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円安で外国人労働者に暗雲 稼ぎの目減りで進む「日本離れ」 家事代行や介護現場の嘆き

World Now 更新日: 公開日:
テキパキとした動きで水回りを磨き上げるマニュエルさん=2022年11月14日、東京都目黒区、本間沙織撮影

「ご褒美のマクドナルドも我慢している」

家事代行の仕事をするフィリピン出身のジェニー・ナヴァロ・マニュエルさん(43)は週3回、ハンバーガーを食べるのが楽しみだった。だが、今は1回に減らしている。

日本政府が、国家戦略特区に限って家事代行サービス分野で働くフィリピン人を受け入れ始めたのが2017年。マニュエルさんは、その年からフィリピン人に特化した家事代行サービス会社「ピナイ・インターナショナル」(東京都目黒区)で働く。

脱衣所を整えるマニュエルさん=2022年11月14日、東京都目黒区、本間沙織撮影

フィリピンにいる子ども2人のため、毎月5、6万円を仕送りしてきた。だが、円安の影響で送金額が目減りしている。

「フィリピンの物価も上がっている。おもちゃを買ったり、遊びに行ったりするお金をあげられない」

国が定めた滞在期間は最長5年。子どもたちとは3年間会えていない。フィリピンに帰ることも考えたが、「お金を送ることが子どもたちのためになる」と日本に残ることにした。

今後は特定技能の資格を得て、介護職に就く予定だ。「とにかく今は我慢。欲しいものも我慢」と繰り返した。

フィリピン人に特化した家事代行サービスを提供する「ピナイ・インターナショナル」の茂木哲也さん=2022年10月28日、東京都目黒区、本間沙織撮影

円安で稼ぎが目減り、日本より条件のいい国を選ぶ人が増加

代表の茂木哲也さん(51)がサービスを始めたのは2013年。

当初は「家の中に人をあげることに抵抗がある。外国籍の人ならなおさら不安だ」と言った声もあった。だが、海外駐在経験のある利用者を中心に「頼みやすい。明るくて一生懸命。子どもにも好かれる」といった評判が徐々に広まっていった。最近では、小さな子どものいる共働き家庭や単身世帯の利用者も増えた。

だが2022年3月、コロナ禍を経て2年ぶりにフィリピンからスタッフの受け入れを再開すると、以前とは状況が変わっていた。

採用を毎月行っているが、人が集まりにくくなっている。

採用が決まっても、ビザの申請や研修などの準備期間中に、辞退する人が1、2割出るようになった。「日本より条件のいい他の国へ行く人が増えているようです」

最近では日本からカナダに移住したスタッフもいる。

茂木さんは「人材を安定的に供給したいと思って始めたサービスなのに、円安が続いて人材確保が難しくなれば、根幹が揺らぐことになる。見通しがつかず、為替が安定していないことがつらい。政府はもう少し長いビジョンを示して欲しい」と話す。

利用者に近づいて、はきはきとした声でゆっくり話しかけるトゥイさん=2022年10月26日、千葉県君津市、本間沙織撮影

「今の状況にがっかり」技能実習生の嘆き

こうした影響は、人手不足が懸念されている介護現場にも及んでいる。

介護の担い手として期待されている技能実習生などにとっても、働く場としての魅力が弱まっているためだ。

10月、千葉県君津市の介護事業所を訪れた。

「トイレに行きたいです」

「私が連れて行くよ」

ベトナム出身のクアック・ティ・タイン・トゥイさん(22)は、椅子に座った利用者の上半身を支えながら立たせると、慣れた手つきで手押し車のハンドルに持ち替えさせた。廊下を歩きながら、時折かがんで目線を合わせ、話しかける。

トゥイさんは、2020年から技能実習生として働く。父を早くに亡くし、母がトゥイさんと妹2人を養ってくれた。取材では開口一番、「日本に来たのはお金を稼ぐため」ときっぱり。「なのに今の状況はもう本当にがっかりしちゃう」とうつむいた。

月給は約15万円。10万円たまる度に家族へ送金してきた。これまでの総額は200万円を超える。

だが、円はドルだけでなくベトナムの通貨ドンに対しても下落している。

「今年の3月は1円が200ドンだったのに、9月は165ドンになっていた。もったいないからしばらく(送金せずに)貯金する」

1歳違いの妹も来日し、7月から技能実習生として介護の現場で働き始めた。

利用者やスタッフと信頼関係を築き、仕事も楽しい。介護の仕事は続けたい。けれど最近は、帰国を考えることもある。

ベトナムは経済発展が著しく、賃金も上がっている。日本で働いてベトナムに戻った後、韓国で介護の仕事を始めた仲間もいる。「給料も随分と上がって、今はもう韓国の方がいいよねって周りは言っている」

ベトナムの大学で看護の勉強をし、2年前に来日したハンさん=2022年10月26日、千葉県君津市、本間沙織撮影

ファン・ティ・トゥー・ハンさん(25)は、2023年1月にベトナムへ帰ることを決めた。

2年前に比べて給料が25%目減りした一方で、食費などの生活費は軒並み上がった。両親への送金は7月の10万円が最後だ。

ベトナムの大学で看護を学び、日本に憧れて来た。「みんな日本の待遇が一番良いと思っていた。ここが好きで、本当は5年くらいいるつもりだったんだけど」と話した。

四つの介護事業所を運営する津金澤寛さん。技能実習生から様々な相談を受けるという=2022年10月26日、千葉県君津市、本間沙織撮影

トゥイさんとハンさんが働く事業所を運営する「オールプロジェクト」の代表、津金澤寛さん(51)は、「技能実習生が集まりにくくなっている。先月より今月、とリアルタイムで変化を感じています」と話す。

運営する四つの介護事業所でベトナムやフィリピンからの技能実習生など10人が働いている。「今や彼らがいないと仕事が回らない。でもお金を稼げないならば、日本離れが進むのは現実的なことだ」と危機感を募らせる。

ミャンマー、カンボジアからの受け入れ準備を進めるほか、グループ会社では、ハノイで開設予定の介護施設を運営することが決まった。「母国に帰った後に、日本での経験をいかせる雇用の受け皿を作り、人材の循環をしていかないと、この国は立ちゆかなくなる」と話す。

政府は、加速する少子高齢化や人口減少への対策として、外国人労働者の受け入れを段階的に拡大してきた。

厚生労働省によると、2021年の国内の外国人労働者は、約173万人。過去10年で約2.5倍に増えた。国籍別では長らくトップだった中国を2020年に始めてベトナムが上回った。

有能な技能実習生を求め、毎月のようにアジア諸国に出向く「協同組合企業交流センター」の住野和久理事長。「大手の送り出し機関では人材の確保が難しくなってきた」と言う=2022年10月25日、東京都新宿区、本間沙織撮影

「選ばれる国」へ、必要なのは「制度の改善」

20年以上にわたって実習生の受け入れを支援してきた「協同組合企業交流センター」(東京都新宿区)の住野和久理事長(86)は、「日本が選ばれない国になる」という危機感を肌で感じている。2、3年前は、10人募集すればすぐに30人は集まったが、今は20人集めるのもやっとだ。

毎月のようにベトナムやインドネシアに出向き、送り出し機関の新規開拓も進める。ミャンマーやバングラデシュからの受け入れも始めた。

住野さんは、実習生の平均賃金の低さを問題視する。

実習生の給料を10~15%上げると応募者が一気に4、5倍も増えた例を挙げ、「政府は技術が高い、治安がいいと言った日本のブランド力が通用する間に賃金上昇につながる制度作りや、帰国後に日本で学んだことを生かせる仕事の確保に取り組むべきだ。日本の将来のためにもなる」と話す。

第一生命経済研究所の主任エコノミスト星野卓也さん=同研究所提供


第一生命経済研究所の主任エコノミスト星野卓也さん(32)は「国は制度の改善ではなく、受け入れを拡大することで問題を解消しようとしてきた。安価な労働力として外国人に頼り続けては持続可能性がない」と指摘。「省人化に投資し、生産性の向上をはかって日本経済を強化していくときに来ている」と話した。