4月29日、東京都千代田区で、高専生が技術とディープラーニング(深層学習)を組み合わせた作品と事業計画を競う「ディープラーニングコンテスト2022」(高専DCON)の本選が開かれた。
3回目の今年は、全国から41チームが参加。勝ち上がった10チームが登壇してプレゼンをした。著名な5人のベンチャーキャピタリスト(VC)が、出場チームを企業とみなして、作品の技術のレベルと、学生が描いた売り上げや利益、市場の見通しなどを精査して、「企業評価額」を決める。
「びっくりしますよ。10億円!」
司会の音楽クリエーター、ヒャダインさんが、佐世保高専(長崎県佐世保市)チームの3位決定と、その企業評価額を発表すると、会場はどよめいた。前回の最優秀賞の6億円を大きく上回る「大台」だったからだ。
優勝の一関高専(岩手県一関市)、2位の大島商船高専(山口県周防大島町)も10億円で、一関高専は「5億円を投資してもよい」とも判定された。
一関高専がつくったのは、認知症を予防、早期発見する機器だ。認知症の特徴である、すり足歩行や、歩行時のふらつきに着目。足の裏にかかる圧力を測るインソール型センサーを靴に入れ、動きを感知できる加速度センサーをのせたスマホも持ち歩く。二つのセンサーから得られるデータを深層学習で解析。認知症かどうかを割り出すしくみだ。
目の付けどころ、技術力はもとより、VCをうならせたのが精緻(せいち)な事業計画だった。
保険会社と組んで保険契約者に使ってもらい、自分たちは保険会社から利用料を受け取る。費用がかかるインソール型のセンサーを使わなくても、スマホのデータだけで十分かなど、シミュレーションを重ねて利用料を決めた。海外での事業展開も想定した。
他の9チームも、作品の独創性と経営指標を駆使したビジネスモデルで、「投資に値する」とのお墨付きを得た。
大会の発案者で、AI(人工知能)の深層学習研究の第一人者である東大大学院の松尾豊教授は、ことあるごとに「高専は日本の宝」と推してきた。
深層学習が進化し、製品の開発に生かす流れが加速している。ただ、モノづくりを習得するのは、深層学習を学ぶより、ずっと時間がかかるという。だからこそ、19歳、20歳までにモノづくりを一通り学んでいて、ハードもわかる高専出身者が求められる時代だ、というわけだ。
そして松尾教授は、今回の高専DCONでステージが一段上がったと感じている。
各チームは起業家たちにさまざまなアドバイスをもらいながら、事業計画を練った。さながら、スタートアップ企業が資金集めのために投資家らに自社の技術やサービスをプレゼンするピッチイベントになっていた。
「テクノロジーとビジネスが融合してきている。高専を起業のファストトラック(成功への近道)にすればいい」
■強いネットワークが変革を生む
国立高専はここ数年、「社会実装教育」に力を入れてきた。
地域が抱える困りごとに耳を傾ける。悩みを解消する機器を試作して実際に使ってもらい、評価をもとに改善する。その積み重ねが、社会のためになる価値を生み出す、とうたう。起業家としての足腰を鍛えるカリキュラムだ。
そこにもうひとつの強みが加わる。仲間だ。例えば、高専DCONへの出場を思い立つ。「自分が得意なのは機械系。ならば深層学習に強い学生と組もう」と周りを見渡せば、だれかが目にとまる。
「同じクラスや寮でいっしょに過ごし、だれがどの分野が得意か、どんな性格かわかっている。失敗しても、みんなの力を借りればできる、という体験をしている。先輩後輩のつながりも深い。イノベーションのネットワークがある」。タイ高専の運営を支援する高専機構の高嶋孝明さんは言う。高嶋さんは岐阜高専を卒業後、豊橋技科大に進んだ。 今回の高専DCONで、モンゴルの3高専から6チームが参加したと発表されると、「おーっ」と歓声があがった。同志の輪が世界に広がっていることを感じたからだろう。来年に向けてタイとベトナムも参加の意向を示している。
「起業家育成」を前面にかかげる学校もあらわれた。人口約5000人の徳島県神山町に23年4月開校する私立「神山まるごと高専(仮称)」だ。
名刺管理サービスを手がける「Sansan」(東京)の寺田親弘社長ら経営者の有志が発案した。工業技術、プログラミングなどのITの教育に加え、伝えたいことを絵やグラフなどを使って分かりやすく伝える手法を磨くデザインの教育を盛り込み、起業家も教壇に立つ。
自身も、世界を変えたいと会社をおこした寺田社長は「モノをつくる力がないと、社会変革は起こせない。高校だと大学への接続機関になってしまう」と器を高専にした理由を語る。卒業生の4割に起業家になってほしいと言う。
3月26日、東京都品川区のイベントスペースで開校前の体験授業があった。
起業家とのセッションにはじまり、革新的な商品の開発を学ぶ時間など、メニューは多彩だった。
参加した中学生だけでなく、保護者たちも身を乗り出していたのは、学校のカリキュラム責任者、クリエーティブディレクターの伊藤直樹さんの授業だ。伊藤さんは、ディズニーランドが多くのリピーターを引きつけるしかけを解き明かしながら、生みの親のウォルト・ディズニーの起業家としての才覚を説いた。
息子が都内の中高一貫の進学校に通う母親は「子どもは、勉強漬けの毎日に違和感を持っている。このまま『高学歴』の高校に進ませたほうがいいのか、迷っている」と語った。
沖縄県から参加した中学生は「『起業』という考えが新鮮だった」と意欲満々だった。「日本は学歴社会だが、どんどん変わると思う。ぜひ入りたい」
体験授業は翌日もあり、2日間でのべ518人が参加。両日は神山町でも1日15組(30人)限定で開催され、受け付け開始から3分で枠が埋まった。
高専の新設は、04年の沖縄高専以来となる。理事長に就く寺田さんの視線の先には、起業家の聖地、米シリコンバレーがある。「神山町からシリコンバレーを生み出す」と意気込む。
■高専を「見える存在」に、ふさわしい待遇も 萩生田経産相
日本政府は半導体の国内の生産能力を高めるため、専門技術者の育成を急ぐ。その中核を担うのが高専だ。自ら「高専応援団」と語ってきた萩生田光一経産相(前文科相)に聞いた。
――台湾の有力半導体メーカーが熊本への進出を決め、政府は高専を人材育成の拠点のひとつと位置づけました。
熊本高専、佐世保高専をはじめ九州・沖縄の九つの高専に半導体の基礎から製造、開発技術まで学べる科目を設ける。さらに熊本大や九州大、九州工業大に半導体の研究センターをつくるなど、15歳からの一貫教育で専門家を育てる体制を整えたい。
高専生の課題に対する柔軟な発想と、自在にモノをつくる行動力に可能性を感じてきた。ロボットコンテストを見ても、部材の選定から設計まで全部やる。すごい力だな、と。半導体の技術者は本当に足りない。卒業生には半導体産業を引っ張る人材になってほしい。
重要物資にかかわるサプライチェーン(供給網)を強化するには、海外の調達先の多様化に加え、国内の生産能力を確保しておかなければならない。人材の育成が重要で、高専の役割は大きい。
――それだけ重視されながらも、高専の認知度は高くありません。
文科相のときに『高専卒業生の見える化』を提唱した。2割強が大学に編入しており、彼らの最終学歴は高専にならない。大企業の役員、大学の学長、ベンチャー企業の創業者ら、高専を卒業して活躍されている方々に、高専で学んだ経験を積極的に発信してもらいたい。
――タイ、モンゴル、ベトナムは高専の教育カリキュラムを輸入しました。
日本企業で働く高専卒業生が現地に派遣されて技術指導などをしているうちに、『なぜこんなに能力が高いんだ』と注目された。実践的で高度な専門人材を育てるシステムが評価されたのだろう。今年、インドネシアを訪問した際にも『KOSENをつくってほしい』との話があった。海外のKOSENの卒業生が現地で活躍し、ひいては日本とアジアの産業界の架け橋になってほしい
――高専は、「高校から大学へ」に代わる進路となりますか?
なると思う。高専の中には2年の専攻科も加えた7年制を基本にする学校も出てくるだろう。特に理系の大学はぼーっとしていると優秀な人材を高専にどんどん取られることになるかもしれない。
課題はある。高専の卒業生は大卒と同じか、それ以上の能力があると思うが、『大学に行けなかった技術屋』という見方のままで、安く使おうとしている経営者がいる。地元の東京都八王子市でも『高専生がほしいなら、初任給から大卒と同じ水準にすれば集まりますよ』とアピールしている。