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グアム移籍後初ゴール! 「大凶」からのスタートを「大吉」で終えたい

アジアの渡り鳥
グアムリーグで初ゴールを決めた伊藤壇さん=西岡利夫さん撮影

グアムの1部リーグ「NAPA Rovers」に入団した僕にとって2試合目となる「Manhoben Lalahi」(グアムU-19代表)との対戦が3月9日にあり、実に約2年ぶりに公式戦でゴールを決めることができました。晴れてチームの一員になれたような安堵感に包まれました。

0-0で迎えた前半15分、僕にチャンスが訪れました。相手がクリアして僕のチームメートがヘディングではじきかえしたボールが、ペナルティエリア付近にいた僕のところに転がってきました。そして振り向きざまにボレーシュートを放ち、ゴールネットを揺らすことができました。

僕が所属するNAPA Roversがリーグ首位を走っているのに対して、Manhoben Lalahiは現在3位。僕のチームは昨シーズンのリーグチャンピオンなので、対戦相手は守りを重視して引き分け狙いで戦ってくる傾向があります。だからこそ、早い時間帯に先制点を取ったことに大きな意味がありました。一つのゴールが状況を大きく変えるのです。チームメートの信頼を勝ち取るためには、何よりゴールやアシストなど、数字を残すことが重要となってきます。

僕はボランチでスタメン出場し、前の試合に続いて90分間フル出場をしました。前半に4点を挙げて圧勝ムードでしたが、終わってみれば、結果は5-3の辛勝。後半に立て続けに自分たちのミスから得点されたので、これは反省すべき点です。

相手チームは毎日練習を重ねていてコンディションはよく、さらに若さや勢いもあり、侮れませんでした。一方、僕のチームは終始個の力に頼ったプレーが多く見られました。前半の大量得点による気の緩みや、後半開始から交代枠3つを使い選手を大きく入れ替えたということもあったとは思いますが、リーグ連覇を成し遂げるためには今後修正していかなければいけません。

僕はいつも小さな目標を立て、それを達成したら「ご褒美」を自分に与えることにしてきました。今回は、初ゴールをしたらグアムでお目当てのステーキを食べると決めていました。試合後、テーブルに運ばれてきたあまりにボリューム満点のアメリカンな料理に目を疑いました。

試合中の伊藤壇さん=西岡利夫さん撮影

ところで、昨年10月から続けてきた僕のコラム「アジアの渡り鳥」ですが、12回目の今回をもって最終回となります。

これまで日本をはじめアジアの20の国や地域でプレーをし、いま21番目のグアムのピッチに立っています。小学校3年の時からサッカーを続けて35年、プロになって20年余り。グアムでのプレーを最後に現役引退すると決めています。長いプロ生活で体が悲鳴を上げ始めています。

途上国では、凸凹のグラウンドや、チームドクターすらいない環境が当たり前で、足首と腰に相当な負担がかかっていたようです。足首は三角骨障害で正座できませんし、腰はヘルニアのため、横向きにならないと寝られないなど、昨今では日常生活にも支障を来し始めています。医師には手術をすすめられていますが、「手術をするときはサッカーを辞めるとき」と決めていたので、だましだましプレーを続けることを選択しました。

グアム在住の日本人の友人とトローリング=伊藤さん提供

グアムのリーグ戦は、毎回、インターネットでライブ配信されていて、日本国内外にいる友人やファンの皆さんも僕の試合を観戦することができます。この点は、さすがエンターテイメント大国のアメリカだと感心します。

海外に初挑戦して間もない約20年前は、インターネットもあまり普及しておらず、何かあれば僕が手紙で近況を報告していました。今ではSNSなどで、簡単に情報発信できるようになり、海外との距離も感じさせない時代となりました。何かと便利になった反面、溢れる情報に惑わされることなく、実際に現地へ出向き自分の目や耳で正確な情報を得ることも忘れてはいけません。

平成の終わりとともに、僕はサッカー選手としての活動に終止符を打ちます。2014年からは、毎年12月から1月にかけての約1カ月間、日本人選手たちをタイのバンコクに集めて合同トレーニングを開き、自らのコネクションを駆使しプロ契約のサポートを行っています。また、普段、地元札幌で開いている子ども向けサッカースクールや、プロ契約を目指すサッカー選手を正社員として雇用し、チームが見つかった場合は休職扱いにしてオフシーズンや引退後には復職できる、「大栄建設」(本社・札幌市)によるプロジェクト「ワイドPLUS」をさらに本格始動させていきます。いよいよここからは僕が19年かけて種をまいてきたものの収穫作業となります。「チャレンジャス」の事業を拡大させ「アジアと日本の架け橋」となれればと考えています。

その一方で、これまでのキャリアをギネス申請する予定です。そのためにこれまでプレーした国・地域に再び足を運び、各サッカー協会を訪れ必要書類を直接受け取ってこようと思っています。併せて現地の孤児院でサッカークリニックを開いてくるつもりです。これを実現するには渡航費や現地滞在費がかかるので、このプロジェクトを支援してくれるスポンサー企業も探さなければいけません。現地の恵まれない子どもたちが喜んでくれるだけでなく、企業にとっては、国際貢献のひとつにもなり、「ウィンウィン」の関係となります。

試合中の伊藤壇さん=西岡利夫さん撮影

また、4月からはオンラインのプライベートサッカークリニックを始めます。これにより遠方にお住まいの方やクリニックに参加する時間の調整ができない方にも、指導することが可能となります。

僕がこれまで渡ってきた国の多くではサバイバルな毎日を過ごしていました。その点、グアムは物価こそ高いですが、過ごしやすくストレスなく生活でき、最後の国としてはベストチョイスだったような気がします。

セカンドキャリアで良いスタートダッシュを切るには、ここでの残りの生活をどう過ごすかが鍵となってきます。常にアンテナを張り勉強の毎日となりそうです。最終目標であるアジアの国の監督になるためにも……。

17歳の韓国人選手に週3回マンツーマンでプライベートレッスン=伊藤さん提供

それはそうと、僕にとって初の海外挑戦となる2001年のシンガポール出発直前、浅草の浅草寺に立ち寄っておみくじを引いたところ、人生で初めて「大凶」を引きました。大凶なんて、後にも先にもこの一度きりです。そこに書かれていたのはネガティブなことばかり。不安を抱えたまま飛行機に乗ったのを今でも鮮明に覚えています。でも、そこから19年、紆余曲折はありましたが、なんとか海外でプレーを続けてこられました。

もうすぐ、僕のアジアでのチャレンジが幕を閉じます。小学生時代、先生に、「遠足は最後まで何があるか分からないので、家に帰るまで気を引き締めないといけない」と言われました。ゴールまでのカウントダウンが始まりましたが、大凶からスタートした旅を大吉で終えるためにも、今一度ふんどしを締め直して臨みたいと思います。初心忘るべからず。

これまで長きに渡りご愛読ありがとうございました。今後も僕の活動に注目していただけたら幸いです。(構成 GLOBE編集部・中野渉)=終わり