家庭菜園ビギナーズ
サンフランシスコでは以前から家庭菜園をする世帯は多かったが、「ニューノーマル」で家にいる時間が増えた人たちが今回、新たに家庭菜園を始めている。収穫したものを食べるだけでなく、子供がいる家庭にとっては、タネや苗から食物を育てる栽培プロセスが絶好の教育ツールにもなっている。自ら育てた野菜が食卓に並ぶまでを学びながら、家族とのコミュニケーションも盛り上がるのではないだろうか。
菜園ビギナーズを応援する「ナーセリー(園芸店)」は周辺に数えきれないほどある。土の種類や種、苗を選び、どんな野菜をいつ植えるか、プランター栽培から畑の手入れまで店で気軽に相談できる。最近ではコロナの影響もあって、外出せずにオンラインで指導を受けたり、ネットで種や草木、道具などを購入できたりするシステムが導入されている。個々の環境や嗜好に合わせて多種多様にデザインでき、「ステイホーム」が楽しくなる菜園キットは続々と出荷中だ。
地域が支援するコミュニティーファーム
家庭菜園と言っても、庭や栽培する環境が無い世帯も多い。そんな人は、市内の至る所に点在する「コミュニティーガーデン」(地域農園施設)が活用できる。市の公共施設「レクレーション&パーク」の菜園プログラムで、現在市内に42箇所ある。会員になれば、耕す自分の農地を一角確保する事ができ、好きな時間に作業が出来る。施設には水まきや農作業用の道具も揃いシェアできる。健康志向が強い住民が多いからか、どのガーデンもフル活用されており、特にコロナ禍で利用者は急増しているという。コミュニティーガーデンは「都会のオアシス」とも呼ばれている。
Alemany Farm(アラメニーファーム)
地域農園といえば、通常、行政で決められた敷地で運営されるが、サンフランシスコ最大のガーデン「Alemeny Farm 」は、地域住民の努力により発展した。94年に公認の地域農業としてスタートし、一度は起動に乗ったものの、2000年に市の運営から除外された。その後、違法な廃棄ゴミ捨て場となってしまったが、2005年、「ゲリラ・ガーデナー」と呼ばれたボランティアチームが毎週、草取りや果物、野菜栽培をしに訪れ、その活動に地域住民が賛同していった。年月をかけ、荒地となった土地を見事なオーガニックガーデンへと再び蘇らせたのだ。収穫物を近所に分配し、協力者は徐々に増えた。行政から再び地域農業プログラムの承認を得たのは2012年。今では教育とレジャーを兼ねた「アーバンファーミング」のお手本モデルとなっている。
私はこのガーデンに3年前にボランティアとして参加した事があるが、今では広大な敷地はデザインされた美しいガーデンに生まれ変わっていた。畑の配列、ツタを絡めた屋根を持つ涼しい休憩所やピクニック設備があり、住民の憩いの場となっている。季節の花が咲き誇り、畑では45種類もの野菜や果物が元気よく成長している。
ハーブを世話しているボランティアの女性に会った。週に1、2回来て、水まきをしたり成長をチェックしたりしているらしい。ボランティアに参加したきっかけを聞くと、「ハーブが大好きで自分の心が満たされるとともに、人も幸せに出来る」とのこと。ここでボランティアをする人は、お金では買えない、自然の中で作物を育てる幸福感と人との繋がりに価値観を見出しているようだ。
教育とレクレーションを兼ねた農園
地域農園は「楽しみながら学ぶ」教育的な要素があるため、学校教育でよく活用されているが、年齢を問わず、様々な個人やグループ向けのツアーやワークショップが実施されている。予約も必要なく、畑にあるものはなんでも自由に食べて良い。唯一のルールと言えば、必要なものは自分達で持ち寄り、後片付けをして帰るという基本的なもの。ここはオーガニック農園なので、生ごみや食べ残しはコンポスト(堆肥)となり、その他のゴミは埋立地へと移送される。
私はこの農園から車で5分の住宅地に住んでいるが、サンフランシスコ特有の霧と風で、自宅でのトマト栽培には苦戦を強いられている。しかしここではツヤツヤのまだ青いトマトがたくさん実をつけていた。「どうしてここではトマトが育つのですか」?と聞くと、「風を遮る木が守ってくれるのよ。それに太陽が降り注ぐ斜面に面しているの」と農作業をしながらボランティアの1人が答えてくれた。「いつでも収穫に来ていいのよ!」とも言われた。「え、いつでも?」そう。ここの野菜はタダでもらえる!それでは”畑泥棒”にならないのかと心配になるが、どの所得者層の人にも行き渡るよう、週に一度は農場でとれた作物を配る日を設けてあるのだという。しかも新鮮なオーガニック野菜を。
菜園教育
サンフランシスコでは、コミュニティーガーデンに限らず、多くの学校で校内菜園が導入されている。これは、カリフォルニア料理、オーガニック食を世に広めたバークレーの「シェパニーズ」のオーナーで活動家のアリス・ウォーターズ氏が1990年に実施した「エディブルスクールヤード」(食べられる校内菜園)の波及で、「食べ物はどこから来るのか」を学ぶ菜園教育は、今や外せない項目となっている。
コロナ禍の「ステイホーム」で、人々は大事な事に気がつき始めた。それは健康と家族の絆。家庭菜園は、種から育て、食べ、育ち、また土に戻す「いのちの循環」を実践している。