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マイナンバーで大混乱 国民管理を優先する政府が繰り返す失敗

小笠原みどりの「データと監視と私」 更新日: 公開日:
サーバーダウンでマイナンバーの暗証番号の再設定手続きができないことを透明のビニールシート越しに伝える区役所の職員=2020年5月11日午後、大阪市中央区、細川卓撮影

新型コロナウィルスによって打撃を受ける生活への支援のため、政府は10万円の現金支給を決めたが、このオンライン申請にマイナンバー・カードを必須としたため、自治体窓口などで大混乱が起きている。カードを申し込む人々が急増して、役所で長時間の過密状態がつくり出されただけでなく、電子認証にカードリーダーやアプリも必要で、申請時に暗証番号を5回間違えると手続きができなくなる、1人で複数回の申請ができるといった問題が次々起きている。そもそも政府はなぜ、人々が一刻も早い助けを必要としている時に、16%しか普及していないマイナンバー・カードを求めたのか。その背景には、政府がしがみつく「国民身分証をみんなが持ち歩く国へ」という夢がある。

コロナ危機をカード普及に利用する本末転倒

マイナンバー制度は2013年に法案が可決され、15年から日本で住民登録している赤ちゃんからお年寄り、外国籍の人々にまで、12桁の番号が振られ始めた。番号に様々な個人情報をひも付けして民間利用の拡大を図り、「世界最高水準のIT社会の実現」するという位置づけだが、なぜ必要なのか、理由は明確にされなかった。

国家が個人に一元的に付番して情報を集める制度は、日本では歴史的に「国民総背番号制度」と呼ばれてきた。2002年に始まった住民基本台帳ネットワークが初めての総背番号制といえるが、住基ネットへの世論の反対は強く、政府が望むような民間情報とのひも付けはできなかった(詳しくは次週)。住基ネットの時も、政府は必要性を説明できないまま、あいまいな「国民の利便性」と「行政の効率化」を叫んでいた。

16年にはICチップ(集積回路)入りのマイナンバー・カードの発行が始まり、政府は身分証明書として持つ人を増やそうと様々な推進策を図ってきた。が、必要とする人は圧倒的に少なかった。いら立つ安倍政権は19年、カードを健康保険証として使えるようにする健康保険法改定案、カードを使った行政手続きを増やす「デジタル・ファースト」法案、さらに戸籍とマイナンバーをつなげる戸籍法改定案を立て続けに通し、人々がカードを持たざるをえないように外堀を埋めてきた。23年までに、ほとんどの住民にカードを持たせる、というのが政府の目標だ。

そこへ、コロナ危機。一人一律10万円の支給が決まると、政府は郵送申請とオンライン申請の2通りを設け、オンラインの方が早いと宣伝しつつ、マイナンバー・カードで電子認証しなければならない仕組みにした。その結果、人々がカードを申し込みに自治体の窓口に殺到。悲鳴をあげた自治体は、郵送申請の方が早いと呼びかけたり、カード申請を停止したりしている。カードを普及させたいという政府の不純な思惑が「国民の不便性」と「行政の不効率化」をさらけ出したわけだ。

杉並区役所のマイナンバーカードの窓口。通常よりも窓口を増やして対応しているという=2020年5月13日午後、東京都杉並区、内田光撮影

速い対応にカードは不要

オンライン申請に、カードは必ずしも必要でなかったはずだ。なぜなら、コロナ対策として失業・休業手当などを出している国は数多いが、申請にカードやカードリーダーが必要というヘンテコな国は聞いたことがない。

私が住んでいるカナダでも、政府が早々に失業・休業した人々への財政支出を決めた。カナダの外出制限は日本より徹底しているので、役所は閉まっているし、ほとんどの人が自宅からオンライン申請したはずだ。が、カードなど使わず、手当はすぐに指定した銀行口座に振り込まれている。緊急事態宣言して「ステイ・ホーム」を呼びかけている政府が、役所に来なければならない用事をつくり出すなんて、信じがたい話だ。本当にコロナ感染を防ぐつもりがあるのだろうか。

しかし、懲りないマイナンバー推進派は、失敗をマイナンバー・カード普及率の低さのせいにして、もっとマイナンバーを推進するという。自民党は、今年度の補正予算案に向けて「欧米諸国などが納税者番号制度などに基づき把握した個人口座に迅速に現金給付を行った例を参考に、今後の新たな給付も想定してマイナンバー活用策」を考え、銀行口座とマイナンバーのひも付けを義務化すると言い出した。だが、これは大きな勘違いだ。

マイナンバーと納税者番号の違い

確かに、納税者番号を採用している国々はある。それぞれに制度も政治文化も違うので一概に言えないが、カナダには社会保険番号(SIN)という一種の納税者番号があり、雇用や税金の還付の際に取得を求められる。しかし、この番号によって国が個人の銀行口座をすべて自動的に把握しているわけではない。税金の還付のために、国税局にすでに振込先を登録している人もいるし、そうでない人もいる。還付金を受け取るのに、新しい振込先を指定する人もいるし、小切手を郵送で受け取る人もいる。要するに、個々の申請の際に申請者が判断することで、国があらかじめ把握しているから速いのではない。

マイナンバーと納税者番号はよく同一視されるが、マイナンバーがすべての個人情報のひも付けを目標としているのに対し、納税者番号は税と社会保障(年金や育児支援など)に分野が限定されている。マイナンバーが、赤ちゃんの出生届けと同時に付けられるのに対し、納税者番号は収入を得るために取得し、番号が変わることもあれば、一人が複数回取得することもある。

つまり、マイナンバー制度は学歴、病歴、収入、財産、家族関係まで、人の生活を生涯にわたって把握しようとする点で、人間を監視しようとする性格がずっと強い。その最たる部分が、マイナンバー・カードだ。なぜなら、国民身分証というものは歴史的に、警察などが人々を呼び止め、どこの誰か、行先や目的を尋ね、動きを知るため、人々を排除するため、または動員するために使われてきたからだ。政府がはっきりさせられない番号制の理由には、この治安と管理の目的が隠れている。

オンライン申請で受け付けた内容を確認する区職員。新型コロナウイルスへの感染を防ぐため、席の前後や隣を空けて作業していた=2020年5月19日、東京都世田谷区、国米あなんだ撮影

カードは時代に逆行

カナダはほとんどの行政事務をオンライン化しているが、SINがいつも求められるわけではないし、SINカードも国民身分証もない。私が初めてカナダに来た15年前にはプラスチックのSINカードがあったが、廃止された。個人情報の保護のためだ。

アメリカにも、よく似た社会保障番号(SSN)があるが、SSNを使った他人への成りすましや詐欺がずっと社会問題になっている。つまり、納税者番号であっても流出や悪用のケースは免れない。マイナンバーとなれば、病歴などセンシティブな情報にもひも付けされるのだから、その危険性はさらに拡大するのだ。

マイナンバー・カードは明らかに、個人情報保護という時代の求めに逆行している。政府が人々に身分証を持たせるため、コロナ危機を利用したことは倫理的にも許されない。人々の鼻先に10万円をぶら下げ、感染の危険を冒させてまでカードの普及率を上げ、電子認証の大実験をしたわけだ(この政権が「火事場泥棒」なのは、検察庁法改正案や緊急事態条項改憲案だけではない)。ここまで自分たちの都合を優先させる政府の、コロナ対策全般への不信がわく。私に言わせれば、各国政府が迅速にやれたことをなぜ日本政府ができなかったのかは、手段の問題ではない。困っている人を助けようという気持ちが薄いから、税金は住民(主権者)が払ったもので、住民が必要なことに使わねばならないという意識が欠落しているからだ。

だからオンライン申請を断念した人は、がっかりしないでほしい。あなたはマイナンバー制度のウソを身をもって体験したのだから、もうだまされない(でほしい)。悲しいことに、番号制度にまつわる失敗は過去40年、日本で繰り返されてきたのだ。次回はその歴史に踏み込み、全員が身分証を持ち歩く社会が何を意味するのかに迫ろう。