1. HOME
  2. World Now
  3. 360万人超が発熱、北朝鮮コロナ危機の実相

360万人超が発熱、北朝鮮コロナ危機の実相

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
北朝鮮のコロナ対策を訴えるポスター
北朝鮮のコロナ対策を訴えるポスター。「防疫危機を打開し、祖国と人民の安寧を固く守ろう」と呼びかけている=北朝鮮ウェブサイト「わが民族同士」から

北朝鮮で、新型コロナウイルスの感染が拡大している。発熱者が360万人を超え、70人が亡くなったという数字は報じられるが、国内で何が起きているのかがなかなか見えてこない。23年にわたり、北朝鮮から逃れた人々を支援してきた韓国ガレブ宣教会の金成恩牧師に話を聞いた。(牧野愛博)

北朝鮮が新型コロナ発生を初めて認めたのは5月12日だった。金牧師は「北朝鮮でこれまで、コロナ感染者がゼロだったわけではありません」と語る。北朝鮮では従来、発熱した市民を見つけると、村落単位で封鎖してきた。「中国ほど大規模なロックダウンではありませんが、他の地区と往来できないようにする措置を取ってきました」

北朝鮮当局は新型コロナを災厄だと大々的に宣伝している。市民らはコロナを恐れると同時に、コロナに感染した場合の罪悪感や処罰されることへの懸念から、発熱したことを隠すケースも相次いでいる。金牧師は「発熱を隠す市民がいるため、感染が急速に拡大しているようです」と話す。

脱北した元朝鮮労働党幹部によれば、北朝鮮は5月以降、軍を出動させて、都市や地区ごとに厳格なロックダウンを実施し、住民の自由な外出を禁じている。田植えも行っているが、都市部の住民を大量動員する「農村支援戦闘」は行われず、田植え作業に遅れが出ている。食糧や水の配給が行われているのは平壌程度で、飢餓が発生する可能性がある。

金牧師は「国境封鎖のため、中国からの輸入品が途絶え、物価が2~3倍になった食品もあります」と指摘する。北朝鮮当局がロックダウンした都市の市民に十分な食糧や水などを供給することは難しいとの考えを示した。北朝鮮でのコロナ発生を受け、中国当局が中朝国境地域での検問を強化しているという情報も得ているという。

ガレブ宣教会の金成恩牧師
ガレブ宣教会の金成恩牧師=本人提供

別の北朝鮮支援団体の関係者によれば、北朝鮮では電力不足のため、冷蔵や冷凍で食品を保存することが難しい。軍隊が非常時に地下坑道などにこもる場合も、数日分から最大でも10日分くらいの食糧を携行するのが限界だという。

脱北者の1人は「市場も全て閉まっている。道路脇でこっそり、メットゥギ・チャンサ(バッタ商売=違法な商売をしていて、取り締まりに遭うと、バッタのように逃げる人々)から、水や食糧を手に入れているようだ」と語る。

元朝鮮労働党幹部によれば、死者は北朝鮮が5月30日時点で発表している70人を大きく上回っている状況だという。韓国では、最悪の場合にコロナによる北朝鮮の死者が10万人に達するという見方も出ている。元幹部は「当局は最初につくった感染を抑止するシナリオに沿って発表しているが、実態ははるかに深刻だ」と語る。

北朝鮮は現時点では、ワクチンの支援を受けず、集団免疫の獲得を目指しているようだ。今後、想定以上に感染が広がり、統制が効かなくなる可能性もあるという。金牧師も「北朝鮮は自尊心が強い国です。金正恩の指示なしに、ワクチンを接種したいと言えば、政治問題になり、収容所に送られます」と語る。

北朝鮮の医療施設は劣悪で、市民は処方された薬を市場で自ら購入しなければならない。ガレブ宣教会が公開した北朝鮮内部の映像では、マスク姿の市民も大勢みかける。金牧師は「韓国や日本にあるサージカルマスクなどありません。外見はマスクですが、布製などほとんど感染予防の効果がないものが大半です」と話す。

平壌市内の薬局を視察する金正恩氏
平壌市内の薬局を視察する金正恩氏(中央)。朝鮮中央通信が5月16日に配信した=同通信ホームページから

北朝鮮は4月に大規模な軍事パレードや群衆大会を相次いで開催した。韓国政府関係者によれば、数十万人の市民が参加し、地方の往来も活発に行われたという。参加者のほとんどがノーマスク姿だった。

金牧師は「北朝鮮では、すべてが最高指導者と党の方針に従うシステムになっています。金正恩がマスクを外せと指示したのに、マスクを着用したいと主張すれば、粛清されます。金正恩は決して間違いのない、神のような存在ですから」と語る。

朝鮮中央通信の報道によれば、北朝鮮では連日、10万人単位で発熱を訴える人が増えている。5月31日の同通信報道によれば、4月末からの発熱者の累計は、364万5620人余りにのぼっている。金牧師らは「これはコロナ危機ですが、経済危機、政治危機に発展するかもしれません」と語る。

金牧師は2006年にガレブ宣教会を設立。これまでに1千人以上の脱北者が韓国に逃れることを支援してきた。今でも、大勢の脱北者が韓国行きを希望し、中国内で隠れ住んでいるという。

ただ、中国は新型コロナに対する防疫措置として、厳格な隔離や移動制限などを実施している。金牧師は「中国はCCTV(監視カメラ)が世界一多い国です。3年ほど前からは顔認識システムも導入しました」と語る。列車やバスなどの公共交通機関を使う際、顔認識システムが作動し、住民登録をしていない脱北者が通過すると、警報音が鳴るという。

金牧師は「韓国に逃れるためには、まず中国内を縦断して東南アジア諸国に移動する必要があります。でも移動手段がレンタカーなどに限られると、脱北者1人あたりの費用が2千万ウォン(約200万円)になってしまいます。支援を続けられる団体はほとんどないかもしれません」と話す。

2020年初めにコロナの発生が伝えられた際、金牧師らは中国内に隠れ住む脱北者らに「2~3カ月、長くても半年我慢すれば、韓国に行けるだろう」と励ましたという。コロナ禍が2年以上に及び、脱北者のなかには自殺をほのめかす人や、「自分が売られた中国人の家に戻りたい」と訴える人も出ているという。

ガレブ宣教会は過去、北朝鮮市民の協力で500編以上の内部映像をユーチューブを通じて公開してきた。北朝鮮の市場で買い物をする人々、地方の駅周辺で列車を待つ人々など、北朝鮮の官営メディアが決して伝えない姿を、世界に紹介してきた。

金牧師は「世界が日本や米国が先進国だと認めるのは、人権や民主主義への強い期待があるからです。ぜひ、ユーチューブをみて北朝鮮への関心を持ち続けて欲しいものです」と語った。

ガレブ宣教会のユーチューブから。平壌の隣にある平城市の市場の様子(2019年8月配信)