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理想を語ったあの運動家は、実は周到な戦略家だった

ことばで見る政治の世界
選挙で投票する権利を求めて行進していたアフリカ系アメリカ人が白人の警察隊から暴行を受けた「血の日曜日」から50年。現場となった米アラバマ州セルマの橋に向けて人々とともにオバマ大統領が行進した (Doug Mills/The New York Times)(2015年3月7日撮影)
選挙で投票する権利を求めて行進していたアフリカ系アメリカ人が白人の警察隊から暴行を受けた「血の日曜日」から50年。現場となった米アラバマ州セルマの橋に向けて人々とともにオバマ大統領が行進した (Doug Mills/The New York Times)(2015年3月7日撮影)

今年はアメリカの黒人指導者キング牧師が亡くなってから50年になる。「私には夢がある」という演説で有名なキングは、理想主義者のイメージが強いが、実は現実を見抜く鋭い政治感覚の持ち主でもあった。

キングが狙撃された4月4日、アメリカでは様々な記念行事が開かれた。取材で出張中だった機会を生かして、首都ワシントンにオープンしてまもないアフリカ系アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館を見学し、新しい研究書をひもといた。キングと彼の率いた公民権運動について改めて学んだことを記しておこう。

言葉で読む政治_私には夢がある_1
マーティン・ルーサー・キング牧師 (Allyn Baum/The New York Times)

「私には夢がある。いつの日か、私の4人の子供たちが、肌の色でなく、人格によって判断される国に生きるという夢である」。1963年のワシントン大行進における彼の演説を聞くと、そこに浮かぶのは崇高な宗教家の姿である。

しかし、運動の指導者としてのキングは、周到な作戦を練る戦略家の顔をもっていた。そもそも、キングがインド独立の父ガンジーから学んだ「非暴力抵抗主義」とは、実態においてはかなり危険なものだったのだ。

たとえば、すわり込みという戦術がある。白人専用の食堂カウンターにすわり込み、どんな暴力を振るわれても抵抗はしない。しかし、すわり込み自体が、南部に残っていた隔離政策の現実を実力で打ち壊す行為である。そして白人側の暴力を誘発し、その暴力の場面をカメラに撮らせる狙いもあった。

キング自身も自著で「争点を無視できないような状況を、劇的に提示してみせる」「自由は決して抑圧者から自発的に与えられるものではない」と語っている。

当時の有名な映像に、警察がデモ隊に警察犬をしかけたり、高圧放水を浴びせたりするシーンがある。デモには10代の少年少女も参加していた。彼らは次々に逮捕され、警察車両に放り込まれた。子供たちを動員することは、ひとりの活動家の提案だった。キングは、親の同意を得ること、デモ行進には大人も加わることを条件に同意した。(黒崎真「マーティン。ルーサー・キング 非暴力の闘士」岩波新書)。白人警官の暴力と黒人の子供たちという図式は、映像でアメリカ全土そして世界へと伝えられた。人種差別の実態を伝え、公民権法制定への大きな弾みとなった。

キングが信仰するキリスト教の聖書には次のような言葉がある。「蛇のように賢く、ハトのように素直であれ」(新約聖書「マタイによる福音書」)。

イエスは弟子を伝道に送り出すことを「羊をおおかみの中に送るようなものである」とたとえた。迫害者が迫る中で、いたずらに犠牲になってはいけない、あらゆる知恵を使えと言っているのである。キング牧師の非暴力抵抗運動にもまた、この「蛇の賢さとハトの素直さ」があったといえる。

政治の問題を考えるとき、わたしたちは、とかく現実と理想の対立構造でものごとを考えがちだ。だが、理想を叫ぶだけでは現実は動かない。また、強固に見える現実も人々のあきらめや惰性に支えられているだけなのかもしれない。現実主義に裏打ちされた理想主義が世の中を動かすことがある。歴史の針を進めるために、キングから学ぶべきことは多い。

 30年、政治を見てきて思うこと

日本でも世界でも政治の劣化が言われています。手続きの民主主義は無視され、排外的なナショナリズムやポピュリズムがはびこっています。政党政治や議会制が機能してないと言われていますが、30年間にわたって政治を見てきたジャーナリストの私には、そもそも政治の場での議論が混乱していることが根本原因のように思えます。政治空間はいつのまにか、スローガンの浴びせ合いや陳腐な決まり文句を使い回す場になってしまいました。迂遠に思えるかもしれませんが、政治の世界で語られる言葉を吟味し直してみませんか。言葉を手がかりに政治を考えるコラムを始めます。原則隔週末にお届けします。