大統領選挙から約1ヶ月が過ぎた12月5日。前日の土砂降りが嘘のように晴れた青空の下、私はジョージア州バルドスタという町で行われるトランプ大統領の選挙集会へ猛ダッシュした。バイデン次期大統領が1万2千票差で勝利を収めた同州に、トランプ氏がこの日やって来るのは、1月に行われる上院選の決選投票に向けて、二名の共和党候補を応援するためだった。
集会は夜7時からの予定だが、事前に場所取りやカメラの設定をするプリセットのため、私が会場に向かったのは朝10時半。道端に停まる大型車両に掲げられたトランプ支持の大弾幕が風になびくのを横目で見ながらの運転も、今となってはルーティーンだ。会場へ近づくと、開始まで8時間以上もあるというのに、赤や青の鮮やかな色が日光と交差しながら眩しく視界に飛び込んできた。道路の両脇には「トランプ2020」や「米国を再び偉大に」と書かれたカラフルな旗がこれでもかといわんばかりに並んでいる。
会場に入ると、そこにはいつもの「お祭り」があった。爆音で流れる音楽に合わせ髪を振り乱して踊る若い女性。女子高生のように叫んではしゃぐ中年女性グループ。「トランプ」の刺繍が入った革ジャンを羽織る髭面のバイク乗り集団。トランプ氏の顔だらけのTシャツ。。。お馴染みの光景に、まるで大統領選の真っ只中のような錯覚を覚えた。
これが最後になるかもしれないと、投票日の前日に取材したペンシルベニアでのトランプ集会や、当日に有権者が投票する様子、その数日後にホワイトハウスの会見室に疲れた表情で姿を現したトランプ大統領、「バイデン勝利」の速報が流れ町中が祝賀モードで溢れた11月7日。。。我を取り戻そうと、一つ一つの光景を頭の中で思い返した。
目の前を、星条旗がデザインされた派手なコスチュームに身を包む男性が通り過ぎた。青いジャケットに赤と白のストライプのズボン、頭にシルクハットをかぶるその姿はまさに「アンクル・サム」。ドュエン・シュウィンゲルさん(62)は、「真実を探求する必要性を信じて」フロリダ州から車を2時間運転してこの集会へやってきた。「バイデン氏が大統領になることはない」と、マスクをせずに言い切るシュウィンゲルさんは新型コロナウィルスに関しても「死者や感染者の数はメディアが私たちを脅すためのものだから信じない」と語った。
気づくとすっかり陽は落ちていた。集会開始の時間が迫ると、支持者たちは真っ黒い空に向かって携帯電話をかざし、大統領専用機「エアフォース・ワン」の到着を待ち構えた。空港の一画に設置された集会の会場に「USA!」や「ウィー・ラブ・ユー!(大統領を愛してます)」コールが響き渡った。
メラニア夫人と手を繋ぎ登場したトランプ氏は、割れんばかりの歓声にみるみる表情が変わった。「私たちは選挙に負けてなんかない。勝っている!」。共和党候補者のための集会は「トランプ集会」として幕を開けた。
トランプ大統領は時折思い出したかのように「上院選で投票を」と呼びかけるものの、1時間40分にも渡る演説は「民主党が不正により選挙を盗んだ」ということばかりに集中。二人の共和党候補がステージに上がった時間は2分にも満たなかった。
トランプ氏は、会場の大画面で右派メディアによるビデオを流しながら、「一人に2枚、3枚、4枚もの投票用紙がどこからともなく送られてきた」「民主党は死んだ人たちに投票させた」「違法移民たちが実在しない人の名前を使い投票用紙に記入した」などと陰謀説のオンパレードを繰り広げた。
民主党を「社会主義者」や「共産主義者」と呼び、「私たちは皆その犠牲者だ」と語った。続けて、「私たちは中絶反対の権利、宗教と言論の自由、武器保有権を守らなければならない。そうしなければ奴らに銃を奪われてしまう」と懸命に訴えた。「ファイト・フォア・トランプ!(トランプのために戦う)」という歓声に包まれる会場。客席後方には、映画「ランボー」の主人公に扮した筋肉隆々バンダナ姿のトランプ氏が大きなライフルを構える旗がなびいていた。
ただし、この日はお馴染みのエンターテイメントからかけ離れている要素が2つあった。1つは、マスクをしていない人がいつもより圧倒的に多かったということ。全米各地で新型コロナウィルスの感染が広まる中、ジョージア州でも50人以上の集会は禁止されていた。それにも関わらず集まった約1万人のうち、マスク着用者は1割いるかどうかという過去最低レベルだった。
2つ目は、トランプ大統領が挑発する度に聴衆から報道陣へ向けられる「怒り」のレベルが今までと異なったことだ。トランプ氏は自分が気に入らないメディアを「フェイクニュース 」と呼ぶことで有名だが、この日はさらに「Suppression (隠蔽)ニュース」と形容した。「民主党や大企業と手を組み、バイデン氏に不利なスキャンダルは報道しないよう裏取引をしているから」という理由だ。
そして、この2つの要素が重なった時、それは起こった。トランプ大統領が「隠蔽ニュース」を批判すると、支持者たちは血相を変え、報道陣の柵までやってきた。「お前たちのしたことが選挙結果に影響した」「選挙を盗むのを止めろ」などと腕を振り回し、ツバを飛び散らしながら叫び出したのだ。その表情に狂気さえ感じた。今回の大統領選の結果をめぐって、トランプ氏が各州に圧力をかけたため、それを拒否した州務長官や選挙職員、その家族までもが脅迫を受けたり、武装した抗議者たちに自宅を囲まれたりする事例が相次いでいる。このような背景も重なり、トランプ大統領が「フェイクニュース 」と呼ぶと、支持者から返ってくる恒例のブーイングとは、まるで異なった光景だった。私は新型コロナの感染を恐れ、すぐさま逃げるようにそのエリアを離れた。
2017年のトランプ大統領就任式に集まった市民の人数について、オバマ大統領の就任時より少ないのではと「事実」を問い詰められた当時の大統領顧問が発した「オルターナティブ・ファクト」(もう一つの事実)という言葉が注目を集めた。この言葉は事実を平気でねじ曲げるトランプ政権を象徴した。
ところが、今回の大統領選後のトランプ氏の言動を描写するのに、現実と異なる別世界という意味で「オルタネイト・リアリティ」や「パラレル・ユニバース」という言葉が用いられている。それは、大統領が真実をねじ曲げるどころか、異次元の虚構の世界で物事を考えていることを意味する。「あと4年!」や「圧勝」と書かれたプラカードを掲げ、マスク無しで熱狂的に叫ぶ集団を見て、この支持者たちは「異次元」までとことんトランプ氏についていくはずだと実感した。
この日、記者団用に準備されたワイファイのパスワードは「Rigged Election!(不正選挙!)」だった。終わりかけたように見えた「トランプ劇場」はまだまだ続くのかもしれない。