北朝鮮が11月2日に発射した弾道ミサイル1発は、海上の軍事境界線にあたる北方限界線(NLL)を越え、韓国側の公海に落下した。韓国領の鬱陵島では空襲警報が鳴り渡った。
ただ、これは休戦協定違反ではない。朝鮮半島分析に携わった元自衛隊幹部は「NLLは国連軍司令官が一方的に宣布したもので、休戦協定にNLLは規定されていません。危険な行為ですが、休戦協定違反ではありません」と語る。
だから、国連軍司令官を兼ねる在韓米軍司令官も過激な対応を避けた。
情報関係筋によれば、北朝鮮軍が航空部隊や戦車部隊の前方展開を始めたり、弾薬や食糧の集積を始めたりした兆候は出ていない。
部隊の間の通信量が増大している事実もなく、大規模な軍事行動を起こす兆候はない。
今後はわからないが、少なくとも現時点で、北朝鮮が戦争を仕掛ける考えがないことは明らかだ。
バイデン米政権は10月27日に発表した「核態勢の見直し(NPR)」で、北朝鮮が核攻撃を加えれば、金正恩政権は終末を迎えると警告した。
米韓国防相も11月3日、この警告を再度確認した。北朝鮮には、きちんと米韓のメッセージが届いている。
では、北朝鮮は何をしたいのか。
金正恩総書記は2021年1月の党大会で超大型核弾頭の開発など、国防力強化5カ年計画を進めている。
11月3日に発射したとみられる大陸間弾道弾(ICBM)「火星17」はこの計画に沿った実験とも言えるが、他のミサイルや砲撃は、純粋な開発目的とは言えないだろう。
脱北した朝鮮労働党の元幹部は「内部を締め付け、緊張させたいのではないか」と語る。
北朝鮮は国際社会による制裁や災害、新型コロナウイルス対策での国境封鎖で、経済がどん底の状態にある。
米国で商業衛星などの情報を分析しているジェイコブ・ボーグル氏によれば、新型コロナの感染が始まる前の2019年には、年間2万3260平方メートルも増えた市場面積が、2021年はたった630平方メートルしか増えなかった。
元党幹部は「北朝鮮では子どもの頃から、米国がいつ攻め込んでくるかわからないという教育を受けている。米朝関係が緊張すれば、北朝鮮の市民は本能的に身構えるようになっている」と語る。
ただ、北朝鮮の公式メディアは、11月2、3両日のミサイル発射について報道していない。元党幹部は「緊張させたい相手は、一般市民ではなく、もっと金正恩(総書記)の身近にいる連中ではないか」と語る。
北朝鮮では今年春、干ばつが続いたため、穀倉地帯の黄海道などで田植えの時期が遅れた。すでに北朝鮮では収穫期に入っているが、今年も数十万トン規模の食糧不足に見舞われそうだ。
北朝鮮は最近、軍糧米を何度か放出している。中国などからの輸入が滞れば、一般市民どころか、高位層の生活にも影響が出るかもしれない。
一方、北朝鮮は日米韓など国際社会には、交渉に応じる姿勢は示していない。元幹部によれば、2019年2月のハノイ米朝首脳会談で、金正恩氏はトランプ米大統領との交渉に失敗した。
この失敗を受け、北朝鮮は、従来の「行動対行動」戦術ではなく、北朝鮮の要求が一方的に認められない限り、交渉に応じない方針を決めたという。国際社会が北朝鮮の核保有を認めれば、具体的に交渉するという意味だ。
安易に交渉に入れないため、これまでの「瀬戸際戦術(チキンゲーム)」より、さらに激しい行動を取るしかないのだという。
もちろん、国際社会が、そんな都合の良い主張を聞くわけもない。
切羽詰まった北朝鮮が、次に取る行動は何か。7回目の核実験か、2010年11月に起こした韓国・大延坪島への砲撃のような小規模軍事行動か――。
今はまだわからない。