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高梨沙羅選手の謝罪から考える文化の違い 日本人は簡単に謝ってはいけない、けど…

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 
北京オリンピックのスキージャンプ混合団体で2本目のジャンプを終え、涙ぐむ高梨沙羅選手
北京オリンピックのスキージャンプ混合団体で2本目のジャンプを終え、涙ぐむ高梨沙羅選手=2月7日、中国・国家スキージャンプセンター、藤原伸雄撮影

高梨沙羅選手の「謝罪」

北京オリンピックで日本は冬季五輪最多の18個のメダルを獲得しました。その一方で、スキージャンプ混合団体で高梨沙羅選手が1回目のジャンプの後、スキースーツの規定違反で失格になってしまうという残念な展開に。

ほかにもドイツ、オーストリア、ノルウエーの女子選手が同じ理由で失格となり、各方面から検査の基準や方法について疑問の声が上がっています。失格が判明した直後、高梨選手は泣き崩れましたが、その後、インスタグラムに真っ黒な画像をアップし、次のように謝罪の言葉を述べました。

日本チームを応援してくださっている全ての皆様

今回、私の混合団体での失格で

日本チームみんなのメダルのチャンスを奪ってしまったこと、そして、今までチームを応援してくださった皆様、そこに携わり支えてくださった皆様を深く失望させる結果となってしまったこと、誠に申し訳ありませんでした。

私の失格のせいでみんなの人生を変えてしまったことは変わりようのない事実です。

謝ってもメダルは返ってくることはなく

責任が取れるとも思っておりませんが

今後の私の競技に関しては考える必要があります。

それほど大変なことをしてしまったこと深く反省しております。

そして、私のせいでメダルを取れなかったにもかかわらず、最後の最後まで支え続けてくれた有希さん、幸椰さん、陵侑、そして日本チームのメンバーの皆さま、スタッフの皆さまには感謝してもしきれません。

こんな私を受け入れてくれて本当にありがとうございました。

この度は本当に申し訳ありませんでした。

高梨沙羅

私が言える立場ではないことは重々承知の上で言わせていただけるなら、

どうかスキージャンプという素晴らしい競技が混乱ではなく選手やチーム同士が純粋に喜び合える場であってほしいと心から願います。

高梨沙羅選手のインスタグラム

この謝罪を受け、日本では「痛々しくて見ていられない」「謝る必要なんてないのに…」という声が相次ぎました。

日本人、または日本の文化を知っている人であれば、上記の謝罪文を読んで、「高梨選手はやっぱり詐欺を働いたのだ」と思う人はまずないでしょう。

筆者の知り合いのドイツ人男性は、このコメントの翻訳を読んで「やっぱり高梨選手は不正を知っていたんだ!僕の思った通りだった」と話しました。

ドイツの一般的な感覚だと、「謝罪をする」のは「不正を働いた時」「自分が悪かった時」であるため、このような解釈になるのです。知り合いには、筆者が「日本の謝罪はドイツの謝罪と違い、必ずしも不正を働いた時だけではなく、謙虚な気持ちからされることが珍しくないこと」などを話し事なきを得ましたが…「文化の違いって怖い」と思うエピソードでした。

コロナ感染で「謝罪」、日本ならでは?

日本では、コロナ禍になる前から、「病気をした人が謝る」ということは珍しくありませんでした。

大きな病気をして仕事を休んだ女優さんが「皆さんにご心配とご迷惑をかけしました」と謝るのも日本ならでは。会社員が風邪をひいて休んだ場合も、回復して初出社の際に「この度はご迷惑をおかけしました」と謝る文化がありました。その根底には、病気とはいえ休むのは悪いことという日本社会の雰囲気があります。

そのためコロナ禍になる前は「ちょっと熱が出たぐらいだけなら出社する」「風邪ぐらいで休まない」という人がよくいました。コロナ禍になる前、そのような人は「仕事を中心に考える模範的なサラリーマン」のような扱われ方をされてきました。コロナ禍になってからは、発熱や風邪の症状がみられる場合「休むのが常識」となりました。

語弊があるといけないのですが、もしも「コロナ禍になってよかったこと」があるのならば、筆者は「日本で休むことに対するハードルが下がったこと」だと考えます。

その一方で、新型コロナウイルスに感染した人が謝罪をするという光景を日本ではよく目にします。

日本語とドイツ語を使う仕事に就き、日頃からドイツ人とも日本人とも頻繁にかかわっているAさん(日本人)は先日こんな話をしてくれました。

Aさんが日本人Bさんと仕事で会った直後に、Bさんの新型コロナウイルス感染が発覚してしまいました。すると、日本人BさんはAさんを含む仕事関係者全員に連絡をするとともに「私が新型コロナウイルスに感染したせいで、皆さんにご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございませんでした」と謝罪をしたといいます。

そして数週間が経ち、今度はドイツ人Cさんと一緒に仕事のミーティングをしたAさん。ところがその直後にCさんの感染が判明してしまいます。

するとそのドイツ人Cさんからは「感染が発覚したよ。君も気を付けてね!」とAさんにメールがありました。感染したことについて謝罪はなく、メールの内容も明るくサラっとしたものだったといいます。

前述通り、コロナ禍になる前から日本では社会人が病欠すると「皆さんにご迷惑をおかけしたことを謝らなければいけないような雰囲気」がありました。でもドイツには「自分がかかった病気」について周囲に謝罪して回る習慣はありません。だからCさんは、コロナに感染しても、濃厚接触者だったAさんに対して謝罪しませんでした。

このように日本と欧米では「謝罪文化の違い」があるため、日本人と欧米人(この場合はドイツ人)がかかわると、誤解が生じることもあります。

「ジャーマンウイングス9525便墜落事故」と「日本航空123便墜落事故」

1985年に起きたJALの御巣鷹山での墜落事故について、37年経った今もJALの社員は慰霊登山や追悼慰霊式に参加し遺族の気持ちに寄り添うことで「謝罪」を続けています。

日航機墜落事故の犠牲者を悼んだ「昇魂之碑」に手を合わせる日本航空の植木義晴社長
日航機墜落事故の犠牲者を悼んだ「昇魂之碑」に手を合わせる日本航空の植木義晴社長=2014年8月12日、群馬県上野村、関田航撮影

2015年にはスペインからドイツに向かっていたジャーマンウイングス機を操縦士が故意に墜落させるという事件が起きました。乗客と乗務員全員が死亡しています。

操縦士に自殺願望があり、その願望を実行する際に乗客を道連れにしたことが世間で物議を醸しました。「操縦士が精神的に不安定であることをなぜ会社側は見抜けなかったのか」と当時ドイツの多くのメディアが疑問を呈しています。遺族に対する航空会社の対応はJALと比べると信じられないほど『サラッとしたもの』でした。

ジャーマンウイングス9525便墜落事故の日本人の遺族によると、航空会社から「我々もともに悲しんでいる」という内容の手紙が届いたものの、「長い期間をかけて会社として反省をしていく」というスタンスは感じられなかったとのことです。遺族の女性は「手紙は『我々会社側も被害者なんです』というふうに読んでとれる書き方で、複雑な気持ちにさせられる」と話しました。

会社が37年後も遺族に寄り添うことはまずないでしょう。

死亡事件が発生すると、航空会社に限らず、欧米の会社は基本的には「弁護士任せ」「保険会社任せ」であるため、日本の会社でみられるような「被害者や遺族に寄り添う心のこもった対応」は期待できません。

2006年に東京港区のマンションで16歳の男子がシンドラーエレベーター社製のエレベーターに挟まれ死亡する事故がありました。その直後に、スイスのシンドラーグループ本部は「他社の不適切な保守点検か、乗客による危険行為が主因」とする見解を発表し、日本では同社への批判が相次ぎました。

記者会見や謝罪を求める日本側の世論が高まるなか、事件から9日経ってようやく記者会見を開き、シンドラーマネージメント(本社・スイス)のエレベーター・エスカレーター事業最高責任者であるローランド・W・ヘス氏らが謝罪しました。

しかし「日本式」に謝罪し頭を下げたことについて当時の同社の米国の顧問弁護士は「これでは会社が過ちを認めたことになる」と戦慄を覚えたと報道されました。

個人であっても「自分の申し訳ないという気持ち」から安易に謝罪してしまうと、欧米諸国ではそれが「非を認めた」というふうにとらえられます。そう考えると、「日本人は簡単に謝ってはいけない」と思います。その一方で、法律云々とは関係のない「気持ち」を重視した日本流の謝罪について、海外の人にもっと知ってもらえれば、世界で「日本人の心」がもっと理解されるのではないかと思います。