11月4日、すがすがしい秋晴れの空の下、私はホワイトハウスの「サウスローン」(南の芝生)という庭を目指し猛ダッシュしていた。この日、ホワイトハウスでは米メジャーリーグのワシントン・ナショナルズを迎え、ワールドシリーズ初優勝の祝賀式典が行われようとしていた。強い日差しと心地良いそよ風が交差するサウスローンには、約5300人もの人々が「チャンピオン」たちの姿を一目見ようと詰めかけていた。
首都ワシントンのナショナルズがヒューストン・アストロズを決勝で倒し歴史的な勝利(ワシントンのチームが優勝したのは、1924年のセネターズ以来。95年ぶりの快挙)を収めたのは、10月30日。表敬訪問から5日前のことだった。大統領による祝賀式典は優勝の翌年に行われることが多いため、勝利からわずか5日でホワイトハウスの敷居をまたいだナショナルズは異例とも言える。が、今年4月にゴルフトーナメントで優勝したタイガー・ウッズ選手に大統領自由勲章を授与することをトランプ大統領がツイッターで発表したのは、優勝から一夜明けた翌日だったため、これもトランプ流なのかもしれない……
海兵隊バンドによるナショナルズの応援歌「ベイビーシャーク」(赤ちゃんサメ)の演奏が始まると、サウスローンで歓声が巻き起こった。ナショナルズの赤い野球帽やユニフォームをまとったファンや子供達が、一斉に両腕をあげてサメがパクパクする真似をする。ファンにとってはお馴染みの応援ジェスチャーだ。すると、同じく両腕を上下に動かしながら選手たちが登場。トロフィーに日が当たりキラキラ光っている。続いてトランプ大統領とメラニア夫人がリラックスした表情でバルコニーに姿を見せた。
米議会下院で自分に対する弾劾調査が進んでいる中、いつになくご機嫌なトランプ氏が笑顔で演説を始める。「米国民はナッツ(ナショナルズの愛称)の野球に心を奪われた。ナッツと弾劾の話で持ちきりだ。私は断然ナッツの方が好きだけどね」。会場が大きな笑いに包まれる。
演説を終えたトランプ大統領は、お馴染みのアドリブで、選手らを演壇へ招く。するとカート・スズキ捕手がポケットから赤いものを取り出した。初めはナショナルズの赤い野球帽に見えたが、違うのか?!会場がざわつく。なんと、「MAGA(マガ)ハット」ではないか!トランプ大統領の選挙スローガン「米国を再び偉大に」という意味のMake America Great Againが刺繍されている赤い帽子は、トランプ支持者のシンボル。観衆の前で突然その帽子をかぶったスズキ選手に驚いた大統領は、「彼のことが大好きだ!なんて素晴らしい!」と言い、後ろからまるで胸を掴むようにスズキ捕手に抱きつきた。
スズキ捕手は、ハワイ出身の日系3世。2007年にメジャーリーグにデビューしたベテラン選手。ワールドシリーズの決勝試合2日目にはホールランを打ち、チームの勝利に貢献した。
米国ではこの日、スズキ選手がニュースのヘッドラインを飾った。「MAGAハット」に関する米紙の問い合わせに対し、スズキ捕手は「大統領と会えた機会を楽しもうとしただけだ。皆全てを政治的なものにしてしまう。今日の式典はチームの優勝を祝うためのものだ」と説明した。
スズキ選手の「サプライズ」に喜びを隠せなかったトランプ大統領。その裏にはある背景があった。
優勝チームによるホワイトハウスへの表敬訪問は、1924年のワシントン・セネターズから始まったと言われる。大統領がスポーツチームをホワイトハウスに招待する目的は、本来政治的なものでは決してなく、スポーツを通じた国民の団結を奨励するものだった。
選手が時の大統領の政策に反対し、ホワイトハウスへの招待を断る事例は過去にもあった。だが、トランプ大統領が就任してからというもの、チーム全体で表敬訪問をしないと決断するケースや、選手個人が「ホワイトハウスに行かない」と公言する事態が増えている。
トランプ氏が大統領に就任した2017年、サンフランシスコのゴールデンステート・ウォリアーズがNBA(米プロバスケットボール協会)で優勝した。チームの大黒柱、スティーブン・カリー選手が、「ホワイトハウスへ行くつもりはない」と公言すると、トランプ大統領はツイートで反撃。「招待は取りやめだ!」翌年、2連覇を果たした同チームが表敬訪問しなかったことは言うまでもない。カリー選手はホワイトハウスへ行かない理由として、「トランプ大統領のこれまでの言動に寄り添うことはできない……行かないという決断が、この国で容認されていること、見て見ぬ振りをされていることを変えるきっかけになってくれれば」と会見で語った。
その翌年、さらなる事態が。トランプ大統領が2018年のNFL(米プロフットボールリーグ)チャンピオンに輝いたフィラデルフィア・イーグルスの祝賀式典を、「選手全員で来ないのなら」とドタキャンしたのだ。この頃、黒人への暴力に抗議し試合開始前の国歌斉唱であえて地面に膝をつく選手たちを、トランプ氏が「くびにしろ」とツイートしたことで、アメフト選手らと大統領の間にすでに亀裂が入っていた。祝勝会を中止したトランプ大統領は「チームが国歌に敬意を払っていない」という主張を展開。国家と星条旗に敬意を示すという名目で「米国を祝う式典」をすると発表した。チームが表敬訪問する予定だった10月5日、ホワイトハウスにアメフト選手の姿はなく、代わりにトランプ大統領が陸軍合唱隊とともに国歌を歌った。
そして今年。夏にワールドカップで2連覇を果たした女子サッカー米国代表のメーガン・ラピノー主将とのバトルが繰り広げられた。自らを同性愛者と公言し、女性やLGBTQ(性的少数者)の権利向上を求め活動するメーガンさんの、「ホワイトハウスになんか行ってたまるか」という発言に対し、トランプ大統領が「我々の国、ホワイトハウス、そして国旗を軽視すべきではない」と反論。テレビ番組に出演したメーガンさんは、トランプ大統領についてこう語った。「トランプ大統領のメッセージは私のような人を疎外している。征服の目的で、我々を団結ではなく分断しようとしている」
就任以来、トランプ大統領がホワイトハウスに優勝チームを招待した事例は20を超えるが、その半分近くは「ノー」という答えを出している。その多くが黒人、女性、移民、性的少数者の選手たちだ。
トランプ大統領が敬意を払えと言う「我々の国」とは、大統領自身を示唆しているように聞こえることがある。まるで「愛国心」を「自分への忠誠心」とでも言わんばかりに。一方で、表敬訪問を拒む選手たちにとっての「我々の国」とは何か。少数派を含めた多様な人種や民族、宗教、様々な背景や思想をリスペクトする米国。本来それが我々の目指すものではないか、というメッセージなのかもしれない。
先月トランプ氏がワシントンでナショナルズの試合を観戦した際には、観衆からブーイングが起こり、「彼(トランプ氏)を刑務所に入れろ」との声が上がったほどだった。それらを踏まえると、スズキ捕手のホワイトハウスでの「MAGAハット事件」は、トランプ大統領にとって、後ろから抱きつくほどに嬉しかったのだろう。
NBAのスター、レイカーズのレブロン・ジェームズ選手は、昨年ニュース番組に出演した際、「トランプ大統領はスポーツを使い、私たちを分断しようとしている……スポーツは人々を分断させるものでは決してなかった。団結をもたらすものだった」と語った。表敬訪問についても、同選手は2017年にこうツイートしている。「ホワイトハウスに行くことは大変名誉なことだった。あなたが来るまでは!」
トランプ劇場においては、スポーツ界すらも分断されてしまう。