今日も私は走っている。猛ダッシュでゴールする先は、上空にヘリ2機が旋回する騒がしいホワイトハウス。
大統領が遠くへ移動する際、ホワイトハウスから24キロ離れたアンドルーズ空軍基地までの約10分間の飛行は、専用ヘリを使用する。空軍基地で大統領専用機「エアフォース・ワン」に乗り換え、目的地へ飛ぶためだ。悪天候時には車で約30分、車列での移動になる。
ホワイトハウス記者団は、大統領がヘリに乗り降りする際に質問を浴びせる。普段会見室に滅多に姿を見せないトランプ大統領が、その日の気分で自分の言いたいことをカメラに向かって話したり、記者からの質問に答えたりするのがこの時。それはまさに突然の記者会見だ。オバマ前大統領の時は、このような「サービス」がなかったため、ヘリの発着に大勢の記者が詰めかけるということは稀だったが、今となっては恒例行事。いつ爆弾発言や発表が飛び出すかわからないからだ。
時には記者団を完全無視、時には数分間自分が言いたいことだけを言い、立ち去る。またある時には、およそ20分にもわたり記者からの質問に答える。気に入らない内容は「愚かな質問」だと言い、記者を指差しながら攻撃する。一方で、気に入った質問をする記者には「もっと他に質問ないの?」と自らさらなる質問を招き、同じ記者が数回質問することも。
「マリーン・ワン」と呼ばれる大統領専用ヘリは、ホワイトハウスの南側にある芝生の庭に発着する。サウスローンという名のこの庭に立つと、春には桜、夏には青葉、秋には紅葉、冬には雪景色といった光景が目の前に広がる。その奥には、ワシントンで一番高い建物、高さ169メートルのワシントン記念塔がそびえ立っている。
記者団からマリーン・ワンまでの距離はおよそ50メートル。待機時はエンジンを切らずに大統領を待つため、ここでのやり取りは叫び合いに近い。特に強風の時は、トレードマークの髪型が乱れまくったトランプ大統領が質問を聞き取ろうと記者の顔に近づいてくることもしばしば。「え?聞こえないからもう一度言って」と耳を凝らしながら近づいてきた大統領の右手中指に、鬱血して黒くなった爪を発見したのもマリーン・ワンの出発時だった。ドアに挟んだに違いない……と確信しつつ、痛かっただろうに、と思いながらシャッターを切った。この距離だと髪型の仕上がりの違いも見えるため、今日はフワフワ感満載だなぁとか、今日は湿気でペシャっとなっているなぁ、などと思いながら撮っている。
大統領がヘリに乗り降りをする際の通り道は2つある― 大統領執務室からの出入り通路とレジデンス(居住スペース)からの出入り通路。この2つの撮影位置は約25メートル離れているため、カメラを構える位置は2つのうち、必ずどちらかを選択しなければならない。ただ、早朝ならレジデンスからの出発、午後なら執務室からの出発というように、発着時の時間により順路は推測することができるため、ほとんどの場合、大統領は構えたカメラに姿を現してくれる。推測が難しい時は、まさに賭けのようなものだ。「ギャンブル戦」となれば、勝つか負けるかは50/50だ。
ある日、トランプ大統領がいつものようにマリーン・ワンでホワイトハウスに到着した。すでに夕方5時を回っていたため、ヘリを降りて向かう先は当然レジデンスだと思われていた。ところが、一旦こちらへ向かおうと数歩踏み出した時、レジデンスの入り口で待つ大勢の記者団を見たトランプ大統領は、突然くるりと方向転換。大統領執務室へ向かい始めた!慌てて脚立や機材を抱え、執務室方向へ一斉に移動。テレビカメラのケーブルに引っかかり転びそうになった人もいる。その日、トランプ大統領の不機嫌な顔には普段のメークはなく、すっぴんに見えた。いつもより早い速度で歩き出したトランプ大統領は記者団の質問に一切答えることなく、執務室のドアを閉めた。なぜあのようなフェイントをかけてきたのか。敵視するメディアに対する嫌がらせか。執務室に忘れ物でもしたか。はたまた、すっぴんを見られたくなかったのか。答えはトランプ大統領にしかわからない……
出発の際に、同じくマリーン・ワンに搭乗するメラニア夫人やイバンカ氏なども姿を見せることがある。政権発足直後は、記者団と受け答えするトランプ大統領の隣で、メラニア夫人は何も言わず、待っていた。大きなサングラスの奥には若干不機嫌な面持ちが見え隠れし、その場に居たくないような表情がうかがえた。
今では、トランプ大統領が話す気満々の時は、先に自分だけカメラの前に登場し、メラニア夫人はホワイトハウス内で待機。トランプ大統領が記者団とのやり取りを終了し次第、メラニア夫人は外に姿を見せ、共にヘリに向かうことが多くなった。このことから、予定に夫人も同行と書いてあるにも関わらず大統領が一人で登場する瞬間、私たちの中では、「大統領は記者団の質問に答える」と確信する。
昨年11月末にトランプ大統領夫妻がアルゼンチンで行われるG20へ向けホワイトハウスを出発した時、いつものようにまずはトランプ大統領が一人でカメラの前に姿を現した。記者団とのやり取りは10分間に及んだ。その後、いつものように記者団に手を振り、トランプ大統領はそのままマリーン・ワンへ向かい、歩き出した。記者からの質問に答えたアスファルトの地面から、ヘリが待つ芝生へ差しかかろうとしたその時、「しまった!何かを忘れた」とでも言わんばかりにトランプ大統領が振り向く。。。忘れたのはメラニア夫人だった。
奥さんのことを忘れ、一人でマリーン・ワンに搭乗しようとしたことを慌ててかき消すかのように、トランプ大統領はメラニア夫人の手を取り、「さぁ記者団に挨拶でもしようか?」というジェスチャーをした。自分はすでに記者団にバイバイしていたのにも関わらず。そして、手を繋いでカメラの前で仲良くポーズしてみせた。終始無表情だったメラニア夫人の顔に笑顔が見えたのは、カメラに向かってポーズした、この瞬間だけだった。
このようなハプニングも含め、「青空会見」はある意味、会見室よりも至近距離で自由なやり取りが繰り広げられる。もちろんそれは大統領の気分次第だが……
トランプ大統領を乗せたマリーン・ワンは、上空で待機していた2機の「おとり」ヘリとともに、爆風で木々の葉っぱや、噴水の水、そして記者団の髪の毛をめちゃくちゃにしながら、今日も旅立って行く。