ほぼ1年ぶりの定例会見
2月も終わろうとしていたある日、曇り空に覆われたワシントンで、私はホワイトハウスの会見室へ猛ダッシュしていた。新型コロナウィルスに立ち向かうため結成された対策チームの会見が急遽行われるためだ。予定には「大統領と対策チームのメンバーによる会見」と書かれている。「大統領と」という部分を思わず読み返した。
ホワイトハウスの会見室で行われる記者会見は実に久しぶりだった。このほど職を解かれた報道官のグリシャム氏は、昨年6月の就任以来一度も定例会見を開かなかった。一時は高視聴率を獲得したホワイトハウスの定例会見だったが、前任のサンダース報道官の会見はみるみる頻度を落とし、辞める前は100日近く、会見は開かれなかった。
そう仕向けた張本人はほかでもない、トランプ大統領。「サラ・サンダースが登壇しない理由は、プレスが無礼で不正確な報道をするからだ……フェイクニュースめ!」トランプ氏がこうツイートしたのは昨年の1月。以来、機材やケーブルが散乱し、記者団の「待合室」と化していた会見室が、皮肉にも新型コロナウィルスとトランプ大統領によって蘇ろうとしていた。
ちなみに、新型コロナの影響で記者協会が会見参加を限定したこともあり、3月13日の国家非常事態宣言後はホワイトハウスには入れなくなっている。
トランプ氏の「コロナ会見」の内実
ペンス副大統領を座長に専門家や医師からなる新型コロナ対策チームが紹介される初の「コロナ会見」。ホワイトハウスの会見室は150人以上の報道陣でごった返していた。記者席は49席しかないため、演壇と座席を囲むように記者やフォトグラファーが互いに体をぶつけあう中、カメラを構える。押しつぶされそうになりながら必死にマイクを握るCNNの看板医療記者、サンジェイ・グプタ氏の姿も。いつもと違う緊迫した空気が流れる。国内の感染者は15人だったとはいえ、当時はこんな状況だった。
演壇の脇の青い引き戸がガラっと開き、対策チームのメンバーがゾロゾロ登場する。狭いステージに全員乗れないほどだ。ペンス副大統領と最後に登場した「メインゲスト兼MC」のトランプ氏は、計12名が密集する演壇から満足気な表情で司会進行を始める。自分が新型コロナ対策ですでに成果を出しているという主張とともに、トランプ節が始まる。カメラに向かって、「我々は準備万端だ!」と繰り返した。
「毎年2万5千人から6万9千人の米国人がインフルエンザで亡くなる」との数字を引き合いに、「今(感染している)15名がいるが、その15という数は数日中にゼロに近くなるだろう」と楽観視してみせた。1時間以上続いたこの初コロナ会見を皮切りに、毎日夕方になると「トランプ劇場」が始まるようになった。トランプ大統領は会見の視聴率が報じられると、すぐさまフットボールやアメリカの人気番組より自分の記者会見の方が高視聴率だとツイートで誇った。「今日の会見は5時です!」。 〝見てね!〟と言わんばかりに「番宣」ツイートも忘れない。
選挙集会さながらのメディア批判
が、今、報道機関の間では、この「高視聴率番組」を全て流すべきかという議論が巻き起こっている。本来、国民に必要な情報を提供するための「コロナ会見」なのに、カメラを通して支持者に訴える「トランプ集会」と化しているためだ。
さすがに「USA!」コールや、MAGA (“Make America Great Again”=米国を再び偉大に)」帽子をかぶった支持者はいないものの、いつもの自画自賛と誤った情報、そして支持者にウケるのがわかっているからだろう、民主党やメディアに対する攻撃のオンパレードだ。
例えば、3月20日の会見中のこと。NBCのピーター・アレクサンダー記者が、マラリア治療薬が新型コロナウィルスにも効果があるというトランプ氏の主張を、「米国民に誤った希望を持たせていないか」と指摘。さらに「(感染を)恐れている米国民へのメッセージは?」と問うと、トランプ大統領は「君はひどい記者だ。それが(国民に)私が言いたいことだ」と反撃。さらに、「汚らわしい質問だ」、「君は自らの恥を知るべきだ」などとまくし立てた。
また、PBS(公共放送サービス)のヤミシェ・アルシンダー記者が、「必要な人工呼吸器の数をニューヨーク州が大袈裟に言っている」というトランプ氏の発言の真意をただそうとした時だった。突然険しい表情を見せたトランプ大統領は「なぜ、君はもっとポジティブな振る舞いができないんだ? いつも人を落とし入れるようなことをして。だからメディアを誰も信用しなくなったんだ」。まるでアコーディオンを演奏する手振りをしながら、そのような質問は「脅迫的だ」と続けた。3月29日の会見でのことだ。
翌日のコロナ会見で同記者は感染検査に関する質問を切り出す。韓国のように多くの検査を実施できていないことを責められていると思い込んだトランプ氏は前日同様、素早く反撃。「そんな皮肉めいた質問をする代わりに、(どの国より多くの検査を実施できたということに)おめでとうと言うべきだ」。現実には検査キットの生産や配備はまだ追いついていない。
一方で、トランプ大統領を好意的に報じる記者への対応はがらりと変わる。右派系の新興ケーブル・ネットワーク、OANN(ワン・アメリカ・ニュース・ネットワーク)の記者が挙手すると、トランプ氏は「君たちはナイスにしてくれるね」と顔をほころばせた。なんとその記者は「中国の食べ物をチャイニーズ・フードと呼ぶことが差別的だと思いますか?」と質問。要は新型コロナウィルスを「チャイニーズ・ウィルス」と呼んで批判されたトランプ氏への露骨な擁護だった。同記者は、コロナ状況下で発令された人数制限のルールを破り、連日会見に出席。記者協会から退室を命じられたものの、トランプ大統領が指示したと思われる特例を掲げ、毎日会見に参加している。
「国民の敵」とは
振り返れば、トランプ大統領がメディアを「米国民の敵」とツイートしたのは就任後間もない2017年2月のこと。その後も、「フェイクニュースは意図的に分断と疑惑を生み、戦争を起こそうとしている」「プレスはこの政権が最初の2年間で今までのどの政権よりも達成した事実を受け入れることができない。彼らは実に国民の敵だ!」とツイートするなど、連日激しく批判してきた。
新型コロナの感染が日に日に拡大する中、「完全にコントロールできている」と繰り返すトランプ氏。コロナ対策で「素晴らしい成果を上げた」と自画自賛する一方で、根拠のない説や事実に反する見解を述べ続ける。「ウィルスは奇跡のように消える」「インフルエンザで多くの米国人が死んでも経済を封鎖するようなことはなかった」「4月12日の復活祭には経済を正常化する」「失うものはないから、マラリアの薬を試してみろ」「私はマスクを着用しない」――。感染や死者数が増え続ける緊急事態の最中に、大統領がフリースタイルで90分から2時間も話し続ける「トランプ劇場」は、国民に注意を呼びかけたり正しい情報を伝達するどころか、大きな混乱ばかり生んでいる。
トランプ大統領の「コロナ会見」は相変わらず続いているが、ここにきて満員電車のように混み合っていた会見室からどんどん人がいなくなっている。記者協会は密集を避けるため、会見室の49席のうち14席を除いて使用を禁止。ワシントンポストやニューヨークタイムズといった有力紙の担当記者はすでに会見への出席をやめた。テレビ局は中継で全てを流すのではなく、視聴者にとって価値のある部分だけを放送すべきではないかと議論している。トランプ氏の冒頭発言を省いたり、途中で他のニュースに切り替えたりするケーブル局も出てきた。
トランプ氏は4月6日、毎日会見を開く理由をこう語った。「自分が出てこなかったら、国民がフェイクニュースを信じてしまうからだ!」
かくして、自らを「戦時大統領」と名乗るトランプ氏の会見劇場は止まらない……。