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中国の台湾侵攻、米研究所の図上演習でほとんど失敗だが…一喜一憂すべきでない理由

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
アメリカ戦略国際問題研究所による台湾有事のシミュレーション
台湾有事シナリオでは、専門家が中国軍側、米軍側などに分かれ、保有する装備や部隊を移動させながら「戦闘」をシミュレーションした=米戦略国際問題研究所(CSIS)のホームページから

ほとんどのシナリオで台湾侵攻は失敗だが…

CSISは、「中国が2026年、歴史上に見られた上陸作戦の手法で台湾に武力侵攻し、台湾が激しく抵抗するシナリオ」を準備した。

シナリオ作成で、中国の侵攻の成否を決めると考えられる計24の要素(変数)を設定した。主な要素は以下の通りだ。

  1. 米国参戦のタイミング
  2. 日本の参戦のタイミングや、自衛隊の行動の程度
  3. 長距離地対艦ミサイルの有無
  4. 航空機を守る掩体壕(バンカー)の有無

その上で、一番基本になるシナリオは「米国は自動参戦し、自衛隊は攻撃を受けたら参戦する」というもので、その上で24の要素を加え、「米台に不利なシナリオ19通り」などとする計24のシナリオをつくってシミュレーションした。

その結果、ほとんどのシナリオで中国軍は台湾侵攻に失敗した。米軍と自衛隊は、米国の空母2隻を含む数十隻の艦船や数百機の航空機を失い、数千人に上る人的な被害が発生するとしているが、元海上自衛隊海将補で徳島文理大人間生活学部の高橋孝途教授(国際政治・安全保障論)は次のように指摘する。

「報道は、結果や被害にばかり目が向いています。でも、このシミュレーションは、どの要素が台湾防衛に決定的な影響を与えるのかを見極めるのが目的で、生じる被害の精度は高くありません。このようなシミュレーションの意図を誤解して、誤った主張が広がらないか心配です」

高橋氏によれば、すでに一部で「失敗が明らかなのだから、中国が台湾に武力侵攻するはずがない」「多大な被害が出るのだから、米軍が台湾防衛に参戦するはずがない」といった論調が出始めているという。

シミュレーションの狙いは?

高橋氏は「CSISのシミュレーションの意図を正確に把握する必要がある」と語る。そのために、自衛隊が普段行っている図上演習などとの違いを知ることが有用だという。

高橋氏によれば、自衛隊では部隊や隊員の教育訓練、計画への習熟や検証などの目的で図上演習を行っている。教育訓練なら、演習を通じて指揮官や幕僚の判断力や部隊運用能力を養う。

特殊な例としては、予算要求の資料を作るために非常に限られたシミュレーションを行うこともある。例えば、欲しい装備と今ある装備の威力を比較するため、戦術場面をシミュレーションし、その結果を使って財務省に説明する。

ただ、CSISのように、ベースのシナリオから様々な要素を入れてシナリオを変えていくことはほとんどしないという。高橋氏は「例えば、毎年行う演習なら、いつも同じでは意味がないので、前回からは、予想もしなかったような状況に変えることはします。しかし、CSISのようなやり方で、色々なシナリオを試す演習はしたことがありません」と語る。

CSISの演習では、プレイヤーが作戦方針を決め、コンピューターに部隊の行動予定や任務の数値を入力すると、そこから3.5日間はコンピューターが自動的に双方の部隊の交戦をシミュレートするシステムを使っている。

このため、コンピューターに入力した後の3.5日間は、情勢変化に応じた作戦変更は一切できない。高橋氏によれば、自衛隊の場合、夜間など情勢が動かないと予想される場合を除き、通常は速くても3倍速、即ち実際の1時間の間に、演習場の世界は3時間すすむ形を取る。その間もプレイヤーは入力が可能だ。

これに対し、CSISの場合は、「限られた時間で様々なシナリオを処理するために、処理の速度を上げたのでしょうが、精密さを欠くことになります。また、CSISは、地理的には1辺600キロの六角形の中で部隊を置くだけです。精度はさらに下がる可能性があります」と、高橋氏は指摘する。

では、CSISのシミュレーションにはどのような狙いと意味があったのだろうか。高橋氏は「台湾危機の重要性を浮き彫りにするとともに、抑止力を高めるために解決すべき課題を探る狙いがあったのでしょう」と語る。

CSISのシミュレーションは、日本の早期参戦や航空機を守るバンカーの構築、長距離の地対艦ミサイルなどが、戦況に大きく影響する状況を浮き彫りにした。高橋氏は「CSISシミュレーションの結果についての精度はともかく、近代戦では双方に大きな被害が及びます。台湾有事が起きないように、日米が抑止力を高める必要があります。CSISが挙げた課題を一つずつ解決することが、抑止力を高めることにつながります」と言う。

ただ、日米が抑止力を高めるほど、日米の一体化は進む。米国が唱える「統合抑止力」だ。仮に抑止力が破れた場合、中国は日本が自動参戦すると想定し、ただちに自衛隊に攻撃を加えるだろう。高橋氏も次のように述べる。

「統合抑止力が強化されるまでもなく、現時点でも、中国はすでに日米が一体化しているとみているはずです。台湾問題とは関係なく、南西諸島や尖閣防衛に米国の支援は不可欠だからです。自国防衛に米国の支援を期待する以上、日本が台湾問題に無関心でいるとは考えにくいので日本の関与は避けられないと考えている可能性が高いと思います。逆に日本が関与しないなら、中国は、台湾だけではなく日本の領域でも安心して力による現状変更を試みることができるようになります」

その上で、高橋氏はこうも付け加えた。

「例えば、対処力を整備し、中国の台湾侵攻は絶対に容認しないという立場を明らかすることで抑止力を強化する一方、中国が武力侵攻しない限り、日本は中国と争う考えがないことなどを、外交などの手段を使って中国に伝える必要もあるでしょう」

しかし、抑止力が敗れた場合に戦場になるのは台湾と日本だろう。岸田文雄首相は、こうした事態が起きうることの覚悟を日本国民に求めているだろうか。高橋氏は「ロシアによるウクライナ侵攻も起きたように、現代ではあり得ないと思った戦争が起きる時代です。政治家は国民に、抑止と対処は表裏一体で、対処する能力と意志がなければ抑止がやぶれ、結果として日本が戦場になる場合もあると伝え、徹底した議論をまき起こす責任があるでしょう」と語った。