4年に一度しか来ない2月29日。春の気配はまだ遠く、冷たい風が吹き付ける中、私はメリーランド州にあるゲイロード・ナショナル・リゾートへ猛ダッシュしていた。ワシントンを流れるポトマック川沿いにあるこのリゾートホテルは、ガラス張りの近代的な建物として有名であり、大規模なイベントが催されることでも知られる。この日、保守政治活動会議(CPAC)のフィナーレで毎年行われるトランプ大統領の演説が予定されていた。
会場に到着すると、そこはまさに「トランプ天国」。お馴染みのMAGA (“Make America Great Again”=アメリカを再び偉大に)や再選を支持する「トランプ2020」のスローガンが目に飛び込んでくる。多くの人が赤いMAGA帽子や星条旗を身にまとっている。
CPACとは、保守主義の政治団体「アメリカ保守連合」の年次総会のこと。1974年に初めて開かれ、当時カリフォルニア州知事だったロナルド・レーガン氏が基調演説を行った。歴史ある団体だが、「アメリカ・ファースト」を旗印に保守急進路線をひたすら走るトランプ氏の「応援団」と化している。
この日、トランプ大統領の登場は遅れていた。新型コロナウィルスで米国初の死者が出たため、急遽会見が行われたからだった。予定から30分が経過した頃、「我々の大統領、ドナルド・トランプの登場です!」というアナウンス。次の瞬間「ゴッドブレスUSA」という曲とともに割れんばかりの歓声が湧き上がる。トランプ氏は、歓声を噛みしめるように、満足気な表情で会場を見渡しては、ガッツポーズをしたり、観客を指差したりしながら笑顔を振りまく。客席から押し寄せる「USA!USA!」コールの波が会場を包んだ。
演説が始まった。「私たちの国を愛し、国旗に敬意を払い、歴史を重んじ、法律に従い、憲法を守る。そして何よりも米国を第一に考える誇り高きアメリカの愛国者たちが集うこのCPACに戻ってこられて嬉しい」。こぶしをきかせた演歌のように、声に抑揚をつけて観衆に語り続ける。
大きな身振り手振りでの冗談、ライバルのものまねと、全てマイペース。トランプ大統領の生き生きとした表情を捉えるため、私が狙うシャッターチャンスは、トランプ氏が原稿から離れ、アドリブで話す時。「信じられるかい?」と観客に語りかけるように目を大きく見開いたり、「どうだ!」と言わんばかりにカメラを直視したり、観衆ににんまり笑顔を送ったり。目まぐるしく表情が変わる。
30分ほどたったころ、話題は「ミニ・マイク」へ。「ミニ・マイク」とは、大統領選の民主党候補、マイケル・ブルームバーグ氏(元ニューヨーク市長)のこと。米国人男性としては長身といえないブルームバーグ氏を揶揄してトランプ氏がつけたあだ名だ。
トランプ氏はよく政敵にニックネームをつけるのだが、前回の大統領選では、ヒラリー・クリントン氏を「悪徳ヒラリー」、テッド・クルーズ上院議員を「嘘つきテッド」と呼び、ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事には「低エネルギー・ジェブ」というあだ名を付けた。今回の大統領選でも、ライバル候補者を「スリーピー・ジョー」(ジョー・バイデン元副大統領が眠そうに見えると言い)、エリザベス・ウォーレン上院議員を「ポカホンタス」(ウォーレン氏が先住民を先祖に持つというのは嘘だと言い)、バーニー・サンダース上院議員を「クレージー・バーニー」と呪文のように連呼している。
今回は、討論会でのブルームバーグ氏を話題にし、「きっとミニ・マイクは『ステージから降ろしてくれ!』と思っていたに違いないさ」とからかった。するとトランプ大統領は、演壇の背後にまるで沈むように身をかがめていくではないか!
「ミニ・マイク」はこんなにチビだと言わんばかりの意地悪なパフォーマンスだが、会場は爆笑の渦に包まれる。と同時に、「フォー・モア・イヤーズ!フォー・モア・イヤーズ!」(再選を支持する意味で「もう4年!」)と、観衆からの叫びが最高潮に達した。
新型コロナウィルスによる死者が出たことで、トランプ大統領はこの会場に来る前、急遽、ホワイトハウスで開かれた会見に出席した。だがその直後の90分間もの演説の中で、米国内での感染問題について、「中国から来たウィルス」との表現であっさり触れただけ。そのかわり感染国からの入国制限強化や渡航禁止といった決定について、「Aプラス、プラス、プラス」の成績だと自画自賛した。
まるでコンサートのように盛り上がった会場で、演説を終えたトランプ氏がステージから去ろうとした瞬間だった。壇上に飾られた星条旗に「アイ・ラブ・ユー」と言いながら近づき、両手で国旗に抱きついた!次の瞬間、旗にキス。これがトランプ流「愛国心」の表現なのか……毎年数万人が参加するCPACはこのキスでフィナーレを迎えた。
その後米国では、新型コロナウィルスの感染者や死者数が増加し、この日から約2週間後の3月13日、トランプ大統領は国家非常事態を宣言。大勢の人が一つの部屋に集合するこのようなイベントが次に開かれるのは、一体いつになることか……。通常であれば、たくさんの観光客で賑わう桜の季節。ゴーストタウンと化したワシントンでは、華麗な桜が寂しそうに咲いている。