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「国民の敵」はコロナじゃなくてメディア? トランプ大統領の「コロナ会見」

ホワイトハウスへ猛ダッシュ 更新日: 公開日:
「6フィート(約180センチ)ルール」にも関わらず、密集した演壇から行われるホワイトハウスでの会見。演壇から記者団までわずか数メートルという近距離=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

ほぼ1年ぶりの定例会見

2月も終わろうとしていたある日、曇り空に覆われたワシントンで、私はホワイトハウスの会見室へ猛ダッシュしていた。新型コロナウィルスに立ち向かうため結成された対策チームの会見が急遽行われるためだ。予定には「大統領と対策チームのメンバーによる会見」と書かれている。「大統領と」という部分を思わず読み返した。

ホワイトハウスの会見室で行われる記者会見は実に久しぶりだった。このほど職を解かれた報道官のグリシャム氏は、昨年6月の就任以来一度も定例会見を開かなかった。一時は高視聴率を獲得したホワイトハウスの定例会見だったが、前任のサンダース報道官の会見はみるみる頻度を落とし、辞める前は100日近く、会見は開かれなかった。

サンダース氏は2017年7月、スパイサー氏の後任として報道官に就任。その後わずか2年弱でホワイトハウスを去った。就任して間もない頃は定例会見が行われ、記者団との激しいバトルが連日繰り広げられていた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2018年4月23日

そう仕向けた張本人はほかでもない、トランプ大統領。「サラ・サンダースが登壇しない理由は、プレスが無礼で不正確な報道をするからだ……フェイクニュースめ!」トランプ氏がこうツイートしたのは昨年の1月。以来、機材やケーブルが散乱し、記者団の「待合室」と化していた会見室が、皮肉にも新型コロナウィルスとトランプ大統領によって蘇ろうとしていた。

ちなみに、新型コロナの影響で記者協会が会見参加を限定したこともあり、3月13日の国家非常事態宣言後はホワイトハウスには入れなくなっている。

会見室にある49の座席の下には会社名のプレートが付いている。これはフォックス・ニュースの席。床にはケーブルやマイクが散乱している=ワシントン、ランハム裕子撮影、2018年4月18日

トランプ氏の「コロナ会見」の内実

ペンス副大統領を座長に専門家や医師からなる新型コロナ対策チームが紹介される初の「コロナ会見」。ホワイトハウスの会見室は150人以上の報道陣でごった返していた。記者席は49席しかないため、演壇と座席を囲むように記者やフォトグラファーが互いに体をぶつけあう中、カメラを構える。押しつぶされそうになりながら必死にマイクを握るCNNの看板医療記者、サンジェイ・グプタ氏の姿も。いつもと違う緊迫した空気が流れる。国内の感染者は15人だったとはいえ、当時はこんな状況だった。

コロナ対策チームを率いるペンス副大統領。感染を恐れる国民へのメッセージを求められた際、トランプ氏は「君はひどいリポーターだ」と記者を攻撃。一方ペンス氏は「どうか怖がらないで。慎重にいきましょう」と冷静なメッセージを伝えた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

演壇の脇の青い引き戸がガラっと開き、対策チームのメンバーがゾロゾロ登場する。狭いステージに全員乗れないほどだ。ペンス副大統領と最後に登場した「メインゲスト兼MC」のトランプ氏は、計12名が密集する演壇から満足気な表情で司会進行を始める。自分が新型コロナ対策ですでに成果を出しているという主張とともに、トランプ節が始まる。カメラに向かって、「我々は準備万端だ!」と繰り返した。

会見に臨むため新型コロナ対策チームのメンバーが続々と登場する。医師を中心とし結成された対策チームには、経済対策の必要性からムニューシン財務長官や国家経済会議のカドロー委員長なども含まれている。会見には対策チーム外のケリーアン・コンウェイ大統領顧問も出席した=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

「毎年2万5千人から6万9千人の米国人がインフルエンザで亡くなる」との数字を引き合いに、「今(感染している)15名がいるが、その15という数は数日中にゼロに近くなるだろう」と楽観視してみせた。1時間以上続いたこの初コロナ会見を皮切りに、毎日夕方になると「トランプ劇場」が始まるようになった。トランプ大統領は会見の視聴率が報じられると、すぐさまフットボールやアメリカの人気番組より自分の記者会見の方が高視聴率だとツイートで誇った。「今日の会見は5時です!」。 〝見てね!〟と言わんばかりに「番宣」ツイートも忘れない。

グローバル・ヘルス・セキュリティー・インデックスによる「疫病対策準備が整っている国」の表を見せ、コロナ対策の準備は万端だと訴えるトランプ氏。このグラフでは1位が米国、2位からは、イギリス、オランダ、オーストラリア、カナダの順。韓国は9位で、日本は21位、イタリアは31位だった=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

選挙集会さながらのメディア批判

が、今、報道機関の間では、この「高視聴率番組」を全て流すべきかという議論が巻き起こっている。本来、国民に必要な情報を提供するための「コロナ会見」なのに、カメラを通して支持者に訴える「トランプ集会」と化しているためだ。

さすがに「USA!」コールや、MAGA (“Make America Great Again”=米国を再び偉大に)」帽子をかぶった支持者はいないものの、いつもの自画自賛と誤った情報、そして支持者にウケるのがわかっているからだろう、民主党やメディアに対する攻撃のオンパレードだ。

選挙集会でトランプ氏が「フェイクニュースはどこにいるかわかっているんだ!」と言うと、支持者たちは一斉にカメラスタンドの方向を見てブーイングをする。これがトランプ集会ではお決まりの儀式になっている=フロリダ州オーランド、ランハム裕子撮影、2019年6月18日

例えば、3月20日の会見中のこと。NBCのピーター・アレクサンダー記者が、マラリア治療薬が新型コロナウィルスにも効果があるというトランプ氏の主張を、「米国民に誤った希望を持たせていないか」と指摘。さらに「(感染を)恐れている米国民へのメッセージは?」と問うと、トランプ大統領は「君はひどい記者だ。それが(国民に)私が言いたいことだ」と反撃。さらに、「汚らわしい質問だ」、「君は自らの恥を知るべきだ」などとまくし立てた。

会見でトランプ大統領に質問しようと挙手する記者団。中国の中央テレビ、C C T Vは、会社名をかざしながら「C C T V!」と叫びトランプ大統領に注目されるよう努めた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

また、PBS(公共放送サービス)のヤミシェ・アルシンダー記者が、「必要な人工呼吸器の数をニューヨーク州が大袈裟に言っている」というトランプ氏の発言の真意をただそうとした時だった。突然険しい表情を見せたトランプ大統領は「なぜ、君はもっとポジティブな振る舞いができないんだ? いつも人を落とし入れるようなことをして。だからメディアを誰も信用しなくなったんだ」。まるでアコーディオンを演奏する手振りをしながら、そのような質問は「脅迫的だ」と続けた。3月29日の会見でのことだ。

「中国からの渡航を早期に制限したことで自分は素晴らしい評価を得ている」と口を尖らせて語り、「全てがきちんとコントロールされているから心配ない」と繰り返すトランプ氏=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

翌日のコロナ会見で同記者は感染検査に関する質問を切り出す。韓国のように多くの検査を実施できていないことを責められていると思い込んだトランプ氏は前日同様、素早く反撃。「そんな皮肉めいた質問をする代わりに、(どの国より多くの検査を実施できたということに)おめでとうと言うべきだ」。現実には検査キットの生産や配備はまだ追いついていない。

トランプ大統領が会見に持参した資料。いつもの黒マジックを使ったトランプ氏の手書きメモが見える。「飛行機をキャンセル」、「10年で最大36万人」、「6名が回復」などと書き足されている=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

一方で、トランプ大統領を好意的に報じる記者への対応はがらりと変わる。右派系の新興ケーブル・ネットワーク、OANN(ワン・アメリカ・ニュース・ネットワーク)の記者が挙手すると、トランプ氏は「君たちはナイスにしてくれるね」と顔をほころばせた。なんとその記者は「中国の食べ物をチャイニーズ・フードと呼ぶことが差別的だと思いますか?」と質問。要は新型コロナウィルスを「チャイニーズ・ウィルス」と呼んで批判されたトランプ氏への露骨な擁護だった。同記者は、コロナ状況下で発令された人数制限のルールを破り、連日会見に出席。記者協会から退室を命じられたものの、トランプ大統領が指示したと思われる特例を掲げ、毎日会見に参加している。

自分以外の人がマイクを持つと不機嫌な顔を見せるトランプ氏。会見で「自分がフェイスブックで1位になった」と誇り、「何の1位なのかよくわからないけどね」と笑顔で付け加えた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年2月26日

「国民の敵」とは

振り返れば、トランプ大統領がメディアを「米国民の敵」とツイートしたのは就任後間もない2017年2月のこと。その後も、「フェイクニュースは意図的に分断と疑惑を生み、戦争を起こそうとしている」「プレスはこの政権が最初の2年間で今までのどの政権よりも達成した事実を受け入れることができない。彼らは実に国民の敵だ!」とツイートするなど、連日激しく批判してきた。

ホワイトハウスのローズガーデンで国家非常事態を宣言したトランプ大統領に質問しようと手を上げる記者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年3月13日

新型コロナの感染が日に日に拡大する中、「完全にコントロールできている」と繰り返すトランプ氏。コロナ対策で「素晴らしい成果を上げた」と自画自賛する一方で、根拠のない説や事実に反する見解を述べ続ける。「ウィルスは奇跡のように消える」「インフルエンザで多くの米国人が死んでも経済を封鎖するようなことはなかった」「4月12日の復活祭には経済を正常化する」「失うものはないから、マラリアの薬を試してみろ」「私はマスクを着用しない」――。感染や死者数が増え続ける緊急事態の最中に、大統領がフリースタイルで90分から2時間も話し続ける「トランプ劇場」は、国民に注意を呼びかけたり正しい情報を伝達するどころか、大きな混乱ばかり生んでいる。

国家非常事態宣言でトランプ大統領の隣に並ぶ米国立アレルギー・感染症研究所の所長、今回の対策チームの中心人物、アンソニー・ファウチ氏(左)。トランプ氏が会見で事実に反する議論をする度に、ファウチ氏は科学者としてデータに基づいた説明をする=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年3月13日

トランプ大統領の「コロナ会見」は相変わらず続いているが、ここにきて満員電車のように混み合っていた会見室からどんどん人がいなくなっている。記者協会は密集を避けるため、会見室の49席のうち14席を除いて使用を禁止。ワシントンポストやニューヨークタイムズといった有力紙の担当記者はすでに会見への出席をやめた。テレビ局は中継で全てを流すのではなく、視聴者にとって価値のある部分だけを放送すべきではないかと議論している。トランプ氏の冒頭発言を省いたり、途中で他のニュースに切り替えたりするケーブル局も出てきた。

トランプ氏は4月6日、毎日会見を開く理由をこう語った。「自分が出てこなかったら、国民がフェイクニュースを信じてしまうからだ!」

かくして、自らを「戦時大統領」と名乗るトランプ氏の会見劇場は止まらない……。