OSINT(オシント)、戦争犯罪の証拠集めに活用 「偽物」扱いされないための工夫とは

米カリフォルニア大学バークリー校法科大学院人権センター事務局長のアレクサ・ケーニッグ氏は約10年前、個人の戦争犯罪などを裁く国際刑事裁判所(ICC)の裁判を調べた。すると、訴追の比較的早い段階で破綻した事例が多いことに気づいた。
裁判資料を調べると、検察が目撃者の証言に頼りすぎ、裏付ける証拠が少ないことが見えてきた。
そこで、ICCの検察官や国際人権団体などを集め、その証言を支えるためにどのような情報が必要なのかについて、議論を重ねた。その中でわかったことは、デジタル情報を証拠として使う際に、その正確性や信頼性を検証するための「指針」が十分にないことだった。
「世界中のほとんどの裁判所や捜査官はデジタル情報の保全作業のトレーニングは受けておらず、保全作業を体系的に行っていなかった。当時は、ウェブページで見つけたものを保存するくらいだった」
多くの捜査官は長い間、実際に紛争地に行って、証言や文書による証拠を集めるのが仕事だった。デジタル情報に基づく証拠はあれば良いという程度で、必要なものではないと考えていた、という。
こうして、人権センターは国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)と、公開情報についてのガイドライン「バークリー・プロトコル(指針)」を作り、2020年に公表した。
でき上がった指針は約100ページに及ぶ。公開情報を元に国際的な犯罪や人権侵害を調査する個人や組織に対し、法律、倫理、方法論、セキュリティーなどの観点から注意すべき点をまとめた。
例えば、オンライン調査では、情報を集める調査員などにバイアスがある可能性を認識し、必要に応じて専門家に相談すること、データを収集する際は、そのデータの安全性を事前に調べ、ページのURLやソースコード、画像などを投稿した人物や、付いたコメント、収集した機器のIPアドレスなどを記録する、といった点だ。
ウクライナのベネディクトワ検事総長(当時)は今年3月、この指針に沿って公開情報から得られるロシアの戦争犯罪の証拠を集めるとツイッター上で明かした。
We have a team of prosecutors who register evidence of war crimes available in open sources,in line with Criminal Procedure Code, the Berkeley Protocol on Digital Open Source Investigations standards,so that such evidence is admissible before international judicial institutions. pic.twitter.com/3MGi5ZqlJw
— Iryna Venediktova (@VenediktovaIV) March 9, 2022
ケーニッグ氏は「公開情報を使った調査は、戦争犯罪の調査手法を情報伝達の速度と規模、質において根本的に変えた。物理的な証拠や記録と合わせることで、何が起きたのかをより正確に把握できるようになる」と期待する。
これは捜査関係者のためだけではない。「デジタル情報には簡単にだまされる。専門家でさえその正確性の確認には苦労する。データを効率的、効果的、そして倫理的に扱うために、関係者の間で共通認識を持たなければならない」
オシントが広がるにつれ、別の問題も生まれ始めた。情報を分析したように装って偽情報を流したり、情報を否定したりする動きだ。本物の動画なのに偽物だと非難されることもある。
100カ国以上の人に人権侵害の証拠として活用するための写真や動画の撮り方を訓練してきた国際NPO団体「ウィットネス」(本部・米ニューヨーク)のプログラムディレクター、サム・グレゴリー氏は、捏造(ねつぞう)された動画を目にしてきたという。動画を実際とは別の場所から撮ったように編集したものなどだ。ロシアのウクライナ侵攻でもこうした例があるという。
「偽動画に注目が集まれば(広告から)収益につながるため、お金が目的の人もいるだろう。偽動画によって混乱させ、見た人が何を信じて良いかわからなくさせる狙いもある」
グレゴリー氏らは証拠として撮った動画を「偽物だ」と否定されないための工夫を教えている。例えば事件現場では、現場をただ映すだけでなく、周辺を360度撮影する。
さらに、近距離、中距離、広角でも撮影すれば、本物であることを立証しやすくなる。動画の証拠価値を高めるためのこうした工夫は、ガイドラインとしてまとめている。