日本はなぜデフレから抜け出せない?賃金抑制でガラパゴス化 日米の専門家の見立ては
今回の世界のインフレはどうして起こったのか。このまま日本はデフレ脱却を果たすことができるのか。そもそも日本はなぜデフレに陥ったのか――。
つきることのない「物価のなぞ」について、日米の専門家の見解は? (星野眞三雄)
物価研究の第一人者で『物価とは何か』の著者、東大大学院の渡辺努教授(63)は、新型コロナウイルスの感染が広がり始めた2020年春の時点で、その後のインフレを予想した。コロナ禍による需要減でデフレになるという見方が強かった当時、インフレを見通した数少ない一人だ。
たとえば、感染を恐れる消費者は焼き肉屋に行かなくなるかもしれないが、焼き肉屋のかわりにいつもより高級な牛肉を買って自宅で食べるかもしれない。
一方で、牛肉を生産する人、運送する人、販売する人たちも感染を恐れるはずだから、牛肉の供給が細ってインフレが起きるのではないか。そんな見立てだった。
渡辺教授は「今回のインフレ局面で、米国の中央銀行FRB(連邦準備制度理事会)が金融引き締めに転じるタイミングで遅れたのは、需要の強さを読み違えたわけではなく、供給サイドの問題から起きた珍しいインフレだったからだ。過熱する需要を冷やす利上げによってインフレを抑える考えだから、供給の問題によるインフレへの感度が鈍かったのではないか」と説明する。
FRBが利上げへと転じたのは今年3月だが、金融政策に詳しい米ピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長(56)もFRBの対応の遅れを指摘する。
「2020年からコロナ対策として巨額の財政出動があり、失業率も改善していたので、遅くとも2021年6月までには利上げに動くべきだった。当時、私は高インフレを予測し利上げを主張していたが、FRBも多くのアナリストたちも低インフレに慣れて判断を誤った」
ポーゼン所長は今回の世界的なインフレ局面について、「米国はコロナ禍からの回復による人手不足といった景気過熱、欧州はロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の高騰、英国はその両方、と原因は各国で異なる。金融政策、コロナ、ウクライナ侵攻の三つが重なって世界同時にインフレが起きた」と分析する。
今回のインフレはエネルギー価格が上昇したことから、1970年代の日本の「狂乱物価」と似た状況といわれる。
1973年のオイルショックで石油関連商品の値段が急騰し、トイレットペーパーが品不足になるという連想からパニックの様相を呈した。そのため物価上昇率が前年比23%に達した原因は、原油高という見方が支配的だった。
しかし、渡辺教授は「いまも多くの人が信じている説だが、実は因果関係がはっきり否定されている」と解説する。
狂乱物価の「真犯人」は、日銀による大量の資金供給と、「列島改造」を掲げる田中角栄政権による巨額の財政出動だったという。
物価をめぐる最大のなぞは、「日本はなぜデフレから長期間抜け出せないのか」だ。
日本経済にも詳しいポーゼン所長ですら「正直言って理解できない」と明かす。
「数年前、日本経済の処方箋を書いたことがある。安倍政権や日銀の黒田(東彦)総裁はそうした政策に取り組んだのに、ほとんど賃金は上がらなかった。これほど円安になり、エネルギー価格が上がったのに、3%台の物価上昇率にとどまっているのは驚くべきことだ」
日本のデフレについて「はっきりとした理由はわからない」という渡辺教授も、賃金が上がらないことを原因の一つに挙げる。
渡辺教授が商品ごとの価格変動を調査すると、日本の企業がバブル崩壊後の1995年ごろから多くの商品の価格を据え置く慣行を続けていることが分かった。賃金の据え置きもそれとほぼ同時期に始まった。
「日本では価格も上がらないが、賃金も上がらない。消費者、企業の両方が凍りつき、ゆるやかなデフレが続いてきた。世界で起きている物価と賃金の上昇スパイラルとは明らかに異なる」
円安による輸入品の価格上昇という「外からのインフレ」が波及しつつある状況に、渡辺教授はこう指摘する。
「この変化を機に、世界各国と同じように物価上昇にあわせて賃金を上げていくか。それともこれまでのように賃金を抑制して『ガラパゴス』であり続けるのか。大きな岐路に立っている」