1. HOME
  2. 特集
  3. 物価のなぞ
  4. アメリカ発「インフレの炎」は国境越えメキシコへ 火種はコロナ禍から、今や世界へ

アメリカ発「インフレの炎」は国境越えメキシコへ 火種はコロナ禍から、今や世界へ

World Now 更新日: 公開日:
国境ではメキシコから米国へ向かう人の長い列ができていた
国境ではメキシコから米国へ向かう人の長い列ができていた=2022年10月20日、メキシコ・ティフアナ、星野眞三雄撮影

米国カリフォルニア州サンディエゴとメキシコ・ティフアナ。

地続きの両都市の間には、国境を隔てる壁が丘の上から海まで続いている。

メキシコから移民が入ってこないように設けられた壁だが、新型コロナウイルスの感染拡大で低迷していた経済活動が再開するのにあわせ、逆に米国からこの国境線を越える人が相次いでいる。

そんな皮肉な現象を引き起こしているのが、インフレだ。

米国・メキシコ国境を隔てる壁が海まで続く
米国・メキシコ国境を隔てる壁が海まで続く=2022年10月20日、メキシコ・ティフアナ、星野眞三雄撮影

ティフアナの大型スーパー駐車場に、カリフォルニア州のナンバープレートをつけた車が続々と入ってくる。インフレの激しい米国から物価の安い「隣町」に買い出しにきた人たちだ。

その一人、サンディエゴに住むロン・ミラーさん(47)は妻とともに、カートいっぱいに買い込んだ野菜や果物、キッチンペーパーなどを車に積み込んでいた。

「2~3週間に1回来ている。同じスーパーでもメキシコの方が半分ぐらいの値段なので、買える量がぜんぜん違う。野菜や果物は、ここに来れば質が良いものが安くたくさん買える」と喜ぶ。

スーパーにはカリフォルニアナンバーの車が続々と入ってきていた
スーパーにはカリフォルニアナンバーの車が続々と入ってきていた=2022年10月20日、メキシコ・ティフアナ、星野眞三雄撮影

米国側からメキシコへの入国はすんなりいくが、メキシコ側から米国に入るには入国審査もあり、渋滞の列ができる。その手間を考えても、物価の安さのほうがまさるという。

スーパーの値札はメキシコの通貨ペソだが、米国から訪れる人が多いティフアナでは、小さな商店や飲食店でもふつうに米ドル札を使うことができる。

外国にいるのに、買いものをする分には米国人にとって大きな不都合は生じない。

ティフアナの国境ゲート付近には、薬局や歯科医院が並ぶ。薬局の店員ミア・ウズマンさんは「薬の値段や歯の治療費は米国の3分の1ほどなので、米国人が国境を越えて列をなしている」という。

マンションは建築ラッシュ、不動産バブルの兆候は2020年

米国人の国境越えを促しているのは、モノの値段だけではない。地価や家賃の安さにひかれて移り住む人も増えている。

ブライアン・ランバートさん(64)は勤めていた商社を退職したのを機に今年6月、カリフォルニア州から移住した。1LDKのアパートに住んでいるが、カリフォルニアで月2000ドル(約27万4000円)だった家賃は500ドルと4分の1に減った。

「(米国の)物価がどんどん高くなってきて引っ越すことにした。病院に通っているが、インスリン注射も6分の1の価格で打つことができる。家賃も食べ物も病院代も何から何まで安く、生活に余裕ができた」と満足げだ。

ティフアナの不動産会社で賃貸の担当部長を務めるホルヘ・スニガさん(48)は「コロナ禍からの回復で米国の物価が上がってきたころから、米国人客が急に増えた。それまでメキシコ人がほとんどだったが、いまは半分近くが米国からの移住者だ」と話す。それに伴い、家賃も20~25%上昇傾向だという。

ティフアナではいま、あちこちでマンション建設が進んでいる。特に建設ラッシュとなっているのが、車で30分程度南のロサリートにかけて広がる海岸沿いのリゾート地だ。

米国・メキシコ国境近くの海岸沿いで建設が進むコンドミニアム
米国・メキシコ国境近くの海岸沿いで建設が進むコンドミニアム=2022年10月21日、メキシコ・ロサリート、星野眞三雄撮影

メキシコ不動産専門家協会ロサリート地区会長を務める、不動産会社長のグスタボ・トーレスさん(58)は、コロナ禍によるロックダウン(都市封鎖)もあった2020年に異変に気づいた。

突然、海岸沿いのマンションやコンドミニアムを買い求める米国人が殺到しだしたのだ。地価も物価も税金も米国と比べて格安。「バブルが国境を越えて押し寄せてきた」

トーレスさんによると、海岸沿いの150平方メートル程度のコンドミニアムの場合、サンディエゴでは300万ドル(約4億1100万円)もするが、メキシコ側では30万ドル。同じ太平洋を望む景観が楽しめるコンドミニアムが、国境を越えるだけで10分の1の価格で買える。

メキシコの住宅ローンの金利は年11%程度と高いが、「8割の米国人がキャッシュで買っていく」。

物価高を避け、メキシコに住んで本国で働くアメリカ人

メキシコから米国への国境越えに車の長い列ができていた
メキシコから米国への国境越えに車の長い列ができていた=2022年10月20日、メキシコ・ティフアナ、星野眞三雄撮影

ティフアナの米メキシコ国境は、毎日8万人が行き来するという。特にメキシコ側に住んで、カリフォルニアで働く人が多く、朝夕の通勤時間帯は国境越えの車で大渋滞を起こす。

物価高を避けて移住する人が増えることで、その渋滞に拍車がかかっている。

トーレスさんの会社で販売を担当するアントニオ・ピメンテルさん(65)が、建設中のコンドミニアムを案内してくれた。海岸沿いの景観とともに、プールやジムなどの共用施設も充実している。

建設中のコンドミニアムはプールなどの共用施設も充実していた
建設中のコンドミニアムはプールなどの共用施設も充実していた=2022年10月21日、メキシコ・ロサリート、星野眞三雄撮影

コンドミニアムを指さしながら、「ここも、あそこも、その隣も、今年オレが米国人に売ったんだ。彼らは『こんなに素晴らしいのに安い』と即決してキャッシュで払ったよ」と笑う。2025年完成予定だが、すでに全戸完売したという。

トーレスさんによると、米国人による購入増もあり販売価格は20%程度値上がりしている。

ティフアナやロサリートは他のメキシコの都市と比べ、地価も物価も上がり方が大きい。「コロナ禍のストレスから解放されたいという気持ちもあったのだろうが、2年前からいまの物価高につながる兆候が出ていた。米国がインフレを輸出しているみたいだ」

メキシコ不動産専門家協会ロサリート地区のグスタボ・トーレス会長
メキシコ不動産専門家協会ロサリート地区のグスタボ・トーレス会長=2022年10月21日、メキシコ・ロサリート、星野眞三雄撮影

米国のインフレが国境を越えて押し寄せるのは、地続きのメキシコだけではない。

米国の中央銀行がインフレを抑えようと金利を引き上げると、ドルにお金が集まりドル高となる。

ドル高は米国以外の国の通貨安を意味する。自国通貨が安くなれば、ドルで買わなければならない輸入品の物価が上がる。

いま世界各国で起きているインフレは、そうやって米国から輸出されている側面もある。