海上保安庁は、日本で昨年見つかった北朝鮮からのものとみられる木造船が77件だったと明らかにした。前年の158件から半減したが、昨年下半期に限ればわずか10件に過ぎない。
漂着木造船は2018年には225件を数えた。17年に35体、18年に14体、19年に5体の遺体がそれぞれ見つかったが、昨年はゼロだった。19年には日本海の大和堆でイカ釣りなどの違法操業をしている北朝鮮漁船が確認できたが、昨年は姿を消したという。
また、英国の非営利調査機関、グローバル・フィッシング・ウォッチが1月20日に発表した資料によれば、ロシア近海で操業していた北朝鮮のイカ釣り漁船数も激減した。19年当時は1日平均3千隻だったが、今年は最大でも1日200隻程度にとどまったという。
韓国の世界北韓研究センターの安燦一所長によれば、北朝鮮は昨年7月ごろから、ロシアや日本近海での操業を必要最小限度に制限した。北朝鮮当局は、この措置が新型コロナの防疫対策の一環で、水や食糧などの補給で外国人と接触する恐れがあると説明しているという。
世界保健機関(WHO)によれば、昨年末までに新型コロナへの感染を調べる検査を受けた北朝鮮市民は計1万3259人。東京都の最近の一日の検査件数は多い日で1万5千人を超えているから、その少なさが分かる。
きめ細かな検査ができないため、北朝鮮では徹底的な移動制限と国境封鎖などで対抗するしかない。西側諸国のように、国外に出る場合には新型コロナの陰性証明書を取得して許可を得るというわけにはいかないのが現状だ。
さらには、貧弱な保健医療体制への危機感から、過剰とも言える防疫活動を展開している。
韓国の情報機関、国家情報院が昨年11月3日に国会情報委員会で行った説明によれば、北朝鮮の労働党政治局は中国で感染が拡大していた昨年2月27日に開いた会議の資料で「我が国で新型コロナへの対応手段はゼロだ」と説明。「コロナが流入したら大きな災厄が来る。30万人死ぬか、50万人死ぬかわからない」と指摘したという。
国情院や在韓米軍によれば、北朝鮮は中国との国境地帯に地雷を埋設したほか、国境地帯に無許可で接近する市民は無条件で射殺してよいとする指示も出している。水産業では漁船の操業に厳しい制限を加えたほか、「ウイルスが海水に混じって流入する恐れがある」として、海水による食塩生産を一時的に禁じたという。朝鮮中央テレビは2月9日夜の報道で、日本海側にある元山製塩所で食塩の生産が始まったと伝えた。
北朝鮮漁業が直面している深刻な問題は新型コロナだけではないようだ。北朝鮮東北部の咸鏡北道の軍水産事業所で働いていた脱北者によれば、中ロ両国からの重油の輸入が減り、燃料不足が深刻だという。日本などで遺体が漂着したニュースが流れ、北朝鮮当局が小型船の場合は日帰りで操業できる範囲に制限した影響も出ている。近海で操業したくても、北朝鮮当局が外貨稼ぎのため、中国に数多くの漁業権を売り払ったため、操業が難しくなっている。
こうした水産業の不振で、北朝鮮の人々の生活に変化は出ているのだろうか。
北朝鮮ではスケトウダラやホッケが有名だが、人々が新鮮な魚介類を楽しむことは難しい。冷凍・冷蔵施設や輸送網などが貧弱だからだ。配給制度が機能していた1970年代までは、記念日などに冷凍したホッケなどが配られることがあったが、一般家庭では保存できず、すぐ食べるしか方法がなかったという。
2011年12月に金正日総書記が死去して間もなく、最高指導者の配慮によって平壌市に大量の水産物が届けられたというニュースを北朝鮮の国営メディアが流した。北朝鮮関係筋によれば、金正日総書記が最後にサインした指令書が「年末年始に平壌市民に水産物を供給せよ」というものだった。裏を返せば、首都の平壌市民ですら、水産物を日常的に手に入れるのは簡単なことではない。
北朝鮮にとっての水産物は、市民の食糧というよりも、外貨稼ぎの手段という性格が強かった。労働新聞は2017年11月7日付の社説で、日本海で本格的な冬季漁業が始まったことを紹介。「敵対勢力の反朝鮮策動が極限に達した今日、水産部門の漁船は祖国と人民を守る軍艦であり、魚は社会主義守護戦に立ち上がった軍と人民に送る銃弾・砲弾と同じだ」と鼓舞した。朝鮮中央通信は2018年12月1日、軍の水産事業所を視察した金正恩総書記が冷凍貯蔵庫にあふれる魚を見て「宝の山、金塊のようだ」と語ったと伝えた。
日本への漂着木造船の減少にみられる漁業の不振は、北朝鮮市民の食生活に変化はもたらさないが、外貨を必要としている金正恩氏ら高位層に影響を与えることになるだろう。
金正恩氏は1月の党大会で報告した新たな経済5カ年計画のなかで水産業について「人民の食生活に直結した3大部門の一つ。漁船と漁具を現代化し、漁獲を科学化しなければならない」「養魚と養殖を大々的に行って水産物の生産を系統的に増やさなければならない」などと訴えた。
軍水産事業所で働いていた脱北者は「コロナが収まれば、また日本海での操業も始まるだろう」と語る。だが、漁船の近代化や漁業権の確保、水産物を食卓まで安全に早く届ける輸送網の構築、家庭で水産物を保存しておくための電化製品の開発や電気の供給確保など、残された課題はあまりにも多い。
朝鮮中央通信によれば、平壌で開かれている朝鮮労働党中央委員会総会で10日、市民に魚を届ける段取りがつけられていないとして、関係者らの怠慢を厳しく叱責する討論が行われた。根本的な問題から目を背け、経済の自由化ではなく、統制を強める姿勢を更に強めたと言える。北朝鮮の経済はますます混迷の度合いを深めそうだ。