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韓国・済州島に広がる人工の英語教育都市 富裕層のニーズ吸収、「貴族学校」の批判も

World Now 更新日: 公開日:
インターナショナルスクールが集まる、英語教育都市
インターナショナルスクールが集まる、英語教育都市=韓国済州島、織田一撮影

「早期留学」熱が社会問題に…代替としてインター誘致

アジアでいち早く、海外のインターナショナルスクールの誘致に乗り出したのが韓国だ。多くのインターがあるリゾート地、済州(チェジュ)島に向かった。

空港から車で約40分。東京ドーム約80個分の敷地に「英語教育都市」はある。その中に、英国、米国、カナダの名門私立校の分校が点在している。

1997年の通貨危機後、政府は「国際競争で勝ち残るには国際語の英語をマスターする必要がある」と英語教育に力を入れた。

子どもが小中高校生のときに海外で英語を学ばせる「早期留学」が急増。母親は子どもと英語圏に滞在し、父親は韓国に残って、収入の大半を留学費用として送金する「雁(かり)パパ」が続出し、家庭崩壊が社会問題化した。留学に伴う外貨流出も議論となった。

解決策として政府が立案したのがインターを呼び込み、英語を公用語とした学園都市をつくる英語教育都市構想だ。海外留学の需要を国内で吸収する狙いだった。

173校にあたった結果、20119月に英国の私立有名女子校の初の海外分校が開校した。男女共学の幼稚園から高校までの一貫校だ。翌年にはカナダ系、17年には米国系のインターも開校。韓国系も含め4校で計4800人が在学している。韓国には仁川や大邱にもインターがあり、韓国人の定員割合は制限されているが、済州島の4校は100%でもOKだ。

寮費合わせて年間600万円 卒業後は海外の名門大へ

そのうちの1校を訪れた。400人超を収容できるコンサートホール、大きな体育館、室内プール、二つの食堂など充実した施設のなかで、目を引いたのが進学相談のフロアだ。海外有名大学に詳しい専門スタッフが学生に志望大学への応募の仕方や面接のポイントなどを指導する。

校長は「保護者は、子どもに韓国の暗記型ではない教育を受けさせたい、海外大学への準備をさせたい、と思っている。卒業生は英ケンブリッジ大学や米名門8大学をはじめとする有力大学に進み、しっかりと卒業できている」と胸を張る。

中学から入学した、12年生(高校2年生に相当)の男子(17)に話を聞いた。

ソウルの私立小学校に通っていたが、「小学3年生のころ、海外の金融分野の企業で働きたいと思い、インターへの進学を考えるようになった。経営コンサルタントの父親の影響はなかった」と話す。「英オックスフォード大学を目指している。卒業後は投資銀行で働き、その後大学で博士課程を修了して国際機関に入りたい」という。

英語教育都市の開発状況を説明するJEINSのソン・ボンス最高経営責任者=2022年11月28日、韓国・済州島、織田一撮影

韓国系を除く3校の運営にあたっているのは政府系の学校法人「JEINS」。学費は3校平均で年間約400万円だという。

最高経営責任者ソン・ボンス氏に「富裕層のための学校ではないか」と問うと、「その通り。寮費などを合わせると500万、600万円になる。自分も子どもを通わせることができなかった」と笑った。「でも、韓国の公教育に満足できない親たちが、自分のお金で海外の教育サービスを求めているわけで、彼らはある種の消費者とみるべきだ」

地域社会とは隔離 「公教育の質の向上に力を」と批判

取材の後、2時間ほど歩き回った。島の南部の山林を切り開いた人工都市。道ですれ違ったのは数人で、時折、2車線道路を車が行き交うぐらいだった。ファストフード店も閑散としていた。

居住エリアには中層アパートが立ち並ぶ。ソウルなどからやってきた未就学児や小学生が、母親ら保護者と一緒に暮らしているという。

インターナショナルスクールが集まる英語教育都市は日中は人通りはなく、閑散としていた=2022年11月28日、韓国・済州島、織田一撮影

生活臭がしない街を歩いていて、ソン氏とのやりとりを思い出した。「地域社会から隔離されているのではないか」と聞くと、「インターの影の部分だ」と認めた。「高い学費には批判もある。生徒の安全を考えると、地元の生徒を簡単に受け入れて学んでもらうというわけにはいかない」と話し、夏休みに地元の学校の生徒との英語キャンプなどをして地域交流に力を入れていると説明した。

英語教育都市にインターができて10年余り。韓国の教育にどのような影響を与えているのか。

チェジュ大学のキム・ミンホ教授は「英語教育都市計画が動き出したときは外資がなだれ込んできて韓国の公教育にとって脅威になると思った」と話した。その後、JEINSという国内資本が運営するとわかり、「資本主義システムのなかで『もっとお金を払って、もっと良い教育サービスを受けたい』という需要は認められてしかるべきだろう」と肯定的に見るようになった。

一方で、韓国の受験競争について、「子どもが熾烈(しれつ)な受験競争に苦しんでいる面がある。『学習労働』との言葉もある。インターを選ぶ親には『もっとゆっくりと学ばせたい』との期待感がある」と指摘する。

全国教職員労働組合は「インターは富裕層のための『貴族学校』で庶民の学校との格差ができる。国が土地や建物を無償提供して支援するのはおかしい」と誘致に反対してきた。

「インターナショナルスクールはごく少数の生徒のための学校。公教育の質の向上とは無関係」と話す全国教職員労働組合チェジュ支部のムン・ヒョン支部長=2022年11月28日、韓国・済州島、織田一撮影

チェジュ支部長のムン・ヒョン氏は「生徒はほとんどがソウルの高級住宅街、江南区出身。インターがチェジュの公教育の質の向上と無関係なことがはっきりした。政府は大多数の子どもが通う公立の教育課程や施設の改善に注力するべきだ」と話す。