: 公開日:
蒸し暑いハバナの囲碁センターで、真剣な表情で碁を打つキューバ人たち。 Photo: Hirayama Ari

カリブ海の島国キューバで、囲碁が人気だ。政府が「頭脳スポーツ」の一つとして普及を後押ししており、日本との交流にも一役買っている。(ハバナ支局長・平山亜理)
蒸し暑いハバナの囲碁センターで、真剣な表情で碁を打つキューバ人たち。 Photo: Hirayama Ari


囲碁センター「日・キューバ友好館」は、ハバナのスポーツ複合施設の一角にある。中に入ると、数人のキューバ人が真剣な表情で碁盤をにらんでいた。センター内には、40組が同時に囲碁を打てるだけの碁盤がそろっている。

政府のスポーツ体育レクリエーション庁「INDER」が直轄する「キューバ囲碁アカデミー」によると、キューバで囲碁をする人は少なくとも2000人おり、有段者も39人いるという。

3年前からは、小学校の選択授業にもなった。「男の子は幼い時は、野球やサッカーのようなスポーツを選ぶけど、少し成長すると、囲碁を選ぶんだ」と囲碁アカデミー代表で、2段のラファエル・トレス・ミランダ(50)は言う。

週3回、約20人の小学生に囲碁を教えているヤディラ・フェルナンデス・コリーナ(32)は「幼いときから集中力を養うことができ、計算能力や記憶力も高められる」と話す。

キューバで囲碁が広まったのは、ミランダと、1人の日本人との出会いがきっかけだった。

約20年前、ミランダは仕事で親しくなった日野自動車駐在員(現在は中南米事務所長)の佐藤悠一(62)の自宅を訪れた。その時、初めて碁盤を目にし、その美しさに魅了された。

当時、キューバで囲碁は知られていなかった。「教えてほしい」と頼んだが、佐藤は断った。「日本人でも囲碁を教えてできるようになるのは10人中1人か2人。スペイン語で教えるのは、さらに難しい」と考えたからだ。

それからしばらくして、佐藤はミランダに新鮮な魚が欲しいと頼んだ。ソ連が崩壊し、物資不足がひどい時代だった。魚を持ってきたミランダに、佐藤は代金を支払おうとしたが、どうしても金を受け取らない。「貴重な食料を分けてくれて、お金だって必要なはずなのに」。心を打たれた佐藤は、囲碁を教えることにした。


茨城で修業

Photo: , Antonio Nakata


ミランダは囲碁にとりつかれた。「こんなに複雑で深いゲームだとは思わなかった」。教わった囲碁をまた人に教えていくうちに、徐々に愛好者が増えていった。

そのうち、ハバナ大学でも独学で囲碁を学んでいるグループがいると知った。キューバの日本大使館が大学に寄贈した本の中に、英語で書かれた囲碁の本があった。数学科の教授や学生たちが、それを読んで自力で学んでいたのだ。

当初は草の根で広がっていった囲碁だが、2000年代に入ると、政府も普及に力を入れるようになった。

そのきっかけの一つが、シドニー五輪だった。仙台で合宿していたキューバ代表を応援するため、スポーツ相とINDER代表が日本を訪問。日本のスポーツ関係当局者と交流を深めた。04年に再び訪日した際には、日本棋院のメンバーと面会し、キューバを訪問するよう勧めた。ちょうど、チェスや囲碁、将棋などが、思考力や計算能力などを競う「頭脳スポーツ」として、国際的に注目されるようになっていたころだ。INDER側は「囲碁がキューバ国内で普及することで日本との交流も盛んになり、外務省の支援も受けられる」と考えた。

06年には、サンクティ・スピリトゥス大学でスポーツ文化を専攻していたサンティアーゴ・アルバレスが1年間、「囲碁大使」として茨城県石岡市に留学した。NPO法人「囲碁国際交流の会」のメンバーの自宅に居候し、朝起きてから寝るまで、みっちり囲碁を学んだ。ハバナの囲碁センターで使われている碁盤は、帰国の際、贈られたものだ。

11年には、キューバ側の依頼に応じてこのNPO法人が指導員を派遣し、約10カ月間、小学生に囲碁を教えた。

日本のアニメも、普及に一役買った。違法だが、インターネット上でダウンロードされたアニメ「ヒカルの碁」のテレビ放送のコピーが出回り、興味を持つ若者が増えたという。


武道の精神

Photo: , Antonio Nakata



囲碁の知名度は高まり、道ばたで囲碁をしていると、「あ、これは日本のゲームでしょう?」と声をかけてくる人も増えたという。なぜ、囲碁はキューバ人をひきつけるのだろうか。

「囲碁には、武道の精神が通っているという人もいる。キューバ人には、規律のある日本文化へ尊敬の念がある」と、柔道もするミランダは説明する。チェスから移ってくる人や、数学を学んだのをきっかけに始める人もいるという。

囲碁センターでは、日本語の授業もしている。碁を打つうちに、日本語を学びたいと考える人が増えるという。日本から寄付される碁の本や雑誌は、日本語で書かれている。「どの手がよくて、どの手がまずいのか、日本語をよく読んで理解しないと上達しないですから」

昨年夏、ミランダに碁を教えた佐藤は、久しぶりに囲碁センターを訪れ驚いた。前回の訪問時には、手作りの碁盤に色違いのボタンを碁石にしていた。それが今では、立派な道具を使って大勢のキューバ人が碁を打っている。「経済封鎖が長く続いたキューバでは、碁盤や碁石をそろえるのさえ大変だった。そんな逆境を乗り越え、広がったのはラファエルのお陰。あのときラファエルに囲碁を教えて、本当に良かった」

ミランダの息子たちと碁を打ったが、佐藤は一度も勝てなかった。「お前のせいだからな」。冗談めかして、ミランダを責めた。「恩返しを受けた気がした」

ブラジルの自動車部品の会社に勤めるミランダは午後5時、仕事が終わるとすぐに、センターにやってくる。「碁は私の人生。囲碁を始めて、物の見方が変わった。物事を分析し決断する時など、様々な場面で、碁は私を助けてくれた」。世界には、2種類の人間がいるとミランダは話す。「碁を打つ人と、碁を打たない人です」

(文中敬称略)