ロックのストリーミング増加 コロナ時代の感情にもマッチ
スポティファイとアマゾンミュージックによると、世界全体で展開する両社のサービスにおける「ロック」の占める割合について、明確な数値こそ明かさなかったが、いずれもここ数年で上昇傾向にあるという。
なぜか。アマゾンミュージックの音楽編成担当、ミッチ・スギハラさんは、「コロナ禍の中でシェアされやすかった音楽は、少し暗い感情を表現できる曲だった。そうした感情と親和性が高いのはロックだった」と語る。
音楽シーンで一時期ロックが衰退していったのは、コスト面からも説明できるという。ロックバンドはヒップホップのようにDJが音を再利用することはなく、スタジオを借りて一からオリジナルの作品を作り上げていく。このため、「バンドは時間と費用がかかる。レコード会社側としても、経営が悪い時期は敬遠しがちになる」とスギハラさんは話す。
CD市場が急速に縮小する中で、一時期はレコード会社にロックバンドを育てる余裕がなくなった。しかし、2010年代後半にストリーミングの収益で再び潤い出すようになり、ロックバンドへの投資が可能になったとみる。
スポティファイ・ジャパンの芦澤紀子さんは「コロナによってロックを聴く層に変化が生まれてきた」という。
日本国内、国外にかかわらず、基本的にバンドはライブシーンでまず人気を獲得してから、レコード会社と契約して作品を出す。その作品が売れて、またライブに客が増えていく、という流れをたどるのがこれまでのスタンダードだった。
だが、近年はSNSの普及で、動画共有アプリのTikTokなどに投稿された楽曲が注目を集め、デビューにつながるケースが増えた。そうした流れは、コロナ禍の中でライブシーンが縮小したことで、いっそう加速したという。
芦澤さんは「これまではライブに行っていた人がロックやバンドの人気を支えていたが、そうではない層がSNSなどを通じてロックに触れたことで、ファン層が広がった」とみる。オンラインによるライブも増え、会場から遠く離れた場所に住む人や、育児・介護などでなかなか会場に足を運べない人も参加できるようになった。
ロックの復活がささやかれる中で、特に今年注目されているのは、マネスキン、The 1975、シン・ガン・ケリーだと芹澤さんは話す。マネスキン、The 1975は、ジェンダー意識が強く、社会問題への反応が鋭い。芹澤さんは、ロックが本質的に持っている社会性のDNAを受け継ぎながらも、提示の仕方は昔とは少し異なると考える。
かつてロックは「権威への反抗」というイメージが強かったが、今はどちらかというと社会の問題点を見つめ、「『多様性を尊重しよう』といった今の若い世代の感覚にもあったメッセージを発している」と語る。
今回の特集や以前の取材で私が、マネスキン、ザ・リンダ・リンダズをインタビューした際に共通しているのは、音楽を聴く上で、その作品がリリースされた時代がいつであるかをあまり意識しない、と語っていることだ。そして、自分たちが生まれる前にリリースされたロックについても、自然な形で吸収して育ってきた。彼らにはロックが「古い音楽」という考えやバイアスはあまりないように見える。
両バンドのメンバーは90年代後半以降に生まれた。物心がついた頃には、すでにインターネットで音楽を聴くのが当たり前になっていた。月額1000円程度で数千万曲が聴き放題となっている音楽サブスクの普及は近年、時代の壁を取り去った。
AIが時代超え好みの曲選び ジャンルを超えた新しい音楽も
サブスクで楽曲を聴いたとき、AIで自動的に似た楽曲やおすすめの楽曲が提示されるが、ある楽曲の次におすすめに出てくる楽曲は、数十年も時代を隔てたものであることがままある。
また、サブスクでは、テーマに沿って楽曲を集めた「プレイリスト」と呼ばれる機能があり、「夜のランニングに合う曲」「朝の通勤時間をとにかく楽しくするプレイリスト」「一人で泣きたいときに聴く曲」など、気持ちやムードによって細分化されたものも人気だ。そこには古い曲も新しい曲も入っていることが多く、使っていれば、意識せずとも古い曲に触れるチャンスは増える。
米国のエンターテインメント企業・MRCがおこなった調査では、21年の米国における音楽サブスクでは、再生数のうち、旧譜が7割を占めた一方、発売から1年半以内の新譜が聴かれる割合は3割だった。
音楽市場では、今までよりも新譜の力が弱まって旧譜が力を持つようになり、いわばロック・ポップスのクラシック化とも言える現象が起きている。
また、様々な国やジャンルの音楽を手軽に聴けるようになったこともあり、近年生み出される楽曲の中には、ロックとヒップホップ、ロックとジャズなどが融合し、分類し難い楽曲も多く、ジャンル間の境界は一層あいまいになっている。アーティストのコラボレーションも盛んで、ロックは別のジャンルとの融合を繰り返しながら、より広い概念へと拡大を続けている。