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新型コロナの感染者発生を認めた北朝鮮、なぜ今 「18万人が隔離や治療」とも

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
新型コロナウイルスの防疫対策として駅構内の消毒を行う平壌駅の従業員。朝鮮中央通信が2020年8月29日報じた=朝鮮通信

北朝鮮は12日、ついに新型コロナウイルスの感染者発生を認めた。国境封鎖から2年3カ月余。どうして、今頃になって認めたのか。(牧野愛博)

朝鮮中央通信は12日、平壌の団体で8日に新型コロナウイルスのオミクロン株に感染した人が確認されたと報じた。朝鮮労働党政治局会議が12日に開かれ、国家防疫事業を最大非常防疫体系に移行することを決めた。金正恩総書記もマスク姿で出席し、事態を深刻に捉えている姿勢を強調した。

朝鮮中央通信の13日の報道によれば、4月末から原因不明の熱病が全国的範囲で爆発的に広がった。現在まで18万7800人余が隔離や治療を受け、6人が亡くなったという。

脱北した元朝鮮労働党幹部は「これで、北朝鮮が過去、ゼロコロナを強調していたことがウソではなかったことが証明された」と語る。北朝鮮が「感染者ゼロ」と主張していたことは、政治的な宣伝ではなく、本当に感染者を把握していなかったからだ、という意味だ。

金正恩朝氏の実妹、金与正氏が2020年12月、韓国の康京和外相(当時)が北朝鮮での感染者ゼロを疑問視した発言にかみつき、「妄言を吐いた」と非難したこともあった。

金正恩氏は昨年末の党中央委員会総会で「我々の防疫を先進的かつ人民的な防疫へ移行させる」と宣言した。元党幹部によれば、正恩氏の発言の意味は、防疫措置を取りながら、経済も回す「ウィズコロナ」宣言だったという。北朝鮮は実際、今年1月半ばから中朝国境での鉄路による貿易を再開した。

元党幹部によれば、北朝鮮当局は現在、中朝貿易の影響で今回の感染が発生したのではないかと疑っている。4月には金日成主席生誕110年、金正恩氏の権力継承10年などの国家的祝賀行事があった。行事に使う資材や食品などの調達を間に合わせるため、消毒措置や隔離期間が不十分だったのではないかとみているという。

平壌で行われたトロリーバス内部の防疫作業。2021年1月4日付の労働新聞(電子版)が掲載した=同紙ホームページから

ただ、そもそもの北朝鮮の防疫措置が完璧だったと言いがたい点もある。北朝鮮は過去、伝染病の管理や行政措置を担う衛生防疫所の医師らが各職場や地域に赴き、「コロナは恐ろしい伝染病だ」と徹底して教育し、手洗いやマスク着用の徹底などを指導してきた。定期的に住民の体温を検査し、発熱している場合は隔離してきた。元党幹部は「北朝鮮の防疫体制は貧弱だ。封鎖と隔離しか手段がない」と指摘する。

一方で、「防疫措置の成功」という政治的な宣伝を意識するあまり、金正恩氏が出席する行事を中心に「ノーマスク」が採用された。4月も15日と25日に、平壌の金日成広場で大規模なパレードが行われた。数万人規模の市民が参加したが、みなノーマスク。ここで感染が広がった可能性も十分ある。

さらに、4月のイベントは「国家的な祝賀行事」(情報関係者)だと位置づけられた。金正恩氏が元帥の服を着用し、市民が総出で、正恩氏の権力継承10年を祝った。コロナ患者発生の発生で行事が中止になれば、政治的な打撃は計り知れないし、担当者が断罪されることは目に見えていた。コロナに対する報告体制が甘くなっていた可能性は十分ある。

北朝鮮の保健医療事情に詳しい韓国の安景洙統一医療研究センター長は「中国も現在、徹底的なゼロコロナ政策を取っている。北朝鮮も市民を緊張させ、防疫措置を徹底させるためにあえて感染者の発生を発表したのではないか」と語る。

平壌にある病院内部の薬局。「一人は全員のために、全員は一人のために」というスローガンが掲げてあった。2008年10月、安景洙統一医療研究センター長が撮影

コロナ患者を認めたことで、北朝鮮は今後、どうするのか。

北朝鮮は過去、新型コロナワクチンの公平な分配を目指す国際的な枠組み「COVAX(コバックス)」による英アストラゼネカ製ワクチン128万8800回分と米ノババックス製ワクチン25万2000回分の割り当てを受け取らなかった。

韓国政府関係者によれば、北朝鮮は米ファイザー製かモデルナ製のワクチンにしか興味を示していないという。北朝鮮が極端な電力不足から、ワクチンを低温で輸送・管理する「コールドチェーン」を構築できる状況にはないことも、COVAXによる割り当てを受け入れなかった背景にあるとみられる。

元党幹部は「とりあえず、徹底的に隔離するしかない。患者が発生した以上、中国から中国製ワクチンの輸入に踏み切るかもしれない」と語る。安景洙氏は「北朝鮮はワクチンよりも経口治療薬に関心があるようだ。今後、治療薬の支援を求めてくるのではないか」と話す。

朝鮮中央通信によれば、金正恩氏は12日の会議で「党と政府が現在のような非常時を予想して備蓄していた医療品の予備を動員する措置を稼働する」と語った。別の脱北者は「コロナで、医療品を総動員する必要はない。この機会に国外から不足した医療品などの支援を受けたい狙いがあるのではないか」と語る。

ただ、中国の現在、北朝鮮と国境を接する東北三省を含む各地でコロナ患者が発生している。北朝鮮も自ら申し出て、4月末ごろから中朝国境の陸上貿易を再び停止している状態だ。

朝鮮中央通信によれば、金正恩氏は12日の党政治局会議で「前線、国境、海上、空中での警戒勤務を強化し、国防で安全の空白が生じないよう万全を期すべきである」と語ったという。北朝鮮は、バイデン米大統領の日韓歴訪に合わせ、今月にも7回目の核実験に踏み切る可能性があると指摘されてきた。韓国軍合同参謀本部によれば、北朝鮮は12日午後6時半ごろ、平壌近郊から日本海に向け、短距離弾道ミサイル3発を発射した。

コロナ患者発生が、核実験にどのような影響を与えるのかはまだわからない。