絵文字、ユニコード収録で世界に広まる
絵文字がデジタル空間で世界共通の「文字」となったのは、文字コードの規格「ユニコード」に収録されたことが大きい。スマホやパソコンなどでメッセージを送り合う際、プラットフォームが異なっても文字化けなどが起きないよう、業界各社は共通の規格を採用している。ユニコードはその中でも国際標準と言える規格だ。
1990年代後半、日本ではNTTドコモの携帯電話サービス「iモード」の開発過程で独自の絵文字が登場するなど、携帯電話各社が絵文字を採用し、爆発的に広まった。日本の絵文字は海外でも注目されるようになり、2010年までに約700種類がユニコードに収録されると、「emoji」として世界に普及していった。
2015年にはオックスフォード英語辞典が「今年の単語大賞」に泣き笑いの表情を表す絵文字を選出した。ユニコードによると、現在収録されている絵文字は3000種以上。昨年世界で最も使われた絵文字も泣き笑いの表情だった。
米アドビ社が2021年に公表した絵文字についての調査結果によると、世界の絵文字使用者の89%が、「言葉の壁を越えたコミュニケーションを容易にする」と回答。また88%が、絵文字を使っていれば相手に共感を覚える可能性が高いとしている。
多様性とインクルーシブの点でも進化
絵文字は近年、肌の色や性の多様性をより反映するようなかたちで種類を増やしており、「インクルーシブ(包摂的)」がキーワードになっている。パイロットや看護師など職業によって性別に偏りがないようにし、性別を特定しない絵文字も増やしている。
感性工学が専門で、絵文字を人がどう受け止めるかなどの点から、コンピューターなどを介したコミュニケーション(CMC)を研究している中央大理工学部の高橋直己助教(33)は「絵文字は感情表現のツールとして非常に便利。絵文字でしか伝えられない感情やニュアンスがある。言葉では表現しきれないものを文字で表している」と話す。
一方で、「絵文字を選んで送る時の『自分ルール』が相手と一緒とは限らない」とし、ビジネスや目上の人とのコミュニケーションでの使用にはなお壁があるという。
高橋助教が学生らと共に実施した調査では、一見笑っているように見える絵文字でも、それを「笑顔」と受け取れるかどうかが人によって大きく分かれるものもあった。また、使う端末や、フェイスブックやツイッターなどプラットフォームによって、同じ絵文字でもまるで違う印象を与えることもあるという。
「表現が多様な代わりに、あいまいさも含んでいる。相手がどう受け止めるかまで考えていかないといけないところは、普通のコミュニケーションと変わらない」
絵文字だけのメッセアプリ
日本発の絵文字は「言語」としての地位を確立し、世界中の人々が日常の中で使っている。では、絵文字だけでやりとりするメッセージアプリなんてどうだろうか――。そんな半ば冗談の思いつきから、実際にアプリを開発した人たちがイギリスにいる。
放送エンジニアのマット・グレイさん(36)とウェブ開発者のトム・スコットさん(38)は2014年6月、ロンドンのとあるベンチで思いついたこのアイデアから、「絵文字だけのアプリ『emojli』、まもなく開始」と事前登録を呼びかけるウェブサイトを作成。「もっとシンプルなソーシャルネットワークの時代だ」「言葉もない。スパム(大量の迷惑メッセージ)もない。ただ絵文字だけ」とうたう動画も作った。
2人が後に配信した別の動画によると、「誰もこんな冗談は気にしないと思ったし、ただのジョークだよ、と言っておしまいだと思っていた」。
ところが、登録数は数日間で7万件を超えた。
登録できるユーザーネームも、もちろん絵文字しか使えない。血液型を表す「A」「B」「O」や、グラフの折れ線が「M」のように見える絵文字を使って「ADAM」とつづる人が現れるなど、「意図せず、突然、絵文字でどれだけ英語をつづれるかの大会が発生していた」
登録者が殺到したことで後にひけなくなり、アプリを作らざるを得なくなった。当時は2人ともフルタイムの仕事に就いており、空き時間を使い1カ月以上かけて完成にこぎつけた。
さらにアプリを公開した途端、スタートアップ企業だと勘違いされ、取材依頼や投資の打診が殺到したという。
「(自分たちが)中流階級の白人男性2人組ということで、シリコンバレーをめざすタイプだと思われたようだ」
中には、絵文字だけで2人へのインタビューを試みる人もいた。ただ、「何を聞かれているのか分からなかったし、意味を推測して絵文字で送り返したが、相手も私たちが何と言っているのか分からなかったと思う」。
予想外の反響を呼んだ「emojli」だったが、公開から1年後の2015年7月に終了した。アプリの登録などで毎年更新料が必要で、「ジョークを続けるために毎年、自腹で200ポンドも支払い続けるか、終了するか」の選択を迫られたからだ。アプリのダウンロードは6万件を超えたものの、「実際に使った人はほんの少し」だったという。
時間もお金もかけた冗談だったが、「それでもやって良かったと思っている」という2人。後悔はしていないと口をそろえる。「終了したこともね」