丹念に描かれた姿や形。黒っぽく縁取りされた目。そして、神に捧げられた品々――古代 エジプトの神殿や墓に刻まれた文字が、絵としての死後の世界を楽しむかのように現代によみがえっている。
うれし涙や乾杯のビールジョッキ、それにハンバーガー。デジタル世界の絵文字が、生まれ変わったその姿だ。
イスラエルのエルサレムにある国立イスラエル博物館で開かれている展覧会「エモグリフ(Emoglyphs)」。副題の「絵で書く文字 ヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)から絵文字まで(Picture-Writing From Hieroglyphs to the Emoji)」にある通り、その名称は二つの文字体系を組み合わせた造語だ。
一つは、絵柄を記号化した古代のコミュニケーション体系。もう一つは、ネット時代の共通語体系。双方は見るからに関連性がありそうでいながら、一筋縄ではいかない複雑な関係にある。
それは、タイムトンネルを通して、視覚と言語学を駆使する頭の体操といってもよいだろう。かつては判読不能だった古代エジプトの絵記号(起源は5千年ほど前とされる)。これに、1990年代後半に日本で発展し、世界中で使われるようになった絵記号が対置される。
「さまざまな象形文字の読み方を説明するのが難しい時代が長らく続いていた」と今回の展覧会を企画した学芸員で、エジプト学者でもあるシャーリー・ベンドルエビアンは語る。「ところが、今や絵を使って書く時代になり、説明することがはるかにやさしくなった。だから、絵文字の世界からのぞき込むことにした」
絵文字のいくつかは、ヒエログリフに似ており、これを起点に据えた。
会場の入り口にある1枚のパネルには、ヒエログリフと絵文字が一列ずつ対比されている。なんの説明もいらないほどそっくりだ。
例えば犬。細身に描いた古代エジプトの象形と、跳びはねようとする姿を横からとらえた絵文字はよく似ている。
さらに、カモも(古代エジプトでは、翼のある生物の象徴としてよく用いられた)。何千年もたって、ほぼ同じような形で左向きに描かれている。
踊る男性に至っては、片手をあげる同じしぐさをしている。3千年前の腰布をまとっているか、紫色のディスコスーツを着ているかの違いがあるにしても。
展覧会は小さなギャラリーで催されており、博物館のブロンフマン考古学ウィングの一角にある。展示されている60点余の古代エジプトの発掘品は、大部分が独自の所蔵で、その多くは初公開だ。
そこには、何が記されているのか。対話型ディスプレーが設置されており、入場者は自分の絵文字解釈や、学んだばかりのヒエログリフの知識をもとに、クイズに挑戦することができる。その際に出てくる絵文字の解釈の違いは、それ自体が研究対象でもあり、調査データとして収集される。
この二つの文字体系には共通の特徴がある一方で、大きく、複雑な違いも存在する。
象形文字は、完全な書き言葉だ。読み書きのできない人でも、基本的な絵柄を理解することはできる。しかし、その用法は厳密な規則に基づいている。書く側には、習熟していることが求められた。
古代エジプトでは、その表記は初期の(訳注=表音文字である)アルファベットへと変身した。無味乾燥でありながら、抜群の効率性を備えていた。最終的には20字ほどに集約され、より簡単に教え、用いることができるようになった。それが、意思伝達の世界に爆発的な広がりをもたらした。
「同じようなことが、今も起きている」。携帯にヒエログリフのアプリを入れている先のベンドルエビアンは、こう指摘する。「一つの言葉を一文字ずつ書くよりも、絵文字をクリックした方が簡単なのだから」
絵文字は、率直な感情表現としてもよく使われている。ニコニコマークがハートの投げキスをしていれば、意味合いを和らげることにもなるし、愛情の発信にもなる。ウィンク顔に、皮肉を潜ませることもできる。こうして、文字だけのメールでは伝えにくい隙間を埋めている。
古代エジプトの文字や絵では、スカラベ(フンコロガシ)は来世と再生という概念の総体を意味し、碑文の中では「~になる(become)」という動詞として用いられた。象形文字には、暗黙の象徴を組み合わせて文脈を補足する方法もあり、例えば「棒を投げるリビア人」で「外来で異質なもの」を示すこともできた。
古代と現代の絵による文字では、いずれも絵記号の特性がよく認識されているようだ。
あるスカラベに記された古代の呪文は、死者の来世への旅を少しでも楽にするために、足のない鳥を描いていた。飛び去って、呪文の力を弱めないようにするためだ。
その数千年後の2016年に、アップル社は本物そっくりの拳銃の絵文字を変えた。代わって登場させたのは、明るい緑色のおもちゃの水鉄砲だった。銃を使った事件を減らすために活動している人々への賛意を表すためで、他のプラットフォーム各社もこれにならった。
絵文字の世界の研究が始まると、エジプト学者や認知言語学者、コミュニケーションの専門家たちは、古代と現代の両文字体系の類似性と異質性を論じるようになった。
一方には、絵文字を新しい言語としてたたえる動きがある。熱烈な信奉者の一人は、クラウドソーシングとクラウドファンディングで不特定多数の寄与を募り、米作家ハーマン・メルビルの「白鯨(Moby-Dick)」を絵文字に訳し、「Emoji Dick」をまとめるほどだった。2015年には、英国のオックスフォード英語辞典が、「うれし泣きの顔」の絵文字を「今年の言葉」に選んだ。「時代の精神と雰囲気、関心事」を最もよく表しているとの理由だった。
これに対して、絵文字を言語と見なすことには批判的な学者もいる。イスラエルのテルアビブ近郊にあるバル・イラン大学のコミュニケーション学科の教授ハイム・ノイは、その一人だ。「学生に人気があるので」絵文字の講座も開いているが、言語として扱うのは、あまりにも短絡的で大衆受けを狙った発想に過ぎないと首を振る。むしろ、メールで書く文章を補足するボディーランゲージの一種として捉えているというのだ。
にもかかわらず、今回の展覧会については、ある種の「ドラマ」が生まれている、と博物館学の専門家でもあるノイは前向きに評価する。博物館そのものが持つ高度な文化性と古代エジプトを、大衆文化の典型のような絵文字と対比させた効果がそこに出ている。
「ちょっと挑発的だし、(訳注=歴史の遺物が持つ)古くさくてほこりっぽいイメージをうまく拭い去っている」
有史以前の洞窟画から広告のロゴまで。人類には絵を使った文字や記号の長い歴史があり、絵文字はその最新の形なのかもしれない。
洞窟画の描き手は、何万年も前に強烈な色彩を使った。「まさに『スーパー絵文字』で、絵文字の中の絵文字といってよい」とノイは力を込める。そして、「絵文字の真の発明者は彼らだ」と続けた。
この展覧会は、古代の世界を現代の暮らしと一定の角度で結びつけるまれな機会を、見る人にもたらしている――エルサレムのヘブライ大学でエジプト学のトップを務めるオルリー・ゴールドワッサーは、こう話す。しかも、古代のエジプト人も、絵文字の利用者や開発者が直面しているのと似た問題を抱えていたと指摘する。
単語や絵は、それだけでは抽象的な概念を伝えるのに限界がある。アルファベットの出現は、そこに「偉大な勝利と敗北とを、同時にもたらした」とゴールドワッサーはいう。
敗北とは、絵の要素が破壊されてしまったことだ。しかし、今、「これを求め直す熱い思いが、絵文字で復活した。無味乾燥な文字の世界にできた空白と欠如を埋めているといってよい」
この展覧会は、20年10月12日まで開かれている。(抄訳)
(Isabel Kershner)©2020 The New York Times
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