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日本の子どもが肌で感じたタイの子たちの逞しさ バンコクにサッカー留学

アジアの渡り鳥 更新日: 公開日:
バンコクでプロ選手から指導を受ける日本人の子ども。右が伊藤壇さん=写真はすべて伊藤さん提供

僕は現役選手を続けるかたわら、2014年からはプロ契約をめざしている日本人選手のサポートを始めました。東南アジアの移籍市場が活発となる12月から1月にかけての約1カ月間、毎年日本人選手たちをタイのバンコクに集めて合同トレーニングを開いています。

今シーズンからは、年末年始を使って日本人の子どもたちを短期留学生として受け入れることにしました。プロになることの厳しさと、タイの子どもたちのたくましさを肌で感じてほしいと思ったからです。この留学を通して普段は知ることができなかった彼らの一面も垣間見ることができて、とても充実した1週間となりました。

今回、子どもを受け入れることになったのは、僕が普段、地元の札幌で開いているサッカースクール「チャレンジャス」に参加している生徒の親御さんたちから「冬場は雪で外でのサッカーができないのと、所属チームの練習がその時期オフになるので、冬休みを利用して連れて行ってくれないか」という要望があったからです。初年度ということもあってあまり告知はしませんでしたが、チャレンジャスの生徒である小学5年生1人、小学6年生5人と、中学1年生1人の計7人が参加しました。他の留学では経験できないであろうスペシャルプランを用意しました。

子どもたちはまず、在留邦人の子どもたちのチームとフットサルの試合をしました。監督の相原豊さんは、僕がかつてタイでプレーしていた時から15年来のつきあいです。彼は生まれながら左手に障害を持っていますが、タイなどでプロサッカー選手になるという夢を叶え、さらに引退後は『ユタカフットボールアカデミー』を立ち上げて聾学校や孤児院でもサッカーの楽しさを伝えています。その練習方法も独特で、ウォーミングアップに「大縄跳び」を取り入れたりしています。笑顔の絶えないサッカー本来の楽しさを体感してもらえたのではないかと思います。

バンコクの在留邦人チームと交流試合

また、タイ・リーグの名門「バンコク・ユナイテッド」の下部組織の日本人監督にチームの練習に参加させてもらえるようお願いしたところ、国際交流のいい機会だと快諾していただきました。タイ全土から集められたエリート選手たちには、かなりの力の差を見せつけられました。聞くところによると、1日3部練習をしているなど圧倒的に練習量に差があることがわかりました。同年代のプロ予備軍と練習したことにより、子どもたちは現時点での自分の立ち位置をよく理解することができたのではないかと思います。

元タイ女子代表チームの監督が中心となって指導する大規模なサッカークリニックにも参加させてもらうことができました。地元のビール会社「Chang Beer」がスポンサーとなって毎週末開かれているもので、約500人のタイの子どもたちが参加し、タイの元代表選手や現役選手など約20人の豪華コーチ陣によるトレーニングを受けることができました。ここまで大きなサッカークリニックは日本にはなく、以前視察に訪れたJリーグ関係者も驚いていたそうです。

そういった練習以外の時間は、地元の人たちと触れ合いの場を設けるようにしました。公園で近所の子どもたちが集まってボールを蹴っている「ストリートサッカー」を体験してほしかったのです。

日本の子どもたちもバンコクで「ストリートサッカー」を体験。コンクリート上で裸足でプレー

サッカー場の地面は芝生ではなくコンクリートなのですが、タイの子どもたちは裸足です。彼らはそういった環境で鍛えられ、自然と足の裏のアーチが形成され丈夫になったり、コンクリート上でどうストップしたらいいのかなどサッカーに必要な動きを身に付けたりしています。昨今の日本の子どもたちに失われつつある「たくましさ」がそこにはありました。

この時期のバンコクは1年の中では雨も少なく、比較的過ごしやすいシーズンと言われています。しかし、雪の舞い散る札幌とはかなりの温度差があり、練習3日目くらいから熱中症で気分が悪くなる子どもたちも出てきました。これはある程度仕方ないのですが、アジアでプロになることをめざすには、まずこの暑さに適応していかなければいけないと話しました。

練習場に着くなり、「ピッチ状態が悪い」という子もいました。僕は、「一流選手ならどんなピッチ状態でもそれに合わせてプレーできるし、常にいい状態のピッチで試合が行われるとは限らないので、事前にこういったピッチに慣れておくことも必要だ」と伝えました。

子どもたちは、バンコクでプロ選手から指導を受けた

子どもたちとバンコクで過ごすうちに、普段日本では知ることのできなかった面も見えてきました。最寄り駅まで10分程度歩くだけで、「足が痛い」「疲れた」と言い出し、そこでタクシーに乗れば今度は車酔いしてしまう子もいました。またある時は、自転車で観光地を巡ろうとしたところ、7人中2人の子どもが自転車に乗れないというのです。日本の発展した社会が生んだ弊害を思わぬところで感じました。

一方、毎年開いてきた合同トレーニングですが、今年は元Jリーガーを中心に、10人程度が参加しました。多数のアマチュア選手からも事前に問い合わせを受けていたのですが、アジアのチームを紹介する条件として、まずはバンコクでの合同トレーニングに参加することを挙げました。選手とチームを仲介する立場としては、実際に一緒にボールを蹴り、プレースタイルを把握し、直接話をすることにより、どういう人間なのかを見極め、その選手に合った国へ送り込みたいのです。結果、例年より少数精鋭のメンバーとなりましたが、僕は多数の選手を抱えるよりも、少数の選手でも全員を契約に導けるような成功率にこだわりを持っています。

彼らは、毎朝合同練習を行い、午後は現地チームのトライアルに参加したり、強化合宿のためにバンコクに訪れた他国チームの練習に合流したりしていました。そういったひたむきな姿勢に刺激を受けつつ、質の高いトレーニングをすることができました。おかげさまで、アジア20か国で培ったコネクションを最大限に生かし、すべての参加者の新天地を決めることができそうです。

プロ選手から指導を受ける子どもたち。中央が伊藤壇さん

今回の短期留学のメイン企画として、子どもたちにはこれらの選手たちと一緒にトレーニングする場を設けました。実際にプロの技術を体感でき、サッカーに対する取り組みを直接学べるいい機会となりました。選手たちも、子どもたちと一緒にボールを蹴ることに初心に帰ることができ、さらに、今回の指導経験はセカンドキャリアにもつながると思います。

選手たちに常々話しているのですが、何よりも大事なことは「自ら行動を起こすこと」です。行動を起こさなければ何ら状況は変わりません。未来を変えるのは、自分の一歩なのです。チャレンジャスでは、今後も、志を高く持った選手たちをサポートしていきます。(構成 GLOBE編集部・中野渉)