――公開情報を元にした分析は趣味で始められたそうですね。
分析を始めたのは、2011年に北アフリカ・中東で広がった民主化運動「アラブの春」が起きたころでした。インターネット上には写真や動画があふれていました。私は国際政治に関心を持っており、それらを見ながらネット上で議論することに多くの時間を費やしていました。
ネット上には多くの情報があったのですが、その内容が検証されることはなく、メディアを含めてそれを生かし切れていないと感じていました。
私はリビア情勢を調べる中で、反政府軍がある町を制圧した、と主張する動画を見つけました。それが本当にその町なのか、検証できないかと考えました。動画を見ながら道路地図を手描きし、それを衛星画像と照らし合わせてその場所を特定しました。今では「ジオロケーション」と呼ばれるオシントの手法の最初の体験でした。
中には、動画や画像を、自分の主張に沿うように都合よく使う人がいました。その元となる情報を検証することは、そうしたことへの対抗策でもありました。
当時は私は会社員で、(国際政治の)専門知識があったわけではありません。趣味でやっていたことでした。ただ、そうしたネット上の情報が何か役立ちそうな気がしたのです。
――コミュニティーはどのように作られていったのですか。
ツイッターで、自分が発見したことを共有し始めると、ジャーナリストたちがフォローしました。そのうち、ツイッターでは自分の考えや検証結果を伝えきれなくなり、ブログを始めました。すると、現地で何が起きているかに強い関心を持つ人たちのグループができ始めました。このような公開情報による分析は、実は私がほぼ初めてだったのです。この分野で常に先頭を走ってきました。
見たことがない兵器を見つけては記録していく中で、2013年初め、シリアの反政府勢力が新しい武器を手にしているのをユーチューブで見つけました。米ニューヨーク・タイムズに伝えたところ、最終的にその武器をサウジアラビアがヨルダンを経由して、シリアに密輸していることが判明し、同紙の1面に掲載されました。
――そこからどうやってベリングキャットを立ち上げたのですか。
同じ関心を持つ人たちとネット上でつながるようになり、互いにわからないことを聞きあったりする中で、情報の真偽を見極め、真相の解明に近づけるようになっていきました。この手法は趣味以上の何かすごいものなのではないか、と少しずつ思い始めました。
この手法を広げ、それぞれの調査結果を共有できる場を作りたいと思い、2014年に数人で「ベリングキャット」を立ち上げました。「猫に鈴をつける」という意味で、大きな力を持つ権力に鈴をつけて、それを監視するという思いを込めました。
――創設から3日後に、ウクライナ上空でマレーシア航空機が撃墜されました。
墜落後から機体の残骸を映した画像や動画がソーシャルメディア上に出回り、例えば機体のどの部分が損傷したのかを特定しようとする即席のコミュニティーが生まれました。正式に組織されたものではありませんでしたが、私たちはその作業の中心的な役割を担うことになりました。こうしたコミュニティーと、現地にいたジャーナリストとの間で交流も生まれていきました。
中には、ウクライナの戦闘機が撃墜したのだと主張する人たちもいました。しかし、私たちはロシアの関与を結論づける報告書を発表しました。数年後にオランダを中心とした捜査チームが発表した捜査結果の多くは、私たちが指摘した内容を裏付けるものでした。
――どのような人たちが調査に関わっているのですか。
いまスタッフは約30人いて、他にも定期的に関わってくれる人たちがいます。さらに、非常に熱心に情報分析してくれるネット上の仲間たちもいて、それぞれが(映像、兵器、地域など)得意分野を持っています。お願いをしなくても、自ら動画の撮影場所を探り当てるような人たちです。
1人が何かを掘り下げるのではなく、多くの人からなるネットワークがさまざまな種類の情報を拾っているようなものです。その情報をある種の検証システムに送ります。そこで情報の真偽を確かめ合い、間違っていたら指摘する。オープンに議論をする場所です。
公開情報を元に調査をするコミュニティーでは、自分が発見したものは他の人も使える、ということが理解されていると思います。
――活動資金はどのように得ているのですか。
資金は複数の財団や、欧州連合(EU)から得ており、収入の約2割は調査手法の講習会を通じて得ています。個人からの寄付もあります。各国の政府機関からの資金はもらっていません。
ウクライナでの活動が増え、ウクライナで起きていることに米国が大きな関心を寄せていることもあり、以前はあまりなかった米国からの資金も増えています。
――調査結果の正確性は、どのように評価をしているのですか。
私たちは、①公正性と説明責任②調査、という別々のチームがあります。法律の専門家の協力を得ながら数年かけて作り上げました。
調査については、チーム内で議論を重ねます。調査した内容について仮に全員が同意しなくても、なぜそのような決定をしたのか、お互いに理解した上で発表しています。
ただ、それが全体像を表していないことは理解しています。私たちが取り組むのは、公開情報による証拠を入手し、それを最大限に活用することです。例えば、(個人の戦争犯罪などを裁く)ICC(国際刑事裁判所)に提供すれば、ICCはその他の証拠と組み合わせて調査結果を検証できます。つまり、捜査に取って代わるのではなく、他の人たちの仕事を補完することを意図しています。
ベリングキャットはメディア組織ではなく、調査機関です。非常に重要なことは、私たちが他の組織との連携を多くしていることです。ベリングキャットのことだけをやっているのではありません。
――英国で起きたロシア人の元スパイ毒殺未遂事件(2018年)やロシアの野党指導者ナワリヌイ氏の暗殺未遂事件(2020年)では、メディアと連携した調査でロシアが関与していると報じました。
私たちの調査結果はロシア側の主張と対立していました。ロシア政府の高官は「ベリングキャットはCIA(米中央情報局)かMI6(英対外情報部)だ」などと言いました。それが逆に私たちの評判を上げた面があると思います。
一方で、さまざまなサイバー攻撃の標的にされました。これは、いまも続く懸念事項です。身の安全にも気をつけるようになりました。いまは宿泊先のホテルで出された食べ物には手を付けないようにしています。
――ロシアに関する調査が多いようですが、中国や北朝鮮などアジアの国に関する調査もしているのですか。
非常に少ないです。中国について調べられることはたくさんあります。そうならないのは、公開情報を元にした調査に興味を持ち、それを行うための言語スキルを持った人が少ないからです。同じように中東・欧州以外では、何よりも言語の壁が大きな問題です。
公開情報を元にした調査を広めるためには、より集中的かつ体系的な取り組みが必要です。ただ、何かが起こるのを待っていては、何年もかかってしまいます。それを持続可能なものにするためには、長期的な投資が求められます。1回トレーニングをして、これで調査をしましょう、というわけにはいかないからです。
――情報を検証しても、それが偽情報だと言う人たちもいます。
権威ある情報源に対する不信感から、代替となる情報源をネット上に求め、ソーシャルメディアやブログ、ウェブサイトなどの独自のネットワークを作ります。ここから偽情報が生まれるのです。
人は何かに腹を立てたとき、人を罵倒し、ツイッターで共有します。そうすることで、偽りの達成感や力を得ることができます。しかし、実際には、誰かを怒らせる以外には何も達成していません。
そうした動きにどうすれば対抗できるのか。ベリングキャットで取り組んでいるように、市民自らが調査、発見し、社会に影響を与える方法を人々に教える必要があります。それを積み重ねることで、より強い市民社会が作られていくのだと思います。そしてこのようなコミュニティーは一夜にしてできるものではないことを、みな理解しなければいけないと思います。
――ロシアのウクライナ侵攻でオシントに注目が集まりました。今後、その調査とともにどんなことに力を入れていきますか。
次の段階は、公開情報の分析から得られたことをどのように法的証拠として使うことができるかです。この点にここ数年注力してきました。ウクライナ侵攻を受け、この問題に焦点が当てられています。
(オシントを始めた)当時は、その手法が手品か魔法のようなものだとみられていました。今回のロシアのウクライナへの侵攻では報道機関や人権団体も同じような公開情報の調査に取り組むようになりました。私たちも、ウクライナでクラスター爆弾を使われた疑いがあると素早く報じました。今や公開情報なしに、戦争犯罪や人権侵害の責任を問うことはできないでしょう。