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自分が次の「ジョージ・フロイド」になり得る 黒人男性の告白

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
ホワイトハウス周辺で抗議運動する男性。フロイドさんの事件を受け、連日ホワイトハウス周辺で抗議デモが行われた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

今から20数年前、私が米国に移住し間もない時のこと。通勤中、誤って右折車線から直進すると、突然けたたましいサイレンが鳴り、赤と青の激しい光を放つパトカーが背後についた。免許を渡すと、警官は身元確認のためパトカーに戻り、そのまま15分が経過した。仕事に遅刻すると焦った私は車を降りてパトカーへ行き、「まだですか?」と窓越しに尋ねる。すると警官は血相を変え、「車内へ戻れ!」と大声で叫んだ。過剰反応に見えるこの対応が理解できず、滑稽にさえ思えた。その夜、友人らに朝の出来事を話すと、皆口を揃えてこう言った。「撃たれなくてよかった」。そのうち一人は「あなたが黒人男性だったら、今もうここにいないはずだ」と続けた。背筋がぞっとした。

ホワイトハウスの前に盾を持って一列に並び警備態勢につく警官隊=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月2日

私にとって、今も鮮明に思い出される昔の出来事が、米国の黒人にとっては当たり前の「日常」であること。それを冷酷にも世界に知らしめたのが、ジョージ・フロイドさんの事件だった。

全米が目撃した「殺人」

「息ができない」

ミネソタ州ミネアポリスで警官に首を膝で押さえられたジョージ・フロイドさんは、かすれた声で助けを求めた。2014年、ニューヨークで白人警官により腕で首を絞められ死亡したエリック・ガーナーさんが最後に発した言葉と同じだ。その場に居合わせた女子高生が携帯電話で撮影したビデオにより、白人警官がフロイドさんを8分46秒間膝で押さえつけ窒息死させるまでの「殺人場面」を国民が目の当たりにした。

ジョージ・フロイドさんの「息ができない」という言葉が書かれたマスクをして抗議デモに参加する女性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月1日

警察による暴力を調査する団体「マッピング・ポリス・バイオレンス」によると、2013年から2019年までの7年間で、米警察に殺された人数は7666。年間平均約1100名の命が警官の手で奪われている。黒人人口が米国全体の13%に満たないことを計算に入れれば、黒人が警察に殺される割合は白人の3倍に値する。その多くのケースは、警官による過剰な暴力や銃器使用が原因だ。

フロイドさんが拘束された理由は20ドルの偽札を使用した疑いだった。フロイドさんの弟は今月10日、米議会下院の公聴会で、「黒人の命は20ドル(約2100円)の価値ですか?」と涙ながらに訴えた。

ジョージ・フロイドさんの似顔やポスターを持ち、抗議運動に参加する人たちも多く見られた=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月3日

黒人が白人警官によって暴力を受けるという事件は、後にロス暴動に発展した1991年のロドニー・キングさんの事件が有名だが、その後も全米各地で起こり続けている。これらの事件に共通するのが「システミック・レイシズム」(=制度化された人種差別)。黒人にとって不利となるシステムが社会構造に取り組まれていることを意味し、警察による暴力以外にも、教育、雇用、融資、住環境、医療保険、監獄制度といったあらゆる面で負の連鎖を引き起こす原因となっている。一方で、殺人を犯した白人警官が罪を逃れる事例が多いのも、制度や組織(この場合は警察や警察組合)によって守られているためだ。黒人が有罪判決を受け収監される確率は白人の5倍以上だ。一方で、黒人を殺した白人警官が不起訴処分になるケースは圧倒的に多い。

ホワイトハウス前のフェンスには、警官によって命を落とした犠牲者の名前が白い布切れに書かれ結ばれていた。白人警官に撃たれ死亡した18歳のマイケル・ブラウンさんや、同じく白人警官によって銃撃され死亡した12歳のタミル・ライスくんなどの名前があった=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月6日

「システミック・レイシズム」が氾濫するこの国で、「黒人として生きる」とはどういうことか。一人ひとりの環境や経験、見解を理解することが大切だと感じ、友達に話を聞くことに。すると、長年の友人たちは今まで語ることのなかった思いを打ち明けてくれた。

破裂したブドウ

グレッグ・ロウソンさん(バージニア州、経営コンサルタント、41歳)

ノースキャロライナ州のローパーという小さな町で生まれたグレッグさんは、「このことを母親は口にして欲しくないはずだが」と切り出し、自分が「セクション8」出身であると教えてくれた。

米国で「セクション8」は貧困地域にある公共住宅を意味する。だが、子供の頃は自分の家庭が貧乏と思うこともなく、黒人だけに囲まれた環境で幼少期を過ごした。10歳の時、バージニア州バージニアビーチへ引っ越して初めて多様な人種に触れる。自分とは見た目も文化も異なる白人やラテン系の生徒にカルチャーショックを覚えた。初めて人種差別を認識したのもこの頃だった。

4歳の時のグレッグさん、ノースキャロライナ州ローパー、1983年、本人提供

ある日、白人女性の先生二人が黒人の男子生徒のことを「ニガー」(黒人を指す差別表現)と呼んでいる会話が聞こえた。ショックだったが「なんとかせねば」と思い、すぐさま校長先生の元へ走る。だが、グレッグさんを失望させたのは、先生が使った言葉そのものよりも、先生が他の生徒の前で差別用語を平気で口にしたということ、それに対して学校が何もしなかったという事実だった。「自分たちを守ってくれるはずの学校という『システム』が現状維持を選んだ」、そう感じた。

高校生になると、通学バスは近所の高校を素通りし、さらに遠い学校へとグレッグさんを毎朝運んだ。黒人の割合を一定に保つ「多様性バランス」のためで、選択の余地はなかった。多様な人種を集めた学校に通っても、食堂に行けば、白人のテーブル、黒人のテーブル、アジア系のテーブルというように、人種によって自然に分かれていた。

1960年代まで続いた人種分離法や、その撤廃を目指した公民権運動について学習したのがちょうどこの頃。ある日、カフェテリアを見渡したグレッグさんは、煉瓦で頭を殴られたかのような衝撃を受ける。「まるで本で読んだ60年代の光景に似ている。差別は過去のものでない。今も起きている!」

「撃たないで」と叫びながらホワイトハウス周辺を行進する抗議デモの参加者たち=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月2 日

憤りはそこから始まり、後に怒りへと変わる。裕福な家庭に生まれた白人は生まれながらに「特権」を持ち、貧困家庭に生まれた黒人が同じ「特権」を手にするのは不可能に近いからだ。幼い頃は当たり前だと思っていた住環境は「レッドライニング」(金融機関が低所得の黒人が居住する地域を融資リスクが高いとして赤線で囲み、融資対象から除外すること)によるものだったことを知る。一方で、白人のクラスメートたちは、この頃高級車で学校に通い始めていた。

シングルマザーの母親に育てられたグレッグさんは、父親がいない黒人家庭が多い理由をこう語る。犯罪率が上昇した90年代、警察の過剰な取り締まりは黒人コミュニティーを不当に攻撃し、多くの黒人男性が非人道的な扱いを受け、殺され、人種のバランスを欠いた大量投獄が始まった。出所後は職につけず、ホームレスになったり、精神疾患を伴った人が増加したりした。だが、そのような人を支援する組織もなかった。

これはまさに『システミック・レイシズム』(=制度化された人種差別)の副産物であり、社会的弱者に不利になるよう最初から仕組まれている。

大学では奨学金がもらえる予備役将校訓練課程を専攻した。卒業後陸軍に入ったグレッグさんはイラク戦争へ派遣される。「イラクの自由作戦」の名の下に、米国主体の有志連合がイラクへ侵攻したことで始まった軍事介入のためだ。

陸軍時代、イラクへ派遣されたグレッグさん=イラク、ニネヴェ、2004年、本人提供

イラクでは軍人として、自分の意思に反することをしなければならない場面も少なくなかった。その時に経験した「敵」に向き合う心理状態は、警察の暴力に通じるものがあった。「敵」を見れば攻撃し、殺してもかまわない。白人警官の「敵」はまさに黒人だ。警官がまるで戦場の兵士のように振る舞うこのメンタリティーが変わらない限り、何も変わらない……

今はそれなりの収入もあり、安定した生活を送っている。それでも一番の恐怖は、自分が次の「ジョージ・フロイド」になり得るということだ。社会的地位も実績も収入も、全て関係ない。身長186センチ、体重100キロの黒人男性というだけで、フロイドさんに起こったことがいつでも自分の身に起こり得る。この事実が一番恐ろしい。

最近起こった一連の事件は、新しい現象ではない。グレッグさんは現状をブドウに例えてこう語った。「指でつまんだ一粒のブドウを想像して下さい。力を入れて圧迫し続ければ果汁が出てきて、最後には破裂するでしょう?」

「僕の友達を殺すのをやめて下さい」と書かれたプラカードを持ち、「ブラック・ライブス・マター(黒人の命も大切だ)・プラザ」で抗議運動をする男性=ワシントン、ランハム裕子撮影、2020年6月2日

警察による抑圧や暴力行為は何十年にも渡り行われてきた。でも今、携帯電話の普及により撮影、記録され、ソーシャルメディアにより拡散されることで世界中に暴力行為がさらされるようになった。それを見た多くの人が不正な「システム」に立ち向かっている。人種、年齢、国境の枠を超えて人々が一丸となり、米国の一部ではなく全米、そして世界中で、まるでブドウが破裂したように抗議運動が行われているのは、過去と異なる現象だ。アメリカの歴史を理解すればするほど、この国が特定のグループに力を与えないという理念の元に形成されたことが明らかになる。その中で「サバイバル」する私たちが、現状維持を選んではいけない。正しくないものは「正しくない」と言わなければならない。それがこの抗議運動だ。私たちは今、分岐点に立っている……

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