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監視資本主義とはなにか 「スーパーシティ 」の内実を暴く

小笠原みどりの「データと監視と私」

2019年の発売以来、難解ともいえる学術本なのに、アメリカのメディアで高い注目を浴び続けている本がある。その名を『監視資本主義の時代』(原題:The Age of Surveillance Capitalism )。著者は、ハーバード大学ビジネス・スクールのショシャナ・ズボフ名誉教授。704ページの大著は、まだ日本語に翻訳されていない。が、携帯電話やパソコンを通じたデジタルな監視活動を、ズバリ資本主義の仕組みと結びつけた「監視資本主義」という言葉は、学術用語の範囲を超えて、世界規模で人々の考え方に変化を促している。

人間を操るためのデータ収集

監視資本主義とは、企業が個人情報を収集することで、消費者の行動を個別に分析し、予測し、変容させ、利益を上げる仕組みを指す。個人情報の収集は現在、私たちがインターネットにアクセスする度にほとんど自動的に生じている。

ズボフ教授は、特に米IT大手企業グーグルに焦点を当てる。例えばグーグルで何を検索したか、グーグルの管理するGmailで誰に何回、どんなメッセージを送ったかなどのデータから、私たちの興味や関心、人間関係がわかる。グーグルはこうして大量に抽出したデータを他の企業に売って、企業が私たち一人ひとりに狙いを定めたターゲット広告を打つことを可能にしてきた。だから個人情報によって収益を上げる仕組みは、IT企業だけでなく、他の小売業やサービス業を含む市場全体に及び、実際のところ、日本でも多くの企業が「21世紀の石油」とばかりに個人情報集めに躍起になっている。

グーグルは便利だし、何を検索しているか、メールに何を書いているか見られても別に構わない、と感じる人もいるかもしれない。が、企業があなたの仕事や週末の行動パターンを探るだけでなく、秘密や弱みや悩みにつけ込み、不安を煽ってダイエット商品を買わせたり、興奮を誘ってゲーム中毒にさせたりしているとしたら、どうだろうか。それは本当にあなたの選択、あなたの意志と言えるだろうか? 私たち自身の望みや思考はどこへ行ってしまうのだろうか? 私たちは感じなくてもいい不安や、しなくてもいい出費に振り回されることになる。

監視資本主義は、私たちを操り人形のように操ることを最終目標にしている。「私たちがグーグルを検索していると思っていたら、実はグーグルの方が私たちを検索していたのです」とズボフ教授は語る。オバマ前米大統領まで薦めるこの本は、人間のごく私的な体験が行動データに変換され、企業のカネもうけに従属させられることに、強い警鐘を鳴らしている。

スマート・シティは監視資本主義の理想郷

今回、監視資本主義を取り上げるのは、前回紹介した「スマート・シティ」が監視資本主義が求める究極の生活環境といえるからだ。

携帯電話の位置情報によって、街中の人々がいつどこにいるかが分かり、家の中ではインターネットに接続する家電、街頭では監視カメラやドローンが、一人ひとりの行動を24時間、企業に送信してくれる。パソコンの画面を通しての遠隔医療や遠隔授業も、これまで病院の診察室や学校の教室の壁に守られて、けっしてアクセスできなかった健康情報や学習活動についてのデータを集められるようにしてくれる。個人の生活の隅の隅にまで入り込んで、ありとあらゆる商品の売り込みをかけることができるのだ。

カナダのトロントで市民の抵抗にあい、頓挫したスマート・シティも、日本版の「スーパーシティ」計画も、表向きは行政・自治体が取り仕切っている。行政は「AIやビッグデータを活用して地域の問題を解決します」とは宣伝するが、そのAIやビッグデータが一人ひとりを特定できる個人情報を含んでいることは言わない。だが、監視資本主義という経済の仕組みを知れば、なぜこの計画が地域住民の声ではなく、経済界の要望を優先する国からのトップダウンで登場したのかがよくわかる。

「技術には逆らえない」のか

でも、スマホやグーグルは便利だし、監視資本主義なんていう大きな仕組みを変えられるなんて思わない…というため息も聞こえてきそうだ。私がデータ監視をテーマに講演すると、必ずそういう質問が出るし、その気持ちはよくわかる。けれど、この無力感にこそ、私が『監視資本主義の時代』の著者を紹介したいと思ったもう一つの理由がある。

私はショシャナ・ズボフがこの本を執筆中の2017年、彼女に会った。私が大学院生活を送ったカナダ・クイーンズ大学の招きで、3回の講義をしに来たズボフさんは、トロントのスマート・シティ計画も題材にして熱く議論を展開した。

データ監視と経済についての研究は、彼女が初めてではない。少なくとも過去20年、多くの監視研究者たちが経済学的な視点から同じことを指摘し、論文を積み重ねてきた。新しかったのは、「監視資本主義」という大胆なコンセプトと、ハーバード・ビジネス・スクール教授のみなぎる自信だった。彼女は一般向けの講演をこう締めくくった。

「技術に抵抗できないという思い込みは、新自由主義が生み出したウィルスでしかありません。すでに多くの人々が監視をやめさせたいと思っています。必要なのは集団的な取り組みです」

そう、技術も人がつくったものである以上、止めることも、変えることもできるはずだ。現に欧州では一般データ保護規則(GDPR)ができ、本人の同意を得ないデータ利用に罰金が課されるようになった。第7回で紹介したように、アメリカの自治体では顔認証システムの禁止が進んでいる。それに対して、日本には個人データを違法に使用した企業への罰則もなければ、個人情報保護委員会の性格も企業寄りで、プライバシーを侵害された個人へのセーフティネットはないに等しい。

もし、あなたの街にスーパーシティ計画 がやって来たら、まず自治体に聞くべきは、個人データをどう扱うかだ。トロント市民がしたように、プライバシーの専門家を巻き込んで、データの仕組みを徹底的に明らかにし、具体的な危険性を他の市民にも伝える。同時に、住民を監視資本主義のエサにするような技術は禁止し、計画の中止や個人情報保護法・条例の強化を要求することができる。菅政権が打ち出したデジタル庁も、IT業界が湧き立っている分だけ「デジタル監視庁」になる可能性があり、個人データを守る集団的な取り組みが必要だ。

ズボフさんの決め台詞は「This is not OK!」(これはダメでしょ!)。ハーバード・ビジネス・スクール教授になったつもりで、言ってみよう。無力感も遠のく。彼女の自信は学問に裏付けられているのだが、その所産である「監視資本主義」という認識をあなたはもう共有している。3年前はまだ大胆に聞こえたが、今では多くの人の常識に近づいた言葉が、味方してくれるはずだ。