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記者の軽い質問に関係者が見せた困り顔 ホンダF1撤退、開幕前に感じていた予兆

World Now 更新日: 公開日:
1988年に16戦15勝と圧倒的な強さを誇ったマクラーレン・ホンダのF1マシン

「2022年以降は本当に決まっていないんですよ」。そう答えたときの、ホンダ関係者の困った表情が妙に引っかかった。今年3月、F1開幕戦になるはずだったオーストラリアグランプリの会場。中止決定の前にホンダ関係者と雑談中、「22年以降の継続はいつ発表ですか」と軽く質問したときだ。

この予想外の反応を見て、思い出したのがF1の現場でホンダチームの窓口を任されている山本雅史F1マネジングディレクター(MD)の言葉だ。「ビジネスにも貢献しながら、F1を継続できるのが現場の立ち位置。そのパーセントを上げていくのが僕らの役割だ。それにはもちろん、レースは結果だと思っている」と、社内の厳しい状況をうかがわせていた。

F1の開発費用は巨額で、数百億円規模と言われる。それだけに、F1復帰後のホンダの経営体制の変化も影響した可能性が高い。復帰を決めた当時の伊東孝紳社長は「量産車の開発に加わったF1元技術者たちがホンダの競争力を高めてくれた」と話していたが、いまの八郷隆弘社長は、F1に対する思いが異なるのかもしれない。2日の記者会見で撤退理由を、「2050年に向けて、カーボンニュートラル、これからの環境対応を考えると、特に技術者のリソーシーズをどこに振り分けるか常々考えている」と語った。

この言葉を聞き、今年のホンダF1チームがいかに大きなプレッシャーの中でシーズンを迎えていたのかを、思わずにはいられなかった。

■何度もあった撤退の危機

昨年の日本グランプリで走るレッドブル・ホンダのマシン=山本正樹撮影

振り返れば、ホンダF1「第4期」と言われる2015年からの挑戦は、絶えず綱渡りの状態が続いた。

当初、車体を担当するパートナーはF1の名門マクラーレンだった。黄金期の1988年に16戦中15戦を制するなど「絶対王者」として君臨した組み合わせだ。しかし、期待の大きさとは裏腹に、ホンダが開発した、エンジンとモーターなどからなるハイブリッドのパワーユニット(PU)にトラブルが多発。3年間で表彰台に1度も上れない屈辱を味わい、両者の関係はぎくしゃくした。F1関係者の間では、ホンダの撤退説まで浮上していた。

追い込まれたホンダは、4年目となる18年のシーズンを前に重大な決断をする。パートナーをレッドブルと提携するイタリアのトロロッソ(現アルファタウリ)に変更したのだ。このとき、レッドブルは王者メルセデスと、圧倒的な人気を誇るフェラーリと並ぶ3強の一角。好成績を収め、トロロッソでの「採用試験」に合格すれば、レッドブルと組んでの王座奪還も視野に入ってくる。

そして18年。山本MDは、ホンダの命運を決めたレースとして、6月のカナダグランプリを挙げる。レース前、レッドブル幹部には「こういう仕様で走るので、これが最終評価。ホンダと手を握れると思ったら話をしよう」と伝えていた。ホンダ経営陣にも「最終的にホンダ(F1)に将来性があるか、レッドブルと交渉するか決めてほしい」と話していたという。

結果は最高で11位とポイントを取れなかった。しかし、トロロッソ・ホンダのマシンがライバルを長いストレートで追い抜く場面も見ることができた。レッドブルは「ホンダはやれる」と判断し、両者の交渉がスタートした。もし1台も抜かないでレースが終わっていれば、ホンダのF1参戦はこの時点で終わっていたかもしれなかった。

危機を乗り切ったホンダは昨年、レッドブルと組んで3勝を挙げ、今年は「チャンピオンになる」と宣言していた。だが開幕してみると、やはりメルセデスが圧倒的に強く、10戦を終わって8勝している。ホンダもレッドブルとアルファタウリで、それぞれ1勝ずつしたが、年間王者は極めて難しい状況に追い込まれた。

撤退の決断は、もはや「ビジネスに貢献する広告塔」の役割は果たせないと判断されてしまったのだろうか。

■F1の将来に立ちこめる暗雲

F1オーストラリアグランプリの中止決定後、片付け作業をするレッドブルチーム。半年余り後で、ホンダは撤退を発表した=2020年3月、メルボルン、中川仁樹撮影

実はホンダ撤退の背景には、F1をとりまく環境の変化もある。絶大な人気を誇ってきたF1だが、最近はメルセデスが「別カテゴリー」と言われるほど勝ち続け、レースが単調で盛り上がりに欠けると言われている。

現在、PUを供給するのはメルセデス、フェラーリ、ルノーを加えた大手4社だけ。高度な技術力と巨額の開発費がかかるため、新規参入も見込めない。参加するのは現在、10チーム20台だが、トップチームと中堅・下位チームとの資金力や開発力の差が大きく、撤退がうわさされるチームもある。1980年代後半は40台近くが出走し、下位チームによる予備予選まであったのとは隔世の感だ。

さらに新型コロナの影響で、巨額の開発費や運営費をまかなうスポンサー料やテレビなどの放映権料も打撃を受けた。F1は初めてチームの予算に上限を設けるなどして危機を乗り切る考えだ。

しかし、ホンダ以外にも大手自動車メーカーはエンジン車からEV(電気自動車)などの開発に軸足を移しつつあり、レースの世界でもEVの存在感が高まっている。こうした環境の中、今回のホンダの撤退はF1に大きな打撃となる可能性がある。