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中国の労働人口が減り、世界はインフレ時代に突入する 経済学者グッドハート氏の予言

World Now 更新日: 公開日:
LSEのチャールズ・グッドハート名誉教授
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のチャールズ・グッドハート名誉教授=2022年10月24日、ロンドン、星野眞三雄撮影

世界的な少子高齢化で、長期的なインフレに

1990年から2020年にかけての30年は、世界経済にとって素晴らしく最良の期間だった。インフレ率は低く抑えられ、高成長を遂げた。特に中国など日本をのぞくアジアの国々で高い成長率を達成した。

グローバル化が進み、世界最大の人口を抱える中国が若い労働力を大量に供給し、生産が活発になったことで、モノやサービスの値段が下がった。中国や東欧の安い労働力が世界にあふれていたため、各国の企業は賃金上昇を抑えることができ、低インフレにつながった。

中国・上海の日系企業の工場で、黙々と働く中国人労働者たち
中国・上海の日系企業の工場で、黙々と働く中国人労働者たち=2007年、西村大輔撮影

しかし、デフレ圧力の大きな要因となった中国の人口は、一人っ子政策をとったことで減少に転じ、少子高齢化が急速に進む。先進国ではすでに少子高齢化が加速しており、介護する人が足りなくなる。世界的な少子高齢化は労働力不足を引き起こし、長期的なインフレが続くことになる。

世界の人口構成の逆転によって、これまでの30年とこれからの30年はまったく異なるものになるのだ。

少子高齢化が進む日本がデフレの理由

「日本は少子高齢化が進んでいるのにデフレではないか」という反論が出るかもしれない。確かにそのとおりなので、『人口大逆転』では日本の分析に1章をついやした。

日本は世界で最も少子高齢化が進み、労働力の減少が続いているが、ちょうどその時期に世界では労働力の供給があふれていた。日本は中国や東南アジアに生産拠点を移し、安く豊富な労働力を手に入れ、生産を増やした。それにより物価と賃金は抑制された。

ならば、世界各国も日本と同じようにすればいいと考える人もいるだろうが、それは難しい。

中国が供給した膨大な労働人口は減少に転じ、取ってかわれる国はない。英国の欧州連合(EU)離脱もそうだが、欧米では右寄りの政党が「移民反対」の主張を強めており、大量の移民を受け入れるのは政治的にも難しい。

ロンドン中心部の英議会前広場で、英国旗の模様のスーツ姿でEU離脱を祝う男性ら
ロンドン中心部の英議会前広場で、英国旗の模様のスーツ姿でEU離脱を祝う男性ら=2020年1月31日、ロンドン、石橋亮介撮影

供給力不足によるインフレが、コロナ後の世界ですでに表れているのは見てのとおりだ。

『人口大逆転』は2019年に大部分を書き終えていたが、2020年に入ってコロナ禍が広がり始めたので書き加えた。

コロナ対策の財政出動と金融緩和によって、経済が回復してくればインフレ率が5~10%に急上昇すると予想したからだ。その後、まったく予想していなかったロシアのウクライナ侵攻で、エネルギー価格が高騰したこともあり、インフレ率の予想は的中してしまった。

新型コロナウイルスの感染拡大で外出禁止令が出て、人と車がほぼ消えたパリのシャンゼリゼ通り。奥に見えるのは凱旋門
新型コロナウイルスの感染拡大で外出禁止令が出て、人と車がほぼ消えたパリのシャンゼリゼ通り。奥に見えるのは凱旋門=2020年3月18日、疋田多揚撮影

量的緩和政策、金融危機後も続けるのは誤り

中央銀行が大量の国債を買い入れる量的緩和政策は、金融危機のときには完全に正しいが、危機から脱した後に続けるのは間違っている。

インフレ率が上昇すれば、中央銀行はそれを抑えるために金利を引き上げる必要があり、いま各国の中央銀行が実行している。

利上げは景気を冷やすので、世界経済は1970年代と同じように、物価上昇と景気悪化が同時に進む「スタグフレーション」に陥るだろう。

1970年代との違いは、各国が抱える財政赤字の大きさだ。インフレ率と金利の上昇局面では当然、国債金利が上がるので借金が多ければ多いほど深刻な問題となる。財政出動と減税を訴えた英国の首相が辞任に追い込まれたのは、典型的な例だ。

特に日本のようにGDP比250%超の巨額の債務を抱える国は、持続可能性に不安がある。

いずれにしても、世界各国にとって、これから続くインフレ局面が難しい時代になるのはまちがいない。