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甲州ワイン、世界市場への挑戦 セブン&アイは海外から原料輸入、国内向けに格安商品

World Now 更新日: 公開日:
三澤茂計社長の写真
三澤茂計社長=‎2011‎年‎10‎月、朝日新聞社

山梨から海外に挑戦

10月下旬、山梨県北杜市の「ミサワワイナリー」に、暖かな日差しが降り注いでいた。西に南アルプス、南に富士山を望む。なだらかな斜面に広がる畑に、ピンクがかったブドウが実っていた。

「明日には収穫できます」

ワイナリーを経営する中央葡萄酒の社長、三澤茂計(しげかず)(63)に促され、実を口にした。強めの酸味がある。1200年を超える歴史があるともいわれる品種「甲州」だ。

三澤は昨年、甲州ワイン2000本を英国に輸出した。白の「グレイス 茅ケ岳」は、辛口のすっきりとした味わいが特徴だ。和食などヘルシーな食を志向する欧米のトレンドに合うとにらむ。

本格的な輸出は10年来の悲願。2009年から、県内の生産者15社と甲府商工会議所などでつくる「Koshu of Japan(KOJ)」を率いる。昨年、甲州種が国際機関に登録され、ラベルで「甲州」とうたうワインを売れるようになったのも追い風だ。

三澤には、世界で戦わないと生き残れないという危機感がある。日本でもチリやオーストラリアなどの安いワインが広がり、1999年は市場の半分を上回る程度だった輸入物が、2009年には7割に迫る。国内に安住はできない。

KOJのメンバーは昨年1月、ロンドンで著名ワインジャーナリストらを招いて試飲会を開いた。これを境に、甲州ワインの記事が増えて知名度が少しずつ上がっていく。著名ジャーナリストのジャンシス・ロビンソンは昨年3月、英紙フィナンシャル・タイムズで「繊細さや純粋さが印象的」と評した。

今年も2度目のイベントを開いた。その後、山梨ワインなど2社のワインが英国に輸出され、ほかの4社のものも間もなく海を渡る。

高いハードル

「ロンドンには世界のワイン情報の7割が集まる。その市場に入らないと、日本のワインは世界で生きていけない」。英国に輸出する理由について、三澤はそう説明する。ロンドンはワイン集散地としての歴史が古く、影響力のあるワインジャーナリストやソムリエも多い。彼らに認められることも欠かせない。

だが、ハードルは低くはない。

ロンドン中心部にあるミシュラン一つ星のレストラン「Pollen Street Social」。日本のワインとして唯一、「茅ケ岳」がワインリストに載っている。価格は44ポンド(約5300円)。三澤がライバルとみるスペインなどのワインより5割ほど高いという。最近の円高も響く。

知名度もまだまだ。「Pollen Street Social」のワインリストで、甲州の名前があるのは赤白ワインの最後のページ。「世界のその他の地域」の欄に、レバノンの白ワインとともに載っている。珍品のような印象だ。ヘッドソムリエのロール・パトリーは「出るのは月3、4本。イギリス人は日本のワインをまだ知らない」と話す。

ワイン評論家の山本博は言う。「いいワインも出てきたが、まだ小さいワイナリーがバラバラにやっている。これぞ甲州という共通の味わいがほしい」

神奈川で国内向けリーズナブル商品

甲州とは対照的な「国産」のワインが神奈川県でつくられている。

江の島を望む住宅街の真ん中にあるメルシャン藤沢工場。巨大な機械の間を縫うように走るベルトコンベヤーを、赤ワインのペットボトルが次々に流れる。ほのかにワインの甘い香りが漂う。

実は、ここが日本最大のワイン生産拠点だ。国税庁によると、2009年の神奈川県の果実酒の課税出荷数量は3万キロリットル超で、山梨県を抜いてトップ。その9割以上がこの工場でつくられる。

メルシャンは国内ワイン市場で約2割のシェアがある。山梨県甲州市のワイナリーで高級ワインをつくる一方で、藤沢工場では、スーパーに並ぶ1000円以下の低価格ワインなどを生産している。セブン&アイ・ホールディングスのプライベートブランド(PB)ワインもここで生産されている。1本598円で売り出され、発売から1年間で350万本も売れたヒット商品だ。

安くできるのは、海外から大量に仕入れたワインや濃縮ブドウ果汁を原材料にしているから。チリ、アルゼンチン、マケドニアなどから輸入したワインやブドウ果汁を、それぞれ40~60種類ほど使ってワインをつくる。工場の入り口近くには、チリから届いたばかりの濃縮果汁のドラム缶が並んでいた。

2008年からは、大量に輸入したワインをそのまま瓶詰めする「リボトリング」も始めた。長さ約6メートルのコンテナ内に広げたプラスチック製の袋にワインを入れて輸入する。セブンのPBワインも、この手法を活用している。

専門家の間には、「こんなのワインではない」「原料の原産地を示すべきだ」などと批判的な声もある。だが、技術課長の大滝敦史(45)は、フランス・ボルドーなどで10年以上ワインづくりにかかわってきた経験から、次のように反論する。

「私たちは飲む人のニーズから出発して商品をつくっている。安くておいしいワインを追求し、ワインのすそ野を広げていきたい」(敬称略)