昨年、世界の注目を浴びた韓国映画二作品を挙げるなら、「パラサイト 半地下の家族」と「はちどり」だろう。「はちどり」はベルリン国際映画祭をはじめ韓国内外で多数受賞し、日本でも4月に公開される予定だ。公開に先駆け、3月、大阪アジアン映画祭で上映された。
「はちどり」の背景は、1994年。キム・ボラ監督は当時中学生だった。主人公のウニ(パク・ジフ)も中学生。映画には監督自身の体験も多く反映されているという。
94年といえば、私が初めて韓国を訪れた年でもある。家族旅行だったが、短い滞在中に北朝鮮の金日成主席が亡くなった。小学校6年生だった私は、新聞の大きな見出しと、母の驚く顔を見て、何か大変なことらしいと感じた。実際、いつ戦争になるか分からないという緊張感が韓国内に走り、缶詰やインスタント食品の買いだめ、品切れが起こったという。そんな不穏な空気の漂う年だった。
映画の中で、金日成主席死去のニュースは、テレビ画面を通して伝えられる。ウニが手術のため入院中の病院のテレビだ。患者たちは「大変なことになった」と騒ぎだすが、ウニはむしろ普段よりも明るい表情だ。ウニにとっては不仲の両親や暴力を振るう兄がいる家よりも、むしろ病院の方が居心地がいい。
家族の描き方には女性監督ならではの繊細さを感じた。例えばウニの父と兄が泣くシーン。それぞれ別のタイミングだったが、重なって見えるのは、妻や娘、妹に普段高圧的な人が、家族を心配して涙を流すという相反する態度が共通していたからだろう。そんな矛盾だらけの世界をもがきながら生きるウニ。
金日成主席死去とは対照的に、同じ年の10月に起こった橋の崩落事故は、ウニに大きな衝撃をもたらす。ソウルの聖水(ソンス)大橋崩落事故。日本でも大きく報じられた。橋の一部がすっぽり漢江(ハンガン)に落ちた映像は忘れられない。32人が死亡、17人が重軽傷を負う事故だった。
時代を象徴する事故でもあった。韓国の急速な経済発展は「漢江の奇跡」とも呼ばれた。その漢江にかかる聖水大橋が崩落したのは、施工時の手抜き工事が原因だったとされる。この翌年にはソウルの三豊(サンプン)百貨店が崩壊し、502人死亡、937人重軽傷、6人が行方不明となる甚大な被害をもたらした。
経済を最優先にした人命軽視と、家庭内での暴力は、どこかでつながっているようにも感じる。
「はちどり」は、一人の中学生の視点で、聖水大橋崩落事故のあった94年が描かれた映画といえる。事故の与えるインパクトは大きいが、映画の大半は、ウニの日常だ。家族や友達、恋人との関係に悩むウニにとって救いとなるのは、漢文の塾の先生ヨンジ(キム・セビョク)。ウニを子ども扱いすることなく、対等な目線で話し相手になってくれる。ヨンジの言葉は、ウニを一回り成長させる。
近年、韓国では女性監督と女優の活躍が目立つ。大阪アジアン映画祭では、「はちどり」のほか、「チャンシルは福も多いね」(キム・チョヒ監督)、「家に帰る道」(パク・ソンジュ監督)、「君の誕生日」(イ・ジョンオン監督)、「ポーランドへ行った子どもたち」(チュ・サンミ監督)、「マルモイ ことばあつめ」(オム・ユナ監督)などの韓国映画が上映されたが、いずれも女性監督の作品で、多くは主人公が女性だ。
「はちどり」は韓国では昨年8月に公開され、独立映画としては異例の14万人を超える観客数を記録した。日本では4月25日から東京・渋谷のユーロスペースほか全国で順次公開予定。