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女性が産んだのは…なぜ「イルカ」だった?アートが問う生殖やジェンダー

アートから世界を読む 更新日: 公開日:
《わたしはイルカを産みたい...》(I Wanna Deliver Dolphin...)2011-2013
《わたしはイルカを産みたい...》(I Wanna Deliver Dolphin...)2011-2013

人がイルカを出産する?

薄手の白いワンピースを着て水中を泳ぐ女性。腹部の膨らみから妊婦のようだ。苦悶の表情を浮かべる彼女の股間に魚の尾びれのようなものが見えてくる。なんと彼女はイルカを出産するのだ。ミルクを与え、泳ぎを教えるかのように子イルカと泳ぐ女性の悠然とした姿を映して終わるこの2分ほどの映像は、忘れることのできない強烈な印象を与える。

《わたしはイルカを産みたい...》(2011-2013)を着想した当時、長谷川愛はこの時代に子供を産むことの意味について考えていた。人間中心の世界で進む人口増加と食糧不足。環境と倫理の面から疑問を感じつつも「子供を作れ」という本能的な自身の声も聞こえる。その結果、絶滅危惧種の動物の代理母になって出産するストーリーを思いついたのだという。

「問題提起する」スペキュラティヴ・デザイン

突飛で大胆にも思える長谷川の発想は、彼女が2010年から2012年にかけてロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のデザイン・インタラクションズ学科で学んでいた時に培われたものである。ダン&レイビーのデザイナーユニットで知られるアンソニー・ダンが学科長で、フィオナ・レイビーとともに教鞭を執っていた。

ダンが提唱したのが「スペキュラティヴ・デザイン」である。スペキュラティヴ(思索する)デザインとは、問題解決ではなく問題提起のためのデザインだ。ダンとレイビーの著書『スペキュラティヴ・デザイン:問題解決から、問題提起へ。』(※)の初めのページにある、一般的に理解されているデザイン(A)と彼らが実践しているデザイン(B)の対比を示す言葉が興味深い。(A)の例が、「解決策としてのデザイン」「産業界のため」「人間に合わせて世界を変える」「買わせる」「ユーザーフレンドリー」などであるのに対し、(B)は「討論のためのデザイン」「社会のため」「世界に合わせて人間を変える」「考えさせる」「倫理的」など、従来のデザインとは意図が異なることが明らかだ。当たり前に思っている世界に疑いの目を向け、ありうるかもしれない世界を思考することが求められているのだ。

このような刺激的なコースで日々議論を重ねた経験が、人間の女性が人間の子供を産むという「当たり前」を覆す長谷川の作品につながったのである。

(※)アンソニー・ダン&フィオナ・レイビー『スペキュラティヴ・デザイン:問題解決から、問題提起へ。ー未来を思索するためにデザインができること』(久保田晃弘監修、千葉敏生翻訳、牛込陽介(Takram London)寄稿)BNN新社、2015

同性パートナーの間に産まれる子供

2000年代に欧米各国で同性婚が認められるようになった一方で、日本では同性婚はおろか、卵子凍結の話題も一般的ではないことに長谷川は違和感を持った。また2013年に卵子凍結についてガイドラインが示されたものの、委員会のメンバー12人中女性はわずか1人で、一般女性の意見も十分に集められていないことを知った長谷川は、当事者不在のまま物事が進むことへの怒りを覚えたという。

人口の約半数を占める女性の身体に関わる問題を一部の男性が決めている現状において、性的マイノリティーの生殖医療の議論はさらに遅れるだろうと考えた長谷川は、同性間で血のつながりのある実子をもつ可能性について考えるプロジェクト《(不)可能な子供》(2015)を制作した。

《(不)可能な子供》((Im)possible Baby)2015 インスタレーションの一部(写真)
《(不)可能な子供》((Im)possible Baby)2015 インスタレーションの一部(写真)

長谷川は、万能細胞といわれるiPS細胞を用いれば、理論上同性間の子供をつくることは可能だという考えを元に、レズビアンカップルの協力を得て彼女たちの遺伝子をもつ子供の特徴を分析し、CGによる「家族写真」を制作した。また科学者や法律家、性的マイノリティーへのインタビュー映像を併せて展示し、SNSで集めた様々な人の賛否両論の意見を壁に掲示した。

複数の親をもつ子供

さらに長谷川は、3人以上の親をもつ子供について議論する作品《シェアード・ベイビー》(2011/2019)を制作する。DNA異常の遺伝を抑制するための生殖医療「3人の親による体外受精」の試みは現実の世界で既に始まっており、2016年には3人の遺伝子をもつ子供が誕生している。

《シェアード・ベイビー》(Shared Baby)2011/2019 体外配偶子形成による4人の遺伝的親を持つ子供について説明する図表
《シェアード・ベイビー》(Shared Baby)2011/2019 体外配偶子形成による4人の遺伝的親を持つ子供について説明する図表

長谷川はゲームやロールプレイングワークショップ、インタビューなどを通して、複数の親が子供を育てることの意味と可能性を探る。ロンドンの友人に離婚家庭が多く、離婚後も交代で子供の面倒をみる父母の姿からも影響を受けたそうだ。ロールプレイングの動画では血縁主義というファンタジーをなぜ私たちは信じるのか、という問いも発せられている。

《シェアード・ベイビー》(Shared Baby)2011/2019 ロールプレイングワークショップの様子
《シェアード・ベイビー》(Shared Baby)2011/2019 ロールプレイングワークショップの様子

常識を疑い、オルタナティブな未来を想像する

長谷川は、ジェンダーや種に固定された役割や関係性を疑い、別の可能性を大胆に提示し、ありうるかもしれない未来を想像する。それは知的な作業でありながらも常に長谷川自身の身体や生活に密着した問題から派生している。パートナーの浮気をなぜ許せないのか、エイリアンのように分かり合えない人間の男よりサメとの恋愛の方がロマンチックではないか...プライベートな疑問が医療や社会問題と接続することでプランが生まれていく。「自身の中にある保守性から自分をもっと自由にしてあげるために作品を制作している部分もある」とも語る。

そんな人間味のある長谷川が実践するスペキュラティヴ・デザインの発想が日本社会にも広がるといい。年齢、ジェンダー、恋愛、結婚、家族、育児、仕事などのあらゆる面で「あるべき」形が求められ、過剰なストレスのかかる社会の「常識」を疑い、より自由な未来を想像するために。

展覧会情報

トランスレーションズ展 -「わかりあえなさ」をわかりあおう
21_21 DESIGN SIGHT(東京・六本木)
会期変更のため、最新情報はウェブサイトでご確認ください