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「恋チュン」の王女に衝撃の擁立劇 ドタバタの中に見えたタイ政治の「変調」

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男子プロテニスのタイオープンで優勝したミロシュ・ラオニッチにトロフィーを渡すウボンラット王女(写真右)=2013年、ロイター
男子プロテニスのタイオープンで優勝したミロシュ・ラオニッチにトロフィーを渡すウボンラット王女(写真右)=2013年、ロイター

まず、衝撃の擁立劇をおさらいする。

2月8日、選挙を戦う政党の一つが、故プミポン前国王の長女で、ワチラロンコン現国王の姉であるウボンラット王女(67)を首相候補として選挙管理委員会に登録した。

厳密に言うと、王女は1970年代に米国人と結婚し王族ではなくなったとされているが、離婚してタイに戻った後は王族と同等の扱いを受けている。

その気取らない振る舞いや多彩な活動から、最も親しまれている王族の1人でもある。筆者もバンコク駐在時、気さくな様子で百貨店で買い物をする王女の姿を何度も見た。チャリティー活動に熱心なことで知られる。「恋チュン」を踊った王女、と言えば「ああ、あの人か」と思い出す人も多いだろう。

とはいえ、「王族」である。国王、王室が不可侵の存在であるタイで、彼女のような立場の人物が政治のど真ん中に足を踏み入れるとなれば、近年のタイにはなかった未知の政治状況が生まれる可能性もあった。

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ウボンラット王女を首相候補とする書類を選挙管理委員会に提出するタクシン派の政党幹部ら=ロイター

しかし同じ日の夜、ワチラロンコン国王が王女の政治進出は「非常に不適切」だとする、これまた異例の告知を発表した。国王からNGが出たことで、「ウボンラット首相」への動きは沙汰やみの流れになった。

これまでのタイの政治や王室の歴史を踏まえると、突然の「王女擁立」への驚きは三つある。
一つは、王女を担いだのがタクシン元首相派の政党、国家維持党だったこと。タクシン派は選挙を通じた議会制民主主義を重視してきた。これまで王室の威光を政治に持ち込んできたのはむしろ、国王を頂点とした伝統的な統治を支持する反タクシン派だった。

第2の驚きは、タクシン派政党のオファーを王女が受けたことだ。形式上は王室の一員ではないと見なされ、本人もタイメディアに対して「私は一般人(commoner)」と答えているものの、王室は政治には直接関わらないという原則や父プミポン前国王のスタイルを間近に見ながら育った王女が、その矩を簡単に越えたのだ。

そして三つ目が、ワチラロンコン国王が即座に、国民に向けたメッセージのようなかたちで明確にダメを出したことだ。

■終わらない「黄シャツ」「赤シャツ」の消耗戦

アクロバティックな擁立劇の背景を考える前に、現在のタイの政治状況を概観してみる。

タイでは、かれこれ10年以上「黄色シャツ」と「赤シャツ」の二つの勢力が対立し、社会はのっぴきならないところまで分断されている。

国王のもとに軍や官僚機構、財閥などが長く国を支配してきたが、2001年、タクシン氏が農民や低所得労働者らの支持を背に選挙に大勝し、強い政権を打ち立てた。

2005年の選挙もタクシン氏が連勝。このころからタイに新旧勢力の対立が生まれ、深まっていった。伝統勢力はプミポン国王の誕生日色である黄色のシャツを身につけ、新勢力はタイ国旗の紺、白、赤3色のなかで国家・国民の団結を示す赤色をシンボルカラーにするようになったことから、黄と赤がタイの分裂の象徴になった。

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タイのタクシン元首相(左)と妹のインラック前首相=2018年3月29日、東京都千代田区、杉本康弘撮影

タクシン氏は、民主化の旗手というよりは、ポピュリズムの手法を熟知した権力志向者と表現するのがふさわしい人物だが、農民らは選挙による政権選択で生活が変わることを実際に経験し、タクシン氏を熱狂的に支持するようになった。

危機感を抱いた伝統勢力は、タクシン氏を放逐した2006年のクーデターをはじめ、あらゆる手立てを使ってタイを「タクシン以前」に戻そうとしたが、選挙のたびにタクシン系政党が勝利するの止められずに今日まできた。この基本的な趨勢はもう覆ることはないだろう。

現在の軍政体制の起点となったのは2014年のクーデターだが、当時、高齢で健康悪化が進んでいたプミポン前国王からワチラロンコン国王への王位継承を軍のコントロール下で乗り切り、同時に、伝統勢力が実権を維持する「最後の戦い」として入念に準備されたものだったと言われている。

3月の総選挙でも、タクシン派が勝利して第1党になっても実権は渡さないという考え方で17年に新憲法を制定し、さまざまな法律を整えた。政党が単独では過半数をとりにくい選挙制度や、上院の事実上の任命制、選挙で選ばれた議員でない人物を首相に指名できる制度などだ。

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総選挙の候補者登録会場。登録順を決めるくじ引きもあった=2月4日、バンコク、染田屋竜太撮影

■国王は知っていたのか

国民に人気がある王女を前面に出せば、選挙戦を有利に戦えるし、王室を敬う有権者を広く取り込める。王党派の反タクシン勢力も、タクシン派を「反王制」と攻撃できなくなる。よく考えられた「妙手」に見える。

ウボンラット王女はかねてタクシン氏と良好な関係にあると言われてきた。最近、ともにクーデターで政権を追われて海外逃亡中のタクシン氏とその実妹のインラック前首相、そして王女が笑顔でサッカー観戦しているのが目撃され、写真が出回ったこともあった。

王女は70年代にマサチューセッツ工科大学に学び、米国人と結婚。離婚して2001年に帰国するまで、四半世紀余りを米国で過ごしている。タクシン派の擁立に応じれば軍や王党派を敵に回すことになるが、米国の民主主義や、自由、平等といった価値観に囲まれて長く暮らした経験が影響している、と話すタイの識者もいる。

王女が擁立に応じた理由として「前国王の長子であり、現国王の姉である自分がタクシン派政党からの首相になれば、黄・赤に分断されてしまった社会を再び統合するための橋渡しができる」と考えたという見方もある。実際、そう期待する声も上がっていた。

それにしても、国王が誰も対抗できない強い影響力を持つタイで、王女が政党政治の世界に入ることを独断できるものなのか。擁立受諾のニュースが流れた時、だれもが「国王も同意した決断」と受け取った。もしそうなら、タイ王室が中立性を捨て、国王の後ろ盾を得てタクシン派が国政を運営する体制となって、タイ政治の主要なプレーヤーが総入れ替えとなる事態になる。

夜になって国王が「王族の高位の一員が政治に関わることは、いかなるかたちであっても国の伝統、習慣、文化に反する行為であり、従って非常に不適切と考えられる」と強い調子で王女の政界進出を戒める告知を発表したのは、王室の政治的中立をあらためて強調する必要に迫られたことを示している。

しかし本当に寝耳に水だったのか、軍部や保守勢力が予想以上に強く反発したからため手を引いたのか。タイでは、王宮のなかで起きていることの真相が漏れ伝わってくることはまずないので、本当のところはわからない。しかし今回の一連の経過から、王室内や国王と王党派との関係が必ずしも円滑ではない様子がうかがえる。あるタイ政府高官は「政府関係者もまだ現国王とのコミュニケーションチャンネルが持てないでいる」と語った。現国王のビジョンがうかがい知れず、以前に増して予測不能なところが、今のタイの特徴だ。

■再び泥仕合か

国王と軍を中核にした統治が、選挙を通じた議会制民主主義と並ぶ、あるいは上回ってきたのがタイの政治だ。民主化を前に進めるには、この現状を変えなければいけないはずが、タクシン派は、選挙に勝つために王制を取り込もうとしてしまった。やはり「禁じ手」だったといわざるを得ないだろう。

タイ政治に詳しい京都大学東南アジア地域研究研究所の連携講師、外山文子氏は「今回の件は、いずれにしても民主化に対してマイナスの影響を及ぼすと思う。タクシン派の国家維持党が甘かったのは、王女の政治関与が法的に問題がないと思ってしまった点だ。実際には、憲法規定に抵触している可能性が高い」と指摘する。

一時的にウボンラット王女を歓迎するムードが盛り上がったことなどについては「タイ国民に『場合によっては(選挙で選ばれない)非民選首相を歓迎してしまう』という傾向が依然残っていることが露呈した。政治家は民主化運動の中で民選首相を求めてきたはずだ。ところが、民主主義を標榜するタクシン派の党が非民選の候補者を担げば、原則は揺らぎ、『同じく非民選のプラユットでも良いだろう』と話になってしまう」と話す。

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集まった聴衆に応えるプラユット暫定首相=1月14日、タイ北部ランパン県、貝瀬秋彦撮影

前回の総選挙はクーデター3年前の2011年だった。2014年総選挙は反タクシン派による全国規模の投票妨害などがあって無効になっている。8年ぶりとなる今回は、軍政を終わらせて、対立によって消耗し切ったタイの政治と社会を回復させる機会にしなければならない。

政治の正常化に必要なのは政治勢力間の対話だとかねて指摘されている。しかし、現実にはタクシン、反タクシンの「やった」「やられた」の応酬が延々と続けられてきた。今回タクシン派が放った奇策は、すでに反タクシン派から「王室を政治利用しようとした」との批判の声が上がっており、再びこれまでと変わらぬ泥仕合を呼ぶおそれがある。

■日本がタイ政治を注視する理由

タイは自動車や電気製品など日本の製造業の最も重要な海外拠点の一つで、約7万人の日本人が住む。タイの安定は、日本にとっても死活的に重要だ。これまではプミポン国王の下で政治と経済は慎重に切り離されて、政治動乱があっても日本との関係にはほとんど影響してこなかった。日本の企業関係者の一部に、混乱を引き起こしがちな文民政権より、強権的でも安定を維持できる軍政を歓迎する声があるのは、こうした過去の経緯があるためだ。

しかし、国王が代わり、国民は国内対立と軍政にうんざりしている。何が起きるかわかならいという不透明感は増している。それは、軍の影響力が色濃く残ることでタイに対する国際的な信用がさらに低下することかも知れないし、タクシン・反タクシンの対立が再び社会混乱を招くことかも知れない。過去の延長線上でビジネス面の「安定」が約束されていると考えていいものかは疑問だ。日本とタイが持続的なパートナーとして発展していくうえで、今回の選挙は試金石となる。