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ジャーナリズムが標的に 欧米にも拡散

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
米メリーランド州アナポリスの新聞社「キャピタル・ガゼット」の事務所脇に花を供える女性=2018年6月29日、Al Drago/©2018 The New York Times

スロバキアで、記者が婚約者と自室にいるところを銃撃され、死亡した。米メリーランド州では新聞社が標的にされ、記者ら5人が銃で殺された。トルコでは、1人の記者がサウジアラビア総領事館に歩いて入ったまま、戻ってこなかった――。

2018年はジャーナリストにとっては耐え難い年になった、と関係者は憂える。民主主義国家では、報道の自由は市民社会に不可欠の要素とみなされているのに、ジャーナリストを狙った銃撃事件が起きている。

「米国でジャーナリストが殺されるなんて、まずあり得ない」。国際的な非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」(本部・ニューヨーク)の権利擁護ディレクター、コートニー・ラッズチは言った。「西側世界は報道の自由の砦(とりで)でもある。だが、今や東側世界と同じようにジャーナリストが殺され、それと並行するように報道を敵視する発言が相次いでいる」

同委員会によると、2018年10月11日現在、世界では少なくとも43人のジャーナリストが報道に絡んで殺されている。17年より速いペースで増え、これ以外に動機がはっきりしていないケースが17件も起きている。
「ここ数年間、ジャーナリストの殺害事件は史上最多を更新している」とラッズチ。

同委員会は毎年ジャーナリストの死を調べ、記録している。過去10年間のうち死者が70人を超えたのは4年間(訳注=9、12、13、15の各年)で、その多くは戦争取材で戦闘に巻き込まれたケースだった。だが、今年の数字にはこれまでとは違う新たな、深刻な傾向が出ている、とラッズチ。

彼女は言った。「ジャーナリストとジャーナリズムを狙った攻撃が増えている。言うまでもなく、報道は民主主義と人権の基盤にとって重要なのに、世界中でその土台が攻撃されている」

メディア規制の監視や記者の保護を目的とするNGO「国境なき記者団」(本部・パリ)が数えたジャーナリストの殺害件数は、同委員会の数字よりやや多く、報道に絡んで殺されたジャーナリストは、18年9月末現在で17年の年間合計より多いという。

紛争地域や犯罪の多発地帯でジャーナリストが危機にさらされることは周知の事実だ。一例を挙げれば、アフガニスタンでは18年、すでに12人のジャーナリストが死んでいる。ジャーナリストにとって長い間危険地帯となっているメキシコでは、少なくとも6人が殺されている。

しかし今日では、米国や欧州でもジャーナリストが標的にされるようになった。米国ではメリーランド州アナポリスの新聞社「キャピタル・ガゼット」が銃撃され、記者ら5人が死亡した。こうした事件が重なって、同国は18年、ジャーナリストの犠牲者が世界で3番目に多い国になっている。

「今は、以前よりも多くの国でこうした犯罪を許すような風潮がある」と、国境なき記者団北米支部ディレクターのマルゴー・ユーワン。「(著名なジャーナリストである)ジャマル・カショギのような人に何が起きたのか。もしこれまでの報道が正しければ、どんな人物でも堂々と消されてしまうことになる」とユーワンは言った。

サウジアラビアの反体制派の記者で、米国に自主亡命していたカショギは18年10月2日、トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館に歩いて入った。トルコ側当局者によると、サウジ王室の高官の命令で暗殺されたとみられている。
ユーワンは言った。「もしこうした情報が正しければ、今回の事件はジャーナリストたちを黙らせようと思ったら永久にどこか密室に閉じ込めておくか、暗殺してしまえばいいと考える風潮が非常に強まってきていることの証しだ」

イスタンブールのサウジ総領事館前で、カショギ氏の写真を掲げて抗議する同氏の友人たち=2018年10月25日、ロイター

ジャーナリスト保護委員会によると、ジャーナリストが殺された事件では、10件のうち9件が裁判にかけられることすらない。ただカショギの事件は人権団体や米国議会から怒りの声が上がっており、多くの人々が説明責任を求めている。

「恐ろしい状況だ。ジャマル・カショギは殺害されたとみられる。真犯人は誰なのか、国際社会はあらゆる方法で真相究明に乗り出す必要がある」と米国外国人記者協会事務局長ターノス・ディマディスは言った。

言論機関を敵視するような発言がジャーナリストを狙った殺害事件の増加に直接結びついているわけではない。しかし、こうした事件を生み出す環境を作っている、と専門家は指摘する。

ジャーナリスト保護委員会のラッズチは「『国民の敵』、あるいは『フェイクニュース』、あるいは『何らかの形で権力者を批判しているもの』として報道機関が攻撃されている。こうしたレトリックが報道にからんで発せられると記者を不安な状況に追いやる」と説明した。

国境なき記者団が毎年発表している「報道の自由度ランキング」で、米国はランクを二つ下げた(訳注=17年の43位から18年45位に)。理由の一つは大統領ドナルド・トランプが報道機関を「国民の敵」と呼んで敵視したことにある。

殺害された女性ジャーナリスト、ビクトリア・マリノバの死を悼み、ブルガリアのルセでは多くのろうそくがともされた=2018年10月8日、ロイター

ブルガリアでは10月、欧州連合(EU)の開発資金に絡む不正疑惑を地元テレビのニュース番組で取り上げてきた女性ジャーナリスト、ビクトリア・マリノバが性的暴行を受けて殺害され、一気に危機感が高まった。ブルガリア当局はマリノバの仕事に絡んだ事件というより偶発的な事故だったと発表したが、ジャーナリスト仲間たちは信じていない。国境なき記者団は、事件の徹底的な調査と、不正疑惑に関する調査報道でマリノバと一緒に取材していたジャーナリストに警察の保護を求める声明を出した。

マリノバの死に関する調査結果がどのようなものであれ、事件は凄惨(せいさん)な記憶として、とりわけ女性の脳裏に強く刻まれる。彼女たちが直面する脅威には性的暴行をも含まれるのだ。(抄訳)

(Megan Specia)©2018 The New York Times

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