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中国はなぜ「科学技術強国」に懸命なのか 裏テーマは「過酷な受験戦争にメス入れる」

World Now 更新日: 公開日:
中国・山東省の自動車工場で働く従業員ら=ロイター

「職業教育に革命的な変化をもたらす」。国会にあたる全国人民代表大会(全人代)の幹部は4月、可決した改正職業教育法についてメディアに問われ、こう胸を張った。

中国では専門職を育てる学校を「職業学校」と呼ぶ。エンジニアのほか、調理師、ドライバー、介護士など育てる職種はさまざまだ。教育省によると、2021年、日本の高校年次にあたる中等職業学校は約7300校、おおむね日本の短大・大学の年次にあたる高等職業学校は約1490校をかぞえる。

改正法は、中等職業学校の生徒が高等職業学校や大学に進む道を広げたり、就職しやすくしたりするなど、中央・地方の政府や企業に幅広い対策を求める。

改革は、習近平国家主席の肝いりだ。「匠の精神を広げ、技術人材の地位を高め、中華民族の偉大な発展のための人的、技術的な柱を提供しなければならない」。習氏は昨年4月、こう指示した。

中国の習近平国家主席
中国の習近平国家主席=2019年12月20日、マカオ、益満雄一郎撮影

21世紀半ばまでに米国に並び、しのぐ「社会主義現代化強国」になる、とかかげる習氏は、そのために「科学技術強国」になる目標をすえる。深刻な少子化で、製造業を支えてきた若い働き手は減る一方。国際競争を勝ち抜くには人材の確保が欠かせないというわけだ。

ただ、狙いはそれだけではなさそうだ。

中国・浙江省の工場にある鉄鋼製材の生産ラインで働く従業員=ロイター

中国では、大学入試の過酷さは「千頭の馬が一本の丸太橋を渡る」とも言われる。政府は昨年、受験戦争が親や子の負担になりすぎているとして業界にメスを入れ、宿題を減らすよう求めるなど、塾の運営に目を光らせるようになった。

だが、受験戦争が和らぐと信じる人は少ない。小学5年の子をもつ北京の母親(37)は「受験に血眼になるのは、わが子を有名大学に入れるほかに人生を保証する道が描けないからだ」と話す。

中国・江蘇省の携帯電話用のカメラレンズ工場で働く従業員たち=ロイター

背景には、技能職の待遇への不安がある。中国メディアの調査では19年、大学新卒者の平均給与が5440元(約11万円)だったのに対し、高等職業学校卒は4295元。中等職業学校卒の初任給は3000元以下が7割を占めた。

ただ、最近は大卒の就職難が深刻で、受験戦争を勝ち抜いても都会でマイホームを買えるだけの働き口を得るのは難しい。結局、「有名大学→高収入の就職先=幸福」という人々の思い込みが変わらないかぎり、わずかな「勝ち組」と多くの「負け組」が生み出されてしまう。

技術職の魅力を高めて人生設計の選択肢にすることは、過当競争の負のスパイラルを和らげることにもなる。改革のゆくえは、共産党政権の最大の課題といえる「社会の安定」にもかかわってくる。

政府の規制を受けて撤退した中国の学習塾
政府の規制を受けて撤退した学習塾。壁に海外留学の実績を示す貼り紙が残っていた=2021年8月10日、北京市海淀区黄荘、林望撮影

欧州は質の高い人材を移民に求める。欧州連合(EU)は21年10月、EU域外から高度技能労働者を受け入れるための滞在・労働許可制度を改正。申請する要件の緩和や、別の加盟国で働けるようになるまでの期間の短縮など、働き手により魅力的な環境をととのえた。

ドイツは20年3月、EUの制度改正に先立ち、独自の専門人材移民法を施行した。少子高齢化で、20~64歳の人口は、30年までの10年間で397万人減の4580万人になる推計がある。人手不足を補おうと、高度技能人材向けのビザの対象を、大卒以上から、「ドイツ国内での職業訓練修了資格、あるいは外国の同等の資格を持つ人」に広げた。20年末までに約3万件のビザを発給。政府が運営するウェブサイトには、「ニーズのある職種」として、「介護職」「医療職」「エンジニア」「IT専門家」「科学者」、そして「職人」の六つが挙げられている。