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インスタもツイッターも遮断 狭まるロシアのネット空間、VPNも抜け道にならず

World Now
反ロシア政府系のニュースサイトはテレグラムの中にチャンネルを作り、ロシア国内からも見られるように配信している
反ロシア政府系のニュースサイトはテレグラムの中にチャンネルを作り、ロシア国内からも見られるように配信している=須藤龍也撮影

モスクワに暮らすティモール・アイシンさん(27)は、オンラインの取材に対して、パソコンの画面越しにスマホをかざして言った。

「よく使っていたツイッターとインスタグラムは、3月に入ってから使えなくなった。アプリを開くと、データを読み込んでいることを示す輪がぐるぐる回っているだけになるんだ」

アイシンさんはロシアの民間自動車会社に勤める。お昼休みの時間にはテレビから国営放送のニュースが流れ、連日のようにロシア軍の勝利を報じている。同僚の多くもそれを信じているという。「多くの人はインターネットの知識が豊富なわけではなく、政治にも無関心。流れてくる情報しか見ていない。ネット上で自分から積極的に正確な情報を探しにいかなければ、何が起きているのかを知るのは難しい」

ユ-ジーン・マグダリットさん
ユ-ジーン・マグダリットさん=宮地ゆう撮影

モスクワ出身のユジーン・マグダリットさん(30)は、ロシアの反政府運動のニュースなどの映像を撮影・編集する映像プロデューサーだったが、3月中旬、カザフスタンを経由してジョージアへと逃れた。ウクライナ侵攻前後から、反政府運動などのニュースを流してきた周囲の知人たちの家には、次々と家宅捜索が入り、逮捕者も出始めていたためだ。「一般市民はまともなニュースや情報を得る手段を失いつつある」と嘆く。マグダリットさんの家に警察が来たのは、家を出た2日後だった。

日本からロシアのインターネットの状況を体感している人もいる。IT企業に勤めるロシア人、マラット・ヴィシェゴロデツェフさん(33)だ。ヴィシェゴロデツェフさんは、ロシア人が自由なインターネットアクセスを求めて、無料の「VPN(仮想専用線)」アプリを使っていると語った。

VPNは本来、組織内の閉じられたネットワークに外部からアクセスするための仕組みだ。コロナ禍の在宅勤務で使い始めた人も多いだろう。

ロシア国内にいる人たちは、パソコンやスマートフォンに導入したVPNアプリを使い、本来ならばアクセスできない欧米のサイトに接続しているという。国外に設けられたVPNの接続拠点を「ハブ」として、欧米のサイトに接続しているのだ。これは中国国内から接続できないツイッターやフェイスブック、グーグルのサービスを使うときに、よく使われている手法だ。

つまり、ロシア国民はVPNサービスを使うことで、自由なインターネットアクセスを実質手に入れた、ということなのだろうか。

マラット・ヴィシェゴロデツェフさん
マラット・ヴィシェゴロデツェフさん=須藤龍也撮影

だが、ヴィシェゴロデツェフさんの答えは「ノー」だった。「別のブロッキング(ネットの遮断)に邪魔されるんですよ」

それは、ウクライナ侵攻を機に、欧米側がロシアへのアクセスを意図的に遮断するという新たな現実だった。仮にロシア国内からドイツにあるVPN拠点に接続し、ロシア政府が遮断する欧米のニュースサイトなどにアクセスできたとしても、今度はドイツ当局が規制するロシア国内のサイトへアクセスができなくなる。

ヴィシェゴロデツェフさんはいう。

「ロシア人が自由にアクセスできるインターネット空間は現時点で存在しない。ロシアの軍事侵攻をきっかけに、スプリンターネットの脅威が進んでしまった」

影響はロシアでビジネスをする日本人にも及んでいる。

14年からロシアに住む日本食レストランなどの経営者の廣瀬功さんは、SNSで起きた異変に振り回されている。これまで主にインスタグラムを使ってPRに努めてきたが、それができなくなった。「積み上げてきたフォロワーという大きな資産が無くなってしまった。ビジネスにとっては深刻な打撃になっている」と肩を落とす。

日常生活にも影を落としている。VPN接続すればSNSなどにアクセスできるとはいえ、その手間も大変だ。タクシーなどの配車アプリや銀行の送金アプリなど、ロシア国内からしか接続できないアプリが増えた。朝起きてVPN接続してSNSをチェックし、外出時にロシアの決済アプリを使うときは切断し、撮影した動画を編集するソフトを使うためにまたVPN接続をする……といった具合に、1日に接続を切り替える回数は約20回に上るという。「ロシアではアプリで決済するのが生活の一部。手間ばかりかかって不便になった」

こうした背景もあり、ロシアでは誰でもアクセス可能で通信の秘匿性も高いSNSテレグラムを使う人が増えている。廣瀬さん自身もインスタグラムがブロックされてから、経営する店のチャンネルをすぐに開設した。ただ、料理や店舗の「映える」写真で客にアピールするというこれまでの戦略が通用せず、苦戦中だと嘆く。

ウクライナのフェドロフ副首相(左)。アップルのティム・クックCEOと面会した時のものだという
ウクライナのフェドロフ副首相(左)。アップルのティム・クックCEOと面会した時のものだという=2021年9月、SNSに投稿した写真から

ロシアのウクライナ侵攻後、ロシア政府と米国の大手IT企業との間ではロシアの言論空間を巡る攻防が続いている。

世界最大のSNSフェイスブック(FB)などを運営する米メタは、侵攻開始直後からロシア国営のロシア・トゥデー(RT)やスプートニクといったニュースメディアに対し、広告の掲載をやめ、収益が渡らないようにした。これに対し、ロシア通信当局は3月4日、ロシアからFBへのアクセスをブロックしたと発表。傘下のインスタグラムも同月中にブロックした。インスタグラムのトップ、アダム・モッセーリ氏は「この決定は、8000万人のロシアの利用者を互いに、世界の他の地域からも切り離してしまうものだ」と批判した。

ツイッターは2020年から、国営メディアのアカウントにそれとわかるラベル付けをしていたが、ウクライナ侵攻が始まってからはロシアの国営メディアが発信する記事へのリンクにも対応を始めた。それにより、ロシア国営メディアなどへの流入が従来より約3割減ったという。ロシア通信当局は国内からのツイッターへのアクセスをブロックして報復に出た。

一方、米グーグル傘下のユーチューブは、侵攻開始後、ロシア国営メディアなどのチャンネルや動画の一部を削除したが、当局からブロックはされず、ロシア国内からはいまだにアクセス可能だ。

ウクライナ政府もインターネット空間からロシアを切り離そうと動いていた。

「ロシアの宣伝機関がウェブサイトを使って偽情報やヘイトスピーチを継続的に広め、戦争の真実を隠している」。侵攻が始まってから4日後の2月28日、ウクライナ副首相兼デジタル化担当相のミハイロ・フェドロフ氏はこう訴え、異例の要請を送った。ロシアの国別トップレベルドメインの無効化を求める──。

ウクライナ側からICANNに送られたとされる書簡には、「.ru」などのドメインが記されていた=目黒隆行撮影
ウクライナ側からICANNに送られたとされる書簡には、「.ru」などのドメインが記されていた=目黒隆行撮影

ドメインとは、インターネット上で組織や個人、国や地域ごとに割り振られる名称のこと。国別トップレベルドメインは日本の場合、「.jp」にあたる。ウクライナ側の要請は、ロシアに割り当てている「.ru」「.рф」などにひも付く組織や個人へのアクセスを無効化してほしいというものだった。いわば、ロシアをインターネットから締め出せという、前代未聞の要請だった。

要請を受けたのは、世界中のドメインを管理・調整している国際組織のICANN(本部・米国)だ。「One World, One Internet」(一つの世界、一つのインターネット)を掲げ、安全で安定したネットの運用を目指す団体だ。

ICANNトップのヨーラン・マービー氏は副首相への返答で、「ICANNにはインターネットを止めるための役割はない」と冷静に応じ、「インターネットへの広く妨げのないアクセスこそ、プロパガンダや偽情報の拡散を防ぐことができる」と述べた。

ウクライナ政府からの要請は、欧州や中央アジアなどの地域のIPアドレスを管轄する「RIPE NCC」(本部・オランダ)にも送られたが、拒否された。RIPEは「この要請に応えることは、インターネットの断片化を増大させる懸念がある」としている。