韓国の最新映画『パラサイト』(寄生虫)(訳注=邦題は『パラサイト 半地下の家族』。日本では2020年1月から上映予定)という痛烈な題名は、裕福なパク家に寄生して社会の出世階段を上ろうとする地下室暮らしのキム家を指す。キム家はおカネのことが心配だが、派手な生活をしているパク家の人たちは貧乏人が放つ不快な臭気に悩んでいる。
両家の暮らしぶりはまるで違う。キム家の小さな居間からは、酔っ払いが立ち小便する場にもなる通りがのぞける。一方、パク家の巨大な窓からは、手入れの行き届いた生け垣に囲まれ、芝生がきめ細かく刈り込まれた景色が見える。キム家が食べるのは安いピザ。パク家はふだんから高級牛肉を好んで食べる。
この映画は「持てる者」と「持たざる者」が対抗する韓国の最新作だ。今年のナンバーワン映画の『エクストリーム・ジョブ』(20年1月から日本で公開)や最近の『バーニング』(19年2月日本で公開)、2013年製作の『スノーピアサー』といった映画もある。所得の格差が韓国映画で繰り返し主題になるのは偶然のことではない。専門家によると、こうした映画はほとんどが韓国内で大ヒットしたが、それは所得格差が拡大し続けている韓国の人びとの感情に刺さるからだ。
そのような不平等は米国など多くの国々も苦しめているが、韓国の所得分布は著しく偏っている。2015年時点でみると、韓国の上位10%が国の富の66%を保有し、人口の下位半数の保有分はわずか2%にすぎない。これは、米カリフォルニア大学アーバイン校の東アジア学教授で韓国映画に関する本を数冊書いているキョンヒョン・キムが引用した数字だ。加えて、韓国人エリートの多くは富を相続している。
その不平等は特権層の腐敗が絡むスキャンダルと相まって、韓国の人びとの間に大きな恨みと不満を醸成しており、近年は「金のスプーン」(訳注=韓国語でクムスジョ)や「泥のスプーン」(訳注=韓国語でフクスジョ)といった新しいスラングが登場している。
「金のスプーンをくわえて生まれてきた人たちは、すでに成功したも同然の人たちなのだ」と教授は言う。「持たざる者は泥のスプーン。彼らはいつも泥のスプーンを与えられ、たえず苦しめられている」
泥のスプーンの人たちには社会的地位の流動性が欠落しているという問題がポン・ジュノ監督の映画「パラサイト」の核心にある。キム家の人たちは、それぞれ賢くて才能に富んでいる。だが、隣の家のWi-Fiを盗用するためだけの目的でトイレの脇にしゃがむ込みほど貧乏で、成功への明確な道はない。
経済的に恵まれていない米国人も似たような苦境に置かれているが、就職に際して、韓国の場合は雇用主が求職者の親について質問するため、職を得る見込みは家庭環境と結びつく可能性があり、それが特権層には有利に働くとキム教授は指摘する。さらに、私立学校は教職の地位に一族のメンバーを優先的に採用する縁故主義の慣行があることも調査で明らかになった。
だとすれば、成り上がれるまで偽装してはどうか。映画『パラサイト』では、キム家の息子で英語が堪能なギウは、特権層の友人の紹介と大学卒の偽造証明書を使ってパク家の人たちをだまして10代の娘に語学を教える家庭教師の職を得る。ギウの妹のギジョンはアートセラピスト(芸術療法士)を装ってパク家の障がいを持つ小さな男の子を世話する仕事に就く。キムの父親はプロの運転手、母親は家事代行者のふりをしてパク家に入り込む。パク家の人びとはだまされやすいのだ。
イ・チャンドンが監督した昨年の映画『バーニング』もまた、不器用な三角関係という暗い物語で社会的な分断を描いている。作家になることを夢見る農家の息子ジョンス、ポルシェに乗る不可解なくらい金持ちの男ベン。2人は気まぐれな女ヘミを追いかける。ジョンスはヘミと男女の関係になるが、泥のスプーンではベンにかなわない。ベンはヘミに金のスプーンの仲間入りを申し出る。
監督ポン・ジュノによるもう一つの作品『スノーピアサー』では、特権層と恵まれない人たちとの格差が途方もなくあからさまだ。地球に生き残った人間がいつまでも走り続ける列車に乗っているという黙示録出来事後のスリラーで、前方の豪華車両は持てる者たちが占めていてすしを味わい、後尾の車両には持たざる者たちがゴキブリでつくられたゼラチンのたんぱく質の塊を食べている。泥のスプーンの人たちが事態を改善するには、列車の前方に向かって戦い殺害しながら道を開いていくしか方法がない(ネタバレだが、誰もこの戦いに勝てない)。
韓国映画には、社会的な不平等の問題を軽いパロディーとして扱う作品がいくつかある。イ・ビョンホンが監督した『エクストリーム・ジョブ』は、麻薬の売人を捕まえるためのおとり捜査でフライドチキンのレストランを開く間抜けな警察官のチームが主役。そのレストランはにわか景気に沸き、警察官たちはもうけが出る商売の方に夢中になってしまうのだ。
韓国では社会の不正をめぐる不満が、主として汚職問題をきっかけに2016年に噴き出した。その年、当時の大統領、朴槿恵(パク・クネ)は収賄や強要、権力乱用で弾劾(だんがい)訴追された。朴追放の中心になったのは、(親友の)チェ・スンシルの行為への密接な協力が発覚したことだった。チェは、大学の授業にあまり出席せず課題もほとんどできなかった娘のチョン・ユラに優秀な成績をつけてもらうよう大学の幹部や教授らと共謀したとして有罪判決を受けた。
多くの韓国人にとって、このスキャンダルは金持ちで有力な人たちの汚い行為や不公平さの縮図なのである。
映画『スノーピアサー』や『バーニング』『パラサイト』は、いずれもほとんどシッチャカメッチャカな冷笑で終わる。つまり状況が、恵まれた人たちにとってさらにいい方向に向かうことに疑問が投げかけられているのだ。それは自国の経済に対する信頼の低下を反映しているのかもしれない。
朴槿恵の後任となった大統領の文在寅(ムン・ジェイン)は選挙公約の中で、労働者階層のために機会を創出して所得格差を縮小すると約束した。その一環で、増税と最低賃金の引き上げを図った。しかし、この戦略はうまくいっていない。格差は広がり続けており、経済成長は鈍化、失業率は上昇している。ギャラップの世論調査によると、文在寅の支持率は2017年には84%だったが、今年の9月は40%にまで急落した。
「人びとは希望を失いつつある」。東アジア学教授のキムはそう語った。(抄訳)
(Brian X. Chen)©2019 The New York Times
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