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スパイウェアに狙われるジャーナリスト 不都合な真実の消去に協力する企業

小笠原みどりの「データと監視と私」
ミネアポリス警察の拘束によるジョージ・フロイドさんの死に対して続くデモを取材するニューヨークタイムズのフォトジャーナリスト、ビクター・J・ブルー氏=2020年5月30日、ミネソタ州ミネアポリス、ロイター

2020年は新型コロナウィルスが世界中を混乱に陥れるとともに、人々のいのちが極端に不平等に扱われていることが明白になった年だった。緊急事態宣言をはじめとする政府のコロナ感染防止策に、多くの人が家にこもって行動を制限したが、その間にもPCR検査が受けられる人・受けられない人、入院できる人・できない人、お金を儲ける人・仕事を失う人、パーティが開ける人・食料にもこと欠く人…の差は刻々と開き続けている。パンデミックの下で、人種差別と警察の暴力をただそうとする世界的な運動が巻き起こったのは、ウィルスだけでなく差別によっていのちを奪われる人たちが増え続けているからだろう。

コロナ下で攻撃されるメッセンジャーたち

長年放置されてきた、こうした制度的差別の問題は、特権を行使してきた人たちにとっては「不都合な真実」だ。どこの国でも、政府は人々に腐敗を知られたくない。だから20年は、政府とジャーナリズムの緊張関係が高まった年でもあった。

アメリカの「報道の自由財団」(本部・サンフランシスコ)は、国内で少なくとも117人の記者たちが仕事中に逮捕されたと発表した。この数字は前年と比べて、なんと12倍。それもブラック・ライブズ・マターなど反差別運動が拡大した5月の最終週1週間だけで、過去3年分の逮捕者に匹敵する人数が報道現場で手錠をかけられた。3割以上が逮捕時に殴打されるなど、警察から暴力をふるわれてもいるという。報道の自由、表現の自由を国是としてきた民主主義国で、である。

また「国境なき記者団」(本部・パリ)は、20年はコロナで多くのジャーナリストたちが現場に足を運べなかったにもかかわらず、前年とほぼ同数の50人が殺害された、と発表した。従来、ジャーナリストにとって最も危険な現場は戦場・紛争地だが、20年は紛争のない地域で殺害された記者が3分の2を占めた。このうち7人は政府への抗議活動を報道していて殺された。パンデミックで露呈した政治の不平等と無責任を伝えようとするメッセンジャーたちは、特権階級から狙い撃ちされている。

報道機関のメールを収集

国家は以前から情報を管理しようとしてきたが、近年は報道機関のメールを盗み見たり、記者の携帯電話にスパイウェアを忍び込ませたりと、目に見えない技術を駆使して、不都合な真実を封じ込めようとしていることが明らかになってきた。

2013年、アメリカの国家安全保障局(NSA)が世界中の通信網のなかに監視装置を忍び込ませて人々のメールやチャット、通話を大量コピーしていることを、NSA元契約職員のエドワード・スノーデンが告発したが、スノーデン・ファイルは報道機関が集中的な監視の対象になっていることも暴いた。NSAと最も深い協力関係にあるイギリスの諜報機関GCHQが、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、BBC、ロイター、ルモンドなど世界的な報道機関の記者や編集者たちがやり取りするメールを大量収集していたのをガーディアンが特報したのだ。その理由として、GCHQが調査報道ジャーナリストたちを「テロリスト」や「ハッカー」と同列の「安全保障上の脅威」と位置づけて敵視していることも明らかになった。スノーデンは「日本の報道機関も監視対象になっているのか」という私の問いに、「日本だけが例外ということはあり得ない」と答えている。

国家の敵にされたのは、報道機関だけではない。GCHQはアムネスティ・インターナショナルなどの人権擁護団体、市民団体、労働組合など、民主主義に不可欠なグループの内部でやり取りされる通信もスパイしていた。個人データを集めるだけでなく、SNS上でメンバーの信用を貶めるような偽情報を流して、組織の分断や解体を図る悪辣な情報操作まで実行していた。

となると、諜報機関の言う「安全保障」とは、誰にとっての安全なのか?

スパイウエアで行動を予測し殺害

2018年10月、ワシントン・ポストのコラムニストでもあったジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコ・イスタンブールのサウジアラビア領事館で殺害された事件を覚えている人は多いだろう。婚姻手続きという、ごく私的な用事のために領事館を訪れたカショギ氏が、本国から来て待ち伏せしていた政府の殺人部隊にとらえられて殺され、切り刻まれた遺体は未だ発見されていないこと、殺人部隊はカショギ氏の替え玉を用意して氏が領事館を立ち去ったかのように監視カメラで撮影していたこと、そして、この残酷な企てがカショギ氏の批判していたサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の承認ぬきには実行しえなかったことなどが、トルコの捜査機関や米メディアによって世界中で伝えられた(ニューヨーク・タイムズの秀逸なビデオはこちら)。

イスタンブールのサウジアラビア総領事館でジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害されて1年となるのに合わせ、ジャーナリスト保護委員会や報道の自由のために活動する人たちが在米サウジアラビア大使館前でろうそく集会を開いた=2019年10月2日、ワシントン、ロイター

だが、カショギ氏殺害計画のために、氏の友人の携帯電話に恐るべきスパイウェアが仕込まれていたことは、あまり知られていない。カショギ氏の友人で、やはりサウジ政府の腐敗と抑圧的政策をSNS上で発信していたオマー・アブドゥラジズさんは、カナダのモントリオールに拠点を置く。2人が携帯アプリWhatsAppを使って非公開で、今後のSNS上での活動を相談していた18年6月、アブドゥラジズさんの携帯に宅配便の追跡リンクが送られてきた。これが、携帯電話の情報を読み取って送信するスパイウェアだったことを、トロント大学の研究機関シティズン・ラボが後に突きとめた。

アブドゥラジズさんはこの頃、サウジ政府から「本国へ戻ってくるように」という執拗な働きかけを受けていた。オタワのサウジ大使館での話し合いや、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子との面会も提案された。が、アブドゥラジズさんが断ると、サウジ国内の家族は真夜中に家宅捜索を受け、逮捕され、投獄された。カショギ氏殺害の前から、サウジ諜報機関によって広範な言論弾圧計画が実行されていたのだ。

そして世界を驚かせたのは、アブドゥラジズさんの携帯情報を盗み、カショギ氏の動向をサウジ政府に密告していた、この陰湿なスパイウェア「ペガサス」を、イスラエルの技術会社NSOが製作していたことだった。サウジとイスラエルは国交がなく、両政府は敵対関係にあるが、サウジ政府はイスラエル企業から最新監視ツールを購入して、国内の反対者たちを弾圧していたのだった。不都合な声を消すためなら、敵も味方ということだろうか。ペガサスはカショギ氏だけでなく、メキシコやイギリス、モロッコ、アラブ首長国連邦などにいるジャーナリストや人権活動家の携帯電話をハッキングし、少なくとも46ヵ国で使用されてきたことも判明した。

まさに世界規模での言論弾圧に暗躍するスパイウェア。こんな商売が許されるのだろうか。NSOに対する訴訟が各地で始まった。(次回に続く)