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迫力と寂しさと ウィザーズ八村選手取材で見たNBAの「ニューノーマル」

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
ロサンゼルス・クリッパーズとの試合でプレーするワシントン・ウィザーズの八村塁選手(左)=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

割れんばかりにアリーナを包む観客の歓声。大規模コンサートのような熱気。エネルギッシュで華やかに踊るチアリーダー。登場する選手たちがファンサービスで行うハイファイブ。試合後、身動きも取れないほどの距離で選手に迫る囲み取材……。このような「ノーマル(通常)」が米プロバスケットボール(NBA)の試合から消え、1年が経とうとしている。3月4日、私はその様子を取材するため、ウィザーズの「ホーム」、ワシントンの中華街にあるキャピタル・ワン・アリーナへ猛ダッシュした。

ニューヨーク・ニックスとの試合前、シュート練習する八村選手。以前はコートサイドからの撮影が可能だった=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年3月10日

最後に「通常」の形式で、八村塁選手が所属するワシントン・ウィザーズの試合を取材したのは、昨年の3月10日だった。その翌日、他チームの選手に新型コロナウイルス感染の陽性反応が出たことを受け、NBAはシーズンを無期限で停止することを発表した。

ヒューストン・ロケッツとの試合後、報道陣の囲み取材に応じる八村選手。マイクが顔に当たりそうなほどの近距離で取材が行われていた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2019年10月30日

その後、昨シーズンは各チームがフロリダのディズニー・ワールドの「バブル」(隔離空間)に集まって再開され、プレーオフを経て終了した。そして2020年12月に始まった今シーズン、ウィザーズは「ホーム」に戻ってきた。だが、そこには当然これまでの「通常」はなく、待ち受けていたのは徹底したコロナ対策から生まれた「ニューノーマル(新たな日常)」だった。

ウィザーズとクリッパーズの試合前、国歌斉唱する両チームの選手たち。観客席は「キャピタル・ワン」と書かれたカバーで覆われている=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

これまでの入り口とは反対側の通りに設置された報道関係者用の出入り口から入り、セキュリティーチェックの後は指定された各自のスイートへ直行する。スイートとは、観客席の上の方に設けられた個室で、通常であれば大手ネットワークなどが高額を払って貸し切りにする空間だ。眺めは最高で、テレビやネット環境、冷蔵庫やトイレまで完備されている。かつては、フォトグラファーや記者ら報道関係者がごった返す「部室」のような控え室で、ビュッフェ形式の食べ物を買うことができた。そうしたサービスが無くなったため、各スイートには人数分、夕食として巨大なブリトーがチップスとデザート付きで配布された。私はこのスイートを他社の記者と共有したが、二人で使うにはもったいないほど十分に大きな空間だ。

記者とフォトグラファーに割り当てられるスイート。記者はここで試合を見ながら記事を書く=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

海外メディアとして、コートサイドから試合を撮影する機会を得るのは非常に難しいため、私は試合が始まる前の練習時間にコートへ行き、近距離で八村選手の表情を撮影していた。だが今はそれも不可能だ。選手たちとすれ違うこともない。チーム関係者や少人数に限られたフォトグラファー以外は、コートへ降りることすら許されないからだ。

クリッパーズとの試合前、シュート練習をする八村選手=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

とはいえ悪いことばかりではない。試合が始まれば、スイートからの眺めは、これまで報道デスクが設置されていたスポットよりもいい。観客がいないため、通路の階段から撮影することもできる。度肝を抜く選手たちの身体能力や、NBAならではの迫力と技術に、いつもより早いシャッタースピードでシャッターを切り続ける。背後では絶妙なタイミングで観客の声援の効果音が流れる。観客席にはファンの顔写真が一面に並べられている。ワシントンのスミソニアン国立動物園に暮らす「地元ファン」とみられるジャイアントパンダもウィザーズの試合を見守っていた。

観客席に並べられたファンの顔写真。前列にはパンダの姿も=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

試合前日の3月3日、八村選手は毎年オールスター期間中に開催される「ライジングスターズ・チャレンジ」の世界選抜チームに選出された。2年連続で選ばれたのは、日本人選手として初ということは言うまでもない。このライジングスターズ・チャレンジというのは、文字通り「期待の星」である若手選手によるオールスター・ゲームで、米国選抜10名と世界選抜10名に分かれて試合が行われる。今年は新型コロナの影響で、規模の縮小を余儀なくされたオールスター。残念ながらライジングスターズ・チャレンジの試合は行われないことになった。それでも今シーズン、10試合連続で2桁得点を挙げるなど好調な成績を残し続けている八村選手にとって、ライジングスターズの再選出という新たな勲章が加わったといえる。

ロサンゼルス・クリッパーズのレナード選手をマークする八村選手(右)=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

3月4日に行われたロサンゼルス・クリッパーズとの試合でも、八村選手はスタメン出場した。クリッパーズはパシフィック地区の強豪で、優勝候補のチームでもある。大黒柱カワイ・レナード選手は、過去に2度ファイナルMVPを獲得したことのある超一流選手だ。このレナード選手とポジションが同じということもあり、八村選手はNBAに入る前、よく比較されていた。そのような縁がある2人は、この試合でも攻守で激しくぶつかり合い、119対117という接戦でウィザーズが勝利した。

ロサンゼルス・クリッパーズとの試合でシュートする八村選手(右)=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

「カワイのようなMVPレベルの選手をディフェンスするのは容易ではないが、塁は素晴らしかった。塁のエネルギーと守備の強さが勝利へ導いた」。試合後のオンライン会見で、ウィザーズのヘッドコーチ、スコット・ブルックスは語った。

ロサンゼルス・クリッパーズとの試合でプレーする八村選手(左)=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

試合後、帰ろうと廊下に出ると、なんだか寂しい気持ちがこみ上げた。普段、ビールやホットドックを買うために並んだり、チームのグッズやジャージーをまとって楽しそうに歩いたりする観客で溢れる廊下には、数人の警備員の姿しかない。飲み物の自動販売機の灯りだけが、薄暗い廊下で光っていた。

ロサンゼルス・クリッパーズとの試合でプレーする八村選手(中央上)=ワシントン、ランハム裕子撮影、2021年3月4日

アメリカのプロスポーツの醍醐味は、迫力ある選手のプレーだけでなく、心から楽しんでいる観客の熱狂ぶりでもある。大観衆のなかで、八村選手が笑顔を見せる瞬間や悔しそうにする表情を近距離で撮影できる「通常」はいつ帰って来るのだろうか。