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「火星12」発射でも対米メッセージなし 北朝鮮は「力で屈服させる」道を選んだか

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
北朝鮮が1月30日に実施した中距離弾道ミサイル「火星12」の発射実験
北朝鮮が1月30日に実施した中距離弾道ミサイル「火星12」の発射実験。31日付の労働新聞などが伝えた=北朝鮮ウエブサイト「わが民族同士」から

防衛省によれば、火星12は今回、通常よりも高い角度で打ち上げるロフテッド軌道で、約800キロ飛行した。通常の軌道であれば、米軍基地があるグアムを射程に収める。核弾頭を搭載することで、米軍に北朝鮮への攻撃を思いとどまらせる「ハリネズミ戦略」の一翼を担う兵器だ。

1月31日付の労働新聞は3面で火星12の発射を伝えた。「生産、装備されている火星12を選択検閲した」と伝え、実戦配備されている事実を強調した。米軍に脅威を与える目的とみられるが、報道は米国には触れなかった。金正恩朝鮮労働党総書記ら政治指導者の視察も伝えていない。

北朝鮮は1月19日の党政治局会議で「米国の敵視政策と軍事的脅威が黙認できない危険な境界に達した」と評価し、「国家の尊厳と国権、国益を守るための物理的力をさらに頼もしく確実に強固にする実際行動へと移るべきである」と結論づけた。2018年4月に中断を宣言した核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験の再開も示唆した。

ただ、政治局会議は、米国に対話を呼びかけなかった。北朝鮮は30日に火星12を発射した際も、米国にメッセージを送らなかった。

今回の動きは、2017年当時の動きとは対照的だ。北朝鮮戦略軍報道官は17年8月8日付の声明で、火星12によるグアム周辺の包囲射撃を検討していると警告した。声明は「グアムの主要軍事基地を制圧、牽制し、米国に厳重な警告信号を送るためだ」と説明していた。

脱北した朝鮮労働党の元幹部は、北朝鮮が今回沈黙している理由について「対米戦略を交渉から談判に切り替えたからだ」と語る。この元幹部によれば、交渉では譲歩もありうるが、談判では北朝鮮の主張を聞き入れるかどうかの二者択一しかないという。

北朝鮮は2019年2月、ハノイで開かれた第2回米朝首脳会談で、寧辺核施設の廃棄と引き換えに北朝鮮に対する制裁の一部解除を求めた。米側が「寧辺+α」の廃棄を求めたため、交渉は決裂した。北朝鮮はこの結果を受け、「なぜ交渉が失敗したのか」という内部総括を行った。

その結論が、金正恩氏の実妹、金与正党副部長が2020年7月に発表した談話だった。与正氏は談話で「朝米協議の議題を『非核化措置対制裁解除』から『(米国の)敵視撤回対朝米協議再開』の枠に改めるべきだ」と主張した。

2018年6月、シンガポールで行われた米朝首脳会談で記念撮影に収まる金正恩朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領=朝鮮通信

元幹部はこの主張について「米国が敵視政策を撤回する明確な姿勢を示す必要がある」と語る。敵視政策には、北朝鮮を攻撃できる核兵器の撤去、在韓米軍の撤収、米韓合同軍事演習の中止、北朝鮮に対する経済制裁の撤廃などが含まれるという。元幹部は「こうした動きが始まるという確証が得られるまで、北朝鮮は対話に応じないだろう」とも語る。

北朝鮮も米国と同様、過去の米朝枠組み合意を巡る協議や6者協議が失敗に終わったことに失望している。米朝首脳会談も成果を出せなかった今、力で相手を屈服させる方法を取ろうとしているという。元幹部は「3月の韓国大統領選なども考慮する要素だが、もっと大きな流れで戦略を考えているようだ」とも語る。

北朝鮮は近年、米国と談判するための準備を進めてきたという。米朝首脳会談の決裂以降、国内では自力更生路線を唱え、制裁に耐えるよう国民に強要してきた。昨年1月の党大会で新たな経済5カ年計画もまとめた。2020年末には反動思想文化排撃法を採択し、米国や韓国からの情報流入を防ぐ体制を整備した。

もちろん、北朝鮮の究極の目的は現体制の存続だ。対決した結果、自らが滅亡しては本末転倒になる。何度も訪朝経験があるデビッド・ストラウブ元米国務省朝鮮部長も「北朝鮮は絶対、スーサイドアタック(自殺攻撃)はしない」と語る。1976年に北朝鮮軍人が米軍士官2人を殺害するなどして緊張が高まったポプラ事件では、金日成主席が遺憾の意を表明し、米朝の衝突を回避した。金正恩氏も南北で緊張が高まった2015年の木箱地雷爆発事件では、南北協議の道を選んだ。

元幹部は「米国が敵視政策を撤回すれば一番良いが、だめなら核武装して安全を確保するというのが、平壌の考え方だ」と語る。緊張をどこまで高めるかは、米国による軍事攻撃の危険や北朝鮮国内の経済状況などを見ながら、慎重に判断するとの見通しを示した。

韓国の情報機関、国家情報院は1月21日、韓国国会情報委員会所属の議員らに行った説明で、北朝鮮が今後、米国に圧力をかけるために実施する可能性がある5種類の行動に言及した。5種類の行動とは、①核兵器分野で戦術核や、メガトン級の威力を持つ超大型核弾頭実験②ICBMの命中確率を高める実験③極超音速滑空弾の発射④固体燃料型ICBMの発射⑤原子力潜水艦と関連した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射――だという。

2017年1月29日に発射された北朝鮮のICBM「火星15」=朝鮮通信

これは、金正恩氏が昨年1月の党大会で行った指示を分析した結果とみられる。正恩氏は当時、①1万5000キロ内の目標に対する核先制・報復攻撃能力の高度化②極超音速滑空飛行弾頭を開発、導入③水中・地上固体燃料のICBMの開発④原子力潜水艦とSLBM核戦略兵器の保有⑤軍事偵察衛星の運用――を指示していたからだ。

このうち、国情院は、平安北道東倉里からのICBM発射実験の可能性が最も高いと説明した。衛星運搬ロケットであれば、「宇宙の平和利用」だとして、中ロ両国が支持する可能性が高いからとみられる。

ただ、韓国で6者協議代表を務めた元政府高官は「北朝鮮は新型コロナウイルス対策で自ら、国境を封鎖した国だ。制裁を恐れて挑発を思いとどまることはしない」と述べ、安易に予想すべきではないとの見方を示した。

これに対し、2日に日米外相が電話で協議したほか、日米韓の次官級協議も電話で行われた。北朝鮮に外交による解決を呼びかけるほか、制裁強化などについても話し合われたとみられる。北朝鮮が米国に政治的なメッセージを発信していない以上、現段階ではこうした手法による解決はほとんど望みがない。

火星12の発射は、米国と北朝鮮との間で繰り広げられるチキンゲームの号砲だったのかもしれない。