あらゆる方向へいく身振り手振り、アヒルのように尖った口、多様に形を変える指、鋭いにらみ、ウィンク、ふくれ面、歯を見せずにするにんまり笑顔。。。トランプ大統領の表現は豊かで、表情が七変化する様はフォトグラファーにとって興味深い。感情が溢れ出す瞬間の目つきや視線の先にも注目しながら撮影する。一つの撮影機会の中でも様々な感情や表情が渦巻き、まるで別人のような写真に仕上がることも珍しくない。
ジェットコースターのようにみるみる表情が変わった例の一つとして、今でも強く記憶に残るのが昨年10月に行われた記者会見だ。
その朝、私はホワイトハウスのローズガーデンを目指し走っていた。北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を前日の深夜に妥結したトランプ大統領が、新たに米・メキシコ・カナダ協定(USMCA)として発効を目指すことを表明するために、朝になって突然の会見が予定に組み込まれたためだ。トランプ大統領にとって、この合意は大きな成果であり、急遽予定を変更してでもカメラに向かい発表したかったに違いない。
ローズガーデンは、大統領執務室とウエストウィングに沿ってある中庭の名称。春にはバラ、チューリップ、モクレンなどが満開になり、夏には青葉、秋には鮮やかな紅葉、冬には雪景色と、ホワイトハウスに季節ごとの演出を加えてくれる。いつも綺麗に整った青い芝生には、招待客やジャーナリスト用に椅子が並べられることもある。2013年には、オバマ大統領の専属フォトグラファーのピート・ソウザ氏がこのローズガーデンで結婚式をあげたことでも知られる。そよ風や太陽の日差しを肌で感じつつ、青空のもと行われる記者会見や式典は、イーストルームで行われるイベントよりも少しリラックスした雰囲気がある。
「レディース・アンド・ジェントルマン!アメリカ合衆国の大統領の登場です!」いつもの大げさなアナウンスと同時に、ローズガーデンに面した執務室のドアがゆっくりと開く。拍手喝采の中、大統領が演壇まで歩く。これも演出の一つだ。トランプ氏はおよそ20歩で演壇に着くが、途中で立ち止まり、手を振ったりガッツポーズを見せたりすることもしばしば。だが登場時はなぜか目を細め、無表情または若干不機嫌に見えることが多い。
この日、演壇で拍手をしながらトランプ大統領を晴れ舞台に迎えたのは、ムニューシン財務長官、ライトハイザー通商代表部代表、クシュナー大統領上級顧問を始めとする27人もの閣僚や高官だった。真剣な面持ちで登場し、マイクに辿り着くといつものにんまり笑顔。何度もアドリブを入れながら、前半は準備されたスピーチを読み上げた。
そして記者団が質問をする時がきた。自分が成し遂げた「成果」に関する質問を期待したトランプ氏だったが、多くの記者からの質問は、トランプ大統領が最高裁判事に指名したカバノー氏に集中した。承認過程でカバノー氏の過去の飲酒時の性的暴行疑惑が浮上し、この会見の4日前に、被害者の女性とカバノー氏が上院公聴会でそれぞれ証言したばかりだった。
多くの記者がカバノー氏に関する質問をしようとしたが、トランプ大統領は貿易以外受け付けないとし、押し問答が続いた。その後10人ほどから貿易の質問に答えたトランプ氏は、ワーミングアップが完了したのか、「かかってこい」と言わんばかりにカバノー氏に関する質問を解禁した。
声の出し方、ジェスチャー、表情がみるみる変わったのはこの時だった。カバノー氏を必死で擁護するトランプ大統領は、大きな体を前のめりにし、肺が空になるまで酸素を出し切るせいか、音を出しながら鼻で勢いよく息を吸う。手振り身振りは上下左右に向かい、まるでアコーディオンを演奏しているかのよう。腹の底から出る声には演歌歌手のようなこぶしがきいている。目を細めたり見開いたりしながら、時に歌でも歌うかのように言葉を発したりもする。
「敵」とみなすメディアの話を始めた時、会見はピークを迎えた。「私はマスコミから信じられないほど不当な扱いを受けてきた。当選した時、これでやっとわかってもらえると思った。これで公平に扱われると思った。でも事態は悪化した。今までで最悪だ。彼らはロコ(スペイン語で頭がおかしい)だ!」指をピストルのように自分の頭に当て「クレイジー」というジェスチャーをしながら、記者団へ言い放った。
周囲から失笑とため息が聞こえる。メディアを見下し、憎む感情をむき出しにするトランプ大統領の表情は、一方でそれを楽しんでいるかのようにも見えた。「信じられないほど」と「ロコ」という2つの言葉を特にゆっくりと大声で強調した。そして、スペイン語をあえて使ったのは、メキシコと合意したからだと付け加えた。カメラを構えながら、思わず吹き出しそうになる。
ポイントは、自分を不当に扱うマスコミが、カバノー氏を同様に不当に扱っているというもの。トランプ大統領が考えるとき、目だけが一瞬空を見る。声は力強いが、何度も空を見ながら、まるで泣き出しそうな表情を繰り返し自分の主張を訴える。ただ、本当に泣きそうな訳ではない。
記者団と「対決」の最中でも、トランプ氏は絶妙なタイミングで冗談を言い、会場を笑いに包む。カバノー氏の飲酒問題について記者が言及すると、自身がお酒を一度も飲んだことがないことに触れ、「私がお酒を飲んだらどんなに大変なことになるか想像してごらん。最悪だろう?」と自虐ネタを披露。周囲が笑う度に「俺って面白いだろう」というようなドヤ顔を浮かべる。
続いて「天敵」であるCNNの記者がカバノー氏の過去に関するさらなる質問をし、緊張感が戻った。目を細くしたり、眉をひそめたりしながら記者からの質問を聞き、ムキになって反撃しているかと思うと、次の瞬間、誰にでも良からぬ報道はつきものでと切り出し、「マイク・ペンス以外はね」と、副大統領をネタに再び笑いをとった。ペンス副大統領は敬虔なキリスト教徒で、奥さん以外の女性と夕食はとらず、奥さんの同伴なしでは飲酒しないことで知られている。
その後も、競って質問する記者たちに「座りなさい!」と叫ぶ大統領。記者の一人が「すでに座ってますが」と言うと、怒りが爆発すると思った周囲の予想に反し、「君、今のいいね」と切り返した。
喜怒哀楽を繰り返しながら、トランプ氏はこの日、80分に渡り約50の質問に答えた。様々な表情を見せるトランプ大統領の側で、80歳のロス商務長官を含む閣僚や高官たちは、80分間、ほぼ無表情で立ち、前を見つめ続けた。