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幸福度調査トップ常連国ノルウェーの「自殺問題」

ノルウェー通信
Norway's Princess Martha Louise and her daughters Emma Tallulah Behn, Leah Isadora Behn and Maud Angelica Behn place flowers on the casket of the Princess' ex-husband Ari Behn, in Oslo Cathedral, Norway January 3, 2020. NTB Scanpix/Hakon Mosvold Larsen via REUTERS   ATTENTION EDITORS - THIS IMAGE WAS PROVIDED BY A THIRD PARTY. NORWAY OUT. NO COMMERCIAL OR EDITORIAL SALES IN NORWAY.
ノルウェーのマッタ・ルイーセ王女の前夫、アリ・ベン氏の棺に花を手向ける王女と3人の娘たち=2020年1月3日、オスロ、ロイター(提供写真)

孤独感が増すクリスマス

幸福度調査でトップ常連国といえど、北欧諸国にも自殺という社会問題はある。自殺という文字がメディアで増え始めるのは12月のクリスマスだが、コロナ禍の今年はさらにその言葉を耳にすることが増えた。

日本ではクリスマスといえば恋人と過ごす日というイメージがあるが、ノルウェーでは家族の日。「大切な人と一緒に過ごす1年で最も大事な日」というイメージの強さから、「ひとりでクリスマスを過ごす人」は「気の毒」と見られ、「クリスマスはどうするの」「誰と一緒に過ごすの」と必ず聞かれる。ひとりで過ごすことがばれると、「かわいそう」系のコメントや、心配する声をシャワーのように浴びることになる。クリスマスはお店も早く閉まるか終日閉店しているので、街に出てもシーンと静まり返っている。この精神的ストレスは、日本では受けることがないものだ。恋人がいない場合に受ける視線とはレベルが違う。

コロナ以前のオスロでのクリスマスマーケットの様子=あぶみあさき撮影

SNS時代でもあり、他人の充実したクリスマス写真も多く見かけるようになった。自分を比較して、「私は孤独だ」と落ち込んだり思い詰める人も増えている。

ノルウェー政府は新型コロナのため、家に招待できるゲストは5人まで、クリスマスイブや大晦日は特別に10人までと規制しているが、孤独を感じやすい状況は変わらない。

ノルウェー公共放送局の12月15日の記事では、悩みを感じる人のための電話相談センターに問い合わせが殺到しており、多くの子どもがクリスマスが近づいていることに悩み、自殺を考えている12歳からの電話もあるという。「夜に誰かにおやすみを言いたかった」「今日の最初の私の話し相手があなただ」など、人口530万人の小国で、1日900件もの電話が相次いだという。

自殺をタブーとする空気に変化

国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」の2020年の報道自由度ランキングでは、ノルウェーが4年連続で第1位を記録している。しかし、なんでも自由に報道されているというわけではなく、報道機関は自主的に報道を控えることもある。そのひとつが自殺報道だ。

私がノルウェーに移住したのは2008年。オスロ大学メディア学科に入学し、そのまま大学院へと進み、現地の報道に向き合ってきた。そこでずっと気になっていたのが、日本と比べて圧倒的に少ない自殺報道だ。後から、メディアが自殺者の増加を懸念して報道を自主的に控える空気に気が付いた。しかし、自殺をタブーとする社会の態度は次第に変わってきている。

ここ数年、ノルウェーの公共放送局や新聞社は自殺の問題を特集し、その際には「なぜ、私たちは掲載するのか」という理由を編集長が必ずといっていいほど丁寧に説明している。どのような手段で亡くなったかを報道しないスタンスは変わらないが、専門家、市民やメディアで建設的議論が始まり、孤独対策の取り組みを自治体が見直し、政府が予算を追加するなど、社会だけでなく政治レベルでの変化を起きている。「社会問題なのだから、解決策は政策だ」という認識が北欧では日本以上に強い。

ノルウェーでもネットに自殺をほのめかす投稿をする人もいるし、自殺志願者が集まるページもある。そんな中、自殺は社会の問題であり、オープンに議論して解決策をみんなで考えなければいけないという方向にシフトし始めてきている。黙っていても自殺者や自殺を考える人は減らない。

クリスマスに王女の元夫が自殺

2019年12月25日、マッタ・ルイーセ王女の元夫であるアリ・ベン氏(47)が自殺したという報道が流れた。ベン氏は現地では芸能人的な存在でもあり、芸術活動などが物議を醸すこともあったが、王室に新しい風を吹き込んだ人として人気はあり、王女との離婚後もニュースとなることがあった。ベン氏が自殺する直前、王女の新恋人である霊媒師が国王夫妻と教会でクリスマスを祝っていることも報道されていたため、王室を巡るニュースは急展開を迎えた。

Undated file photo of Ari Behn. Ari Behn, the former son-in-law of Norway
47歳で亡くなったノルウェーのマッタ・ルイーセ王女の前夫アリ・ベン氏=ロイター(Photo by Marius Gulliksrud/Stella Pictures/ABACAPRES)

自殺は社会問題、王室も動く

ベン氏のことが「自殺」だとはっきり報道できたのは家族や王室が隠さないことを選んだからだ。国王は大晦日に生中継されたスピーチでベン氏の死にも触れた。公表することを選んだ家族や王室を評価し感謝する声は多かった。

王女とベン氏の3人の子どものひとり、娘のマウド・アンジェリカさんは、「孤独で苦しんでいる人は助けを求めて」と生中継された葬儀の追悼で呼びかけ、ベン氏の死に悲しむ王室の姿や配慮に国民は心打たれた。

「パパはとても疲れてしまって、この世界を離れることでしか出口はないと感じていました」

「精神的な病気を抱えている、全ての人に伝えたいことがあります。出口は、必ずあります。そうとは思えないかもしれないけれど。外の世界には、助けてくれる人たちがいます。助けを求めることは、弱さではありません。強さです」

「命を絶ったほうがいいなんて、思わないでください。それは間違いだって、私はあなた方に約束できます」

それから1年後、父を亡くした娘は現在のクリスマス期間中、ノルウェー西部保健局のクリスマス・キャンペーン動画で自殺防止を呼びかけ話題を集めている。

【動画】アンジェリカさんが登場し、自殺防止を呼びかける動画

「命を絶つことを考えている全ての人に、伝えたいことがあります。あなたは助けてもらえます。状況は良くなります。あなたを助けたいと思っている人も、助けることができる人もたくさんいます。この世界にいる全ての人が愛と喜びを得るに値します。あなたもそうです。あなたがいなくなっても、事態は何もよくなりません。それは間違っていると、私は約束できます。助けを求めることは恥ではありません。お願いです。助けを求めてください。誰かに助けが必要かと聞くことも間違いではありません。出口はあります。自殺を考えていることを話してください。それによって命が救われることがあります」

今までメディアから姿を隠してきたアンジェリカさんが、これ以上の自殺者を出さないようにと必死に動き始めた姿は印象深い。

ノルウェーのクリスマスの孤独と自殺問題はまだ解決の糸口を見つけているとは言い難く、頭を悩ませている最中だ。それでも、かつてはタブーだったこのテーマに王室のような影響力のある存在が積極的に取り組み始めたことは、大きな推進力となるだろう。

Text: Asaki Abumi