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ロシアにクルマを売らないという選択があってもいい ホンダの撤退に寄せて

迷宮ロシアをさまよう
2012年のモスクワ・モーターショーにて、ロボット「アシモ」を使ったホンダのプレゼンテーション(撮影:服部倫卓)

想定内だったホンダのロシア撤退

昨年暮れ、残念なニュースが伝えられました。日系自動車ブランドのホンダが、ロシアでの乗用車販売から撤退することが明らかになったものです。

もっとも、ホンダの退却戦は5年ほど前から続いてきたものであり、今回の決定は業界関係者にとっては想定の範囲内でした。以下では、ホンダの撤退決定に至る背景と経緯を解説し、そこから見えてくるロシア乗用車販売市場の現状を考えてみたいと思います。

草木もロシアになびいた時代があった

1990年代にはエリツィン大統領の下で混乱を極めたロシアも、2000年代に移行すると、プーチン大統領の下で高度成長を遂げるようになります。それに伴い、モータリゼーションが急激に進み、以前は高根の花だった外国ブランド車の販売も、倍々ゲームで伸びていきました。当時は、あまりに売れすぎて、外国メーカーによる供給が追い付かなかったほどです。

外国メーカーは、急拡大するロシア市場での現地生産に乗り出します。2002年には米系フォードがロシアでの自社工場を稼働させ、2005年には仏系ルノーも合弁工場での生産を開始しました。2000年代の後半になると、日系のトヨタ、日産、韓国のヒュンダイなどのアジア勢もロシアでの現地生産に踏み切りました。後に、三菱自動車、マツダも、ロシアでの現地生産に加わります。

一方、日系メーカーの中で、ロシアでの現地生産を見送ったのが、ホンダ、スズキ、スバルです。このうちスズキは、いったんはサンクトペテルブルグでの自社工場建設を決め、用地を取得したものの、その土地に泥炭層が見付かり建設が暗礁が乗り上げたタイミングでリーマンショックが発生、結局工場計画を断念しました。なお、ロシアには軽自動車の市場はないので、ダイハツは最初から対象外です。

ホンダは、おそらくロシアでの現地生産を検討したこともあったはずですが、結局は日本をはじめとする外国の工場からロシアに完成車を供給するという方針に落ち着きました。推測の域を出ないものの、ロシアでの販売規模が限られていること、先行きも不透明であること、現地の投資環境や生産コストが厳しいこと、現地生産した場合に品質確保に課題が残ることなどを考慮して、見送ったのかもしれません。

暗転したロシア市場

しかし、ロシアにおける乗用車販売は、2008年の312万台がピークでした。同年9月のリーマンショックを受け、翌2009年の販売台数は140万台にまで一気に落ち込みます。

その後、上図に見るとおり、市場はある程度持ち直し、2012年には294万台にまで回復します。しかし、ロシア経済の低成長化、国民の所得の伸び悩み、ロシアにとっての生命線である石油価格の下落、通貨ルーブルの暴落などを背景に低迷期に入り、2015年以降は200万台の大台を割り込んでいます。そもそも、人々が我先にと外国ブランド車を買い求めた2000年代とは異なり、すでに市場がある程度成熟したことから、このくらいがロシア市場の実力なのかもしれません。

ホンダ車の販売も、2008年の89,152台がピークでした。この年には、ホンダはロシアの乗用車販売市場で2.9%のシェアを握っていました。それが、上図に見るように、2010年代に入るとシェア1%を割り込むようになり、過去2年はわずか0.1%となっていたのです。2020年のロシア市場におけるホンダ車の販売は、1,508台という寂しいものでした。下図には2020年のロシア市場におけるブランド別販売台数を示しましたが、ホンダは37位に沈みました。

この間に、ロシアの乗用車販売市場は、単に販売台数が低迷しているだけでなく、日系メーカーにとって、質的・構造的に難しいものに変化しました。下のグラフで、最大の販売規模を誇っているLadaは、ロシアの地場メーカーである(ただし現在はルノー=日産アライアンスの傘下)AvtoVAZのブランドであり、低価格車を販売しています。それに次ぐ韓国系のキア、ヒュンダイ、仏系ルノー、独系フォルクスワーゲンなどは、税制優遇措置を受けつつ、ロシア工場で大規模な現地生産をしているところです。

日系メーカーは、2000年代のロシア市場で、「Cセグメントカー」と呼ばれるセダンの販売により、一時代を築きました。トヨタ・カローラ、三菱ランサーなどがそれに該当します。しかし、2010年代に入ると、韓国メーカーが「Bセグメントカー」(Cよりも一回り小さいコンパクトカー)でコストパフォーマンスに勝る強力な商品を投入し、日系メーカーはマスのセグメントを完全に奪われてしまいました。日系メーカーは、より高い価格帯のSUVにシフトしましたが、SUVは多品種少量販売の傾向が強い分野であり、台数や販売シェアは稼げません。

ロシアの乗用車販売台数に占める日系メーカー合計のシェアは、2008年の時点では25%程度に上っていました。それが、2020年には16%にまで低下しています。それだけ、日本勢にとっては難しい市場になったのです。増してや、現地生産による価格面での競争力を発揮できないホンダにとっては、生き残りが難しくなりました。

5年前から始まっていた撤退への流れ

以前は、ロシアに設立された現地法人の「Honda Motor Rus」が、ホンダ車の輸入販売を手掛けていました。しかし、同社は2015年秋、翌年から輸入販売業を停止し、今後は部品供給およびアフターサービスに業務を絞ることを表明します。ホンダ車のロシアへの輸入は続けられたものの、受注方式に移行し、各ディーラーが独自に日本から輸入取引を行うものとされました。

しかし、輸入販売会社による広告宣伝、物流面での支援がなければ、ディーラー独自の販売は苦戦が必至です。当時、ロシアの新聞では、「これは日本流の丁寧な『サヨナラ』だ」と論評されました。つまり、この当時から、ホンダがいずれロシア市場から完全撤退することは、不可避と見られていたわけです。

ちなみに、最近のロシア市場では、ホンダ車は、CR-V、パイロットという2種類の中型SUVしか販売されていませんでした。ただ、競合製品と比べると、どうしても割高となります。いかに、「人と違う車に乗りたい」というオンリーワン志向が強いとされるロシア市場でも、価格面で不利となれば、販売が下降線を辿ってきたのも当然です。そして、昨年暮れの12月30日、Honda Motor Rusはついに、ロシア市場へのホンダ車の供給は2021年いっぱいをもって完全に停止されると発表しました。

下のグラフに見るとおり、Hondaグループによる全世界での四輪車販売は、500万台前後に上っています。そうした中、現状でわずか1,500台あまりのロシア市場に経営リソースを割けないというのは、当然の判断でしょう。筆者自身は、日露経済関係の促進を生業とする団体に身を置く者として残念な思いがしますが、「特殊なロシア市場には深入りしない」というのも、一つの合理的な選択です。

思えば、世界的なメーカーで、ロシア乗用車市場からの撤退を決めたところは、ホンダだけではありません。2015年には、米系GMが撤退を表明。ロシア現地生産の先駆けであった米系フォードも2019年に、ロシアでの乗用車ビジネスを打ち切り、今後は小型商用車に注力する方針を決めています。

市場環境が厳しさを増す中で、淘汰が進んでいると言えそうです。2000年代のバブル的な活況を覚えている筆者などは、一つ、また一つとプレーヤーが脱落していく今のロシア市場を見ると、思わず遠い目になってしまいます。