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ワイン「地殻変動」 北へ南へ産地拡大、「格付け」に揺れる本場…各地を記者がルポ

World Now 更新日: 公開日:
観光客を乗せてブドウ畑を歩くゾウ
観光客を乗せてブドウ畑を歩くゾウ=‎2011‎年‎10‎月、タイ

ブルゴーニュ、「採点」の是非

フランス中部ブルゴーニュ地方のブドウ畑は、あちこちが石垣や農道で区切られている。区画ごとに土壌や気候などの「テロワール」(風土の特徴)が微妙に異なり、ワインの味と香りの違いにつながっている。つくり手の多くは小さな家族経営で、受け継がれてきた手法をかたくなに守る。その伝統と多様性がブルゴーニュの誇りでもある。

著名なつくり手「フィリップ・ルクレール」の販売担当クリスチャン・デルマエ(60)は言う。

「機械化された新世界のワイン産業とは違い、私たちは自分がいいと思うワインを、最初から最後まで自らの手でつくる。世界が欲しがる味に合わせようとは思わない」

こうした職人気質を、「原産地統制呼称」(AOC)制度が支えている。地域や村、畑ごとにブドウ栽培法や収穫量、熟成の手法を厳密に定めたものだ。

AOCの規制の下では、ブドウの出来不出来に柔軟に対応しにくい面があり、年によってワインの品質がばらつく恐れもある。それでも自らの手足を縛るのは、土地や畑ごとのワインの個性を守るためだ。2007年以降、AOCの審査を厳格にするなど規制をさらに強め、個性的な品質を高めることでブランド力を維持しようと狙う。

米国やオーストラリアなど「新世界」の発想は大きく異なる。ブランド力と品質を決めるのは消費者の評判だという。中でも、世界で最も影響力がある米国のワイン評論家ロバート・パーカー(64)による格付けの存在感は大きい。

消費者運動の流れをくむパーカーは、銘柄や評判にとらわれず、自分たちの舌をもとに世界のあらゆるワインを100点満点で採点する。この「パーカーポイント」がワイン価格を決める、とも言われる。

パーカーの代理人で、東京でワインの輸入会社を経営するアーネスト・シンガーは「パーカーによって、世界のワインの質が向上した」と語る。

ただ、フランスでは「スポーツのように一律の基準でワインを序列化した」としてパーカーの評判は芳しくない。フランスはワインを、多様で複雑な芸術作品のような存在と考えている。

ワインづくりの思想や手法が異なっていても、フランスのような伝統国と新世界のワインは共存できるのだろうか。ブルゴーニュの有名銘柄「ジョゼフ・ドルーアン」の当主で、米オレゴン州でもワイナリーを経営するフレデリック・ドルーアン(43)は言う。

「新世界ワインは、世界各地で新たな消費者を開拓してきた。初心者はわかりやすい新世界ワインから飲み始め、次にフランスワインに手を出す。やがて、複雑なブルゴーニュにたどり着く」

タイ、熱帯のワイナリー

雨上がりのブドウ畑に2頭のゾウが現れた。背中に家族連れを乗せている。タイのワイン醸造最大手「サイアムワイナリー」が南部フアヒンで運営するブドウ園。ゾウに乗っての散策は、南国ならではの観光アトラクションだ。

30ヘクタールの斜面に、白ワイン用のコロンバード種、赤ワイン用のシラー種などのブドウが栽培されている。かつてパイナップルをつくっていた土地に、水はけをよくするためのパイプを埋め込み、ブドウ畑に変えた。

10月下旬でも昼間の気温は30度。洪水の心配はない高台だが、雨期は毎日スコールがくる。湿気を嫌うワイン用ブドウの栽培は、難しいのではないか。

「ワインをつくりたいというタイ人の情熱が、すべてを可能にした」と醸造長のカタリン・パフ(33)は言う。イタリアワイン「キャンティ」を手がけたことのあるドイツ人女性だ。「熱帯でワインをつくるというと、みんなクレージーだとあきれた。私もクレージーだと思ったが、挑戦しがいがあった」

タイのワインづくりは約30年前にプミポン国王の主導で始まり、1990年代、欧州の技術をもとに本格化した。いま、9社の大手ワイナリーがある。

サイアムワイナリーを営むのはタイ人の実業家。パフによると、「香りを楽しみ、食事との相性を考える文化をタイに根付かせたい」と創業したという。

1986年からブドウの清涼飲料水を売り出し、1999年から本格的にワインに取り組んだ。メルローやシャルドネなど欧州の主なブドウを試したが、夏の日照時間が足りずにうまくいかなかった。そして行き着いたのが前述の2種だ。

熱帯なのでブドウの木はどんどん成長し、放っておくと年に2回も実がなる。ていねいに剪定(せんてい)をしながら収穫を年1回に絞り、果実に養分を凝縮させるようにした。

できあがったワイン「モンスーンバレー」は約3分の2を国内に出荷し、残りを英国など欧州や日本に輸出する。香りや味の強い料理に負けないしっかりしたワインで、タイ料理店でも人気だ。コロンバード種の白ワインは2008年、「パーカーポイント」で87点をとった。欧米のワインに肩を並べている。

デンマークとイギリス、「北限」さらに北へ

伊勢丹新宿店で11月半ば、デンマークワインのプロモーションがあった。これまでブドウの栽培が不可能と思われがちだった北欧産のワインを、買い物客らは物珍しそうに味わった。

デンマーク産のロンド種というブドウでつくった赤ワイン「ノールン」は、軽やかでしっかりとした酸味があり、ミネラルの風味が特徴という。醸造を担当したデンマーク人はかつて、日本酒の味わいにひかれて来日し、ある蔵元で研修して醸造技術を学んだことがあるそうだ。

航空便で仕入れているので、お値段は1本6825円と安くはない。伊勢丹新宿店のワインバイヤー、林真嗣(32)は「北欧のライフスタイルに関心を持つ人に受けている」と話す。

ワイン用ブドウ栽培の伝統がほとんどなかったデンマークで、ワインづくりの試みが始まったのは1990年代といわれる。いまでは、小規模ながらいくつかのワイナリーが活動しており、輸出をめざすワインもある。

以前、ワインづくりは北緯50度までとされ、シャンパンの産地であるフランス北部シャンパーニュ地方が北限と考えられていた。

しかし、昨今は気候が暖かくなったせいで、ブドウ栽培の北限がどんどん北上している。北緯54度を超えるデンマークはもとより、さらに北のスウェーデンでもワインがつくられるようになった。

英国も北緯50度をおおむね超え、長らく「ワイン不毛の地」だったが、70年代からブドウ栽培が試みられ、いまやスパークリングワインの一大産地だ。シャンパーニュ地方に似た石灰質の土壌があるイングランドの南部にワイナリーが多い。フランスのシャンパン関係者も視察にくるほど良質のものもあり、来年のロンドン五輪を機に注目を浴びるかもしれない。

モルドヴァとグルジア、ロシアの揺さぶりで苦境

ワインの消費が増えているロシアは、自国の影響力を行使する手段としてワインを利用している、といわれている。輸入を管理することで、旧ソ連のワイン生産国に揺さぶりをかける戦略だ。

欧州の東端にある人口400万人たらずのモルドヴァ。ブドウ畑が点在するワイナリー「クリコヴァ」の地下に、総延長60キロのワイン貯蔵施設がある。住宅用石材を掘った跡地だ。

タクシーで地底に向かって延々とトンネルを下ると、地下50メートルほどにワインの製造ラインと貯蔵庫があった。壁一面にワインが並ぶ。

気温は1年を通じて12~14度。保管されているワインは130万本にも及ぶ。地元のもののほか、珍しいボトルも多い。1930年代のフランスワイン2000本は、ナチス・ドイツの元帥ゲーリングが集めたものだという。最も古いのは1902年の中東のワイン。ある富豪が「100万ユーロ(約1億円)で買いたい」と言ったが、断ったそうだ。

ワイナリー「クリコヴァ」の地下にあるワイン貯蔵施設
ワイナリー「クリコヴァ」の地下にあるワイン貯蔵施設=‎2011‎年‎11‎月、国末憲人撮影

「古すぎるものの中には、劣化して飲めないものもあります」。案内係のアレクサンドル・ボルシュ(23)は笑う。

モルドヴァは小国にもかかわらず、世界12位のワイン輸出国だ。クリコヴァは最も有名なワイナリーで、旧ソ連時代には共産党の指導者御用達だった。

人類初の宇宙飛行で有名なガガーリンは、一昼夜、貯蔵庫で飲み続け、「このワイナリーに勲章を与えるべきだ」と主張した。ロシア首相のプーチンは大統領時代の2002年、貯蔵庫で50歳の誕生会を開いた。いまも、プーチンが保存を委託したというワインが並ぶ。

だが、ロシアは2006~2008年、「有害物質が含まれている」とモルドヴァワインを禁輸した。欧州連合(EU)加盟をめざすモルドヴァを牽制(けんせい)する事実上の経済制裁だ。「その後、輸出先を多様にしている」とボルシュは言う。現在、輸出先は30カ国。一部は日本にも入っている。

グルジアもロシアから揺さぶりを受けた。2006年、グルジアワインの禁輸で両国関係が緊張し、2008年の紛争の隠れた要因ともなった。ロシア市場に頼る生産国にとって、輸入規制は深刻なダメージとなる。その弱みを、ロシアは熟知しているようだ。