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ファン・ビンビン事件後の萎縮を憂う 映画『十年』、中国本土版を目指す理由

シネマニア・リポート
『十年』の国際統括プロデューサー、香港のフェリックス・ツァン Photo: Kitamura Reina
『十年』の国際統括プロデューサー、香港のフェリックス・ツァン Photo: Kitamura Reina

オリジナルの香港版『十年』(2015年)は、独立運動の若者への弾圧や、検閲や管理が進む近未来を描いた5つの短編から成る。20~30代の若手監督5人が製作費わずか約50万香港ドル(約720万円)で撮り、たった1館で上映を始めるや口コミで評判が広がって、興行収入は約600万香港ドルと、地元では米国の人気映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)を超える大ヒットに。2016年には香港のアカデミー賞にあたる「香港電影金像奨」作品賞にも輝いたが、授賞式の様子は中国本土では報道されず、作品の上映も認められなかった。詳しくは、プロジェクトを立ち上げた香港のン・ガーリョン(伍嘉良)監督(37)へのインタビューをご覧いただければと思う。  

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日本版『十年 Ten Years Japan』より、「いたずら同盟」に出演する國村隼 © 2018 “Ten Years Japan” Film Partners

躍進を続けてきた中国の映画産業の陰で勢いをなくした香港映画界の草の根の快挙に、アジア各地の映画人にも賛同の輪が広がった。そのひとりが、映画の宣伝や海外営業に携わってきた高松美由紀(45)。2016年にイタリアの映画祭で香港版『十年』を見ていたく共鳴、同作の国外配給を担っていたフェリックス・ツァンらと知り合い、「日本版を作ろう」と盛り上がって、それまで映画製作は未経験だった高松が日本版プロデューサーに就くことになった。ツァンらは同時にタイや台湾の映画人とも話し始め、国際統括プロデューサーとして3カ国・地域の各製作陣と連携しながら完成にこぎつけた。 

日本版『十年 Ten Years Japan』は5人の若手・新鋭の監督が脚本も書いた。進む高齢化で75歳以上に安楽死政策が導入される未来を描いた早川千絵監督(42)の「PLAN75」、子どもたちの行動をAI(人工知能)で厳しく管理する小学校を舞台に國村隼(62)が出演する木下雄介監督(37)の「いたずら同盟」、母のデジタル遺産に翻弄される娘と父を杉咲花(21)と田中哲司(52)が演じた津野愛監督(31)の「DATA」、放射能汚染で人々が強いられた地下暮らしを少女の目でつづった池脇千鶴(36)出演・藤村明世監督(28)の「その空気は見えない」、日本に徴兵制が敷かれた近未来を突き刺す、太賀(25)と木野花(70)出演・石川慶監督(41)の「美しい国」の計5編だ。 

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日本版『十年 Ten Years Japan』より「美しい国」、木野花さん(左)と太賀さん ©2018 “Ten Years Japan” Film Partners

総合監修は、『万引き家族』(2018年)でカンヌ国際映画祭パルムドールに輝いた是枝裕和監督(56)。是枝監督がかねて「若手が作る場の提供」「アジアの若手の作り手との連携」を考えてきたことから、高松プロデューサーが声をかけた。それでも、テーマ的にも資金集めは簡単ではなく、出資をかけ合った約20社の多くに当初断られたという。

高松プロデューサーは言う。「実は、本当の『公開』は10年後じゃないかなと思っている。10年は長すぎず短すぎず身にしみてくる絶妙で秀逸な期間設定。まずは今、劇場で体感していただき、10年後にもう一度見て、あの時こう思ったけれども意外とこうだったとか、まったく違う思いが出てくるのを感じていただく最初のステップになればと思う」 

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『十年』の国際統括プロデューサー、香港のフェリックス・ツァン(左)と、日本版『十年 Ten Years Japan』の高松美由紀プロデューサー Photo: Kitamura Reina

台湾版『Ten Years Taiwan(原題)』は2019年1~2月頃にも現地で公開予定だという。タイ版『十年 Ten Years Thailand』はタイ初のカンヌ・パルムドール受賞監督アピチャッポン・ウィーラセタクン(48)が監督陣に加わり、今秋の東京国際映画祭で上映。タイは2014年のクーデターで軍事独裁政権となり、「まさかのミャンマー化」との揶揄が聞こえるほどの状況が続く。「このためタイ版の監督たちは問題をストレートに語ることができず、脚本で取り組んだ問題の多くはメタファーとして観客にわかってもらうよう努めた」とツァン。それでも今年12月、小規模ながらタイで公開のめども立ったという。その頃、現地からどんな反響が広がっているだろうか。 

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タイ版『十年 Ten Years Thailand』より「キャットピア/Catopia(仮)」 ©Pop Pictures

 「日本版」「タイ版」「台湾版」を国際統括プロデューサーとしてとりまとめたツァンに東京でインタビューすると、言った。「どれも、それぞれに違っていておもしろい。どんな国や地域にもそれぞれの政治的問題があり、社会問題をどう描くかにもそれぞれのスタイルがあるということだ。ただ、そこには共通のテーマがある。表現の自由は当然あるべきものだと思いがちだが、多くの地域では実際、思った以上にそうではないでしょう?」。そのうえで、ツァンは「うまくいけば、もっといろいろな国や地域のバージョンにも広げたい」と思い描く。 

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『十年』の国際統括プロデューサー、香港のフェリックス・ツァン Photo: Kitamura Reina

 見据えるひとつが、中国本土版だ。今や市場規模で北米に次ぐ世界第2の映画大国となったとはいえ、検閲制度下にある本土の映画人が、近未来を政治的に描く作品を撮るなんて可能なのか。「本土には今、本当にすごい映画製作者がたくさん出てきている。とても優れていて才能があり、クリエーティブだ。新しい業界としてハリウッドや香港、他のアジアなど各地から学び、とてもおもしろい業界になりつつある。プロデューサーとしては、彼らと何かに取り組むのはおもしろそうだと感じているし、そうでないと意味がない」。ツァンは力説した。 

 中国本土の映画界の勢いはしかし、ここ数カ月で一気に冷え込んでいるという。ハリウッド進出も果たした中国スター女優ファン・ビンビンが巨額の脱税問題で一時拘束、引退まで報じられている一連の事態が引き金だそうだ。

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今年のカンヌ国際映画祭でレッドカーペットを歩く中国の人気俳優ファン・ビンビン=2018年5月、ロイター

ツァンは言う。「本土の映画人に聞くと、ファン・ビンビンの件以来、業界は実におとなしくなってしまった。スキャンダルが収まるまでしばらくおとなしくしていようということもあるだろうが、進行中の製作現場も多くある中、とても活気がなくなっていると聞く。注意喚起や警鐘としてとらえられ、大きく成長してきた映画界への減速バンプになっている」

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台湾版『Ten Years Taiwan(原題)』より「メイキング・オブ/A Making-Of(仮)」 ©Ten Years Studio

市場拡大とともに質の向上もめざしてきた中国の映画界は近年、ハリウッドなどで大きく稼ぐ映画人も輩出、ファン・ビンビンは国家主導の市場経済モデルが生んだ「チャイニーズ・ドリーム」の象徴的存在となった。一方で格差の広がりも深刻で、習近平・中国国家主席の腐敗一掃運動のもと、彼女はトップスターの座から一気に引きずり下ろされる形に。ツァンによると、これとほぼ時期を同じくして、追い討ちをかけるように、「中国当局の検閲手続きもより厳しく引き締められるようになり、作品のゴーサインを得るのが難しくなっている」。ファン・ビンビン事件以前は、本土の映画人も検閲の枠内なりに創造性を発揮しようと取り組んできただけに、影響は小さくない、とツァンはみる。「検閲ではまず脚本が当局のめがねに叶わなければならない。映画人たちは今後、検閲を通るため脚本をもっと穏当なものに抑えるようにするだろう」

影響は香港にもじわり及んでいる。「香港の映画人の多くは本土側と仕事をし、香港・中国合作の映画を撮ったり、本土で撮影したりしている。香港で撮って上映する限りは検閲対象にはならないが、みんな本土でも上映できるようにしたい。その本土の業界の動きが鈍くなり、本土での仕事を控える例も出ている」 

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『十年』の国際統括プロデューサー、香港のフェリックス・ツァン(左)と、日本版『十年 Ten Years Japan』の高松美由紀プロデューサー Photo: Kitamura Reina

 香港では2014年から毎年、米サンダンス映画祭の「出張版」が開かれている。サンダンス映画祭は、米俳優ロバート・レッドフォード(82)が若手映画人の登竜門として立ち上げ、今やアカデミー賞の前哨戦にもなっている名門祭典だ。

サンダンスの「香港出張」は主に、香港映画の発掘というよりは、米インディペンデント映画の中国展開を進めるのが所期の狙いとみられ、香港映画の表彰は今のところ短編コンペにとどまる。だが香港の若手が、経験や人脈の豊富な米映画人と地元で語り合える貴重な場になっているのは確かだ。そのうち、香港映画が中国本土の市場に頼らず世界へじかに飛び出す「窓」にもなるかもしれない。

そう言うと、ツァンは「そう願う」と答えた。「僕らの映画会社ゴールデン・シーンはここ2年ほとんど、若手の映画人とばかり仕事をしている。というのも、経験ある香港映画人が本土で仕事をするようになり、検閲を念頭に、脚本がとんがってしまいすぎないようにするうち、香港映画界には空白や隔絶の期間がしばらく生まれた。そうして必然的に、若き映画人が台頭した。彼らはいい映画を撮ってはいるものの、きわめて低予算で、香港市場向けのとても内的なドラマだったり、国際市場が期待するタイプの作品ではなかったりする。国際的には今も、香港といえばジャッキー・チェン。だけど僕は、香港で今懸命に映画を作っている人たちを世界に知らしめたい。香港映画界が落ち込み話題に上らなくなった空白期間があっただけにとても大変だが、若い映画人を世界に押し出すのが僕の仕事だと思っている」 

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香港版『十年』より「焼身自殺者」 ©Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited

そうした努力の末に、ファン・ビンビン事件による「萎縮」をもバネに、本土の映画人が香港に合流して大陸版『十年』を作る日だってくるかもしれない――。私もそんな気になってきたのは、楽観的にすぎるだろうか。 

とはいえ香港も足元では、中国返還後も高度な自治を保障する「一国二制度」が次第に崩れつつある。「真の普通選挙」を求めて大勢の若者たちが立ち上がった2014年の「雨傘運動」は結局収束し、かかわった若き民主派たちは収監や政治活動の制限などを強いられている。今年9月下旬には香港と中国本土を結ぶ初の高速鉄道が開通したが、香港側の駅構内などでは中国の法律が適用。民主派を中心に「一国二制度の侵害だ」と反発や懸念が続いている。 

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中国本土を結んで9月下旬に開通した高速鉄道の香港・西九竜駅。中国の国旗(右)と香港の区旗が掲げられた Photo: Masumitsu Yuichiro

 ツァンは言う。「僕たち香港人は今、精神的に敗北感に包まれている。一国二制度は基本的に、1997年に中国に返還された日から損なわれ続けてきた。表現や報道の自由を失いつつあるし、僕らの税金がどう使われているのかもわからない。香港の人たちはなお、箱のような住まいに天文学的な価格で住んでいる。高速鉄道の建設に費やすだけの税収があったなら、政府はなぜ、公共住宅建設にお金を投じ、住まいが人々の手に届きやすくなる施策をとったりしないのか?」

10月下旬には、中国広東省と香港、マカオを約55kmでつなぐ世界最長の海上大橋が開通した。「高速鉄道も海上大橋も、香港とマカオ、中国本土とを海で隔てることなく、物理的につなげるために建てられた。香港もマカオもすべて中国本土に属しているというメッセージだ。大きな表明だと思うし、だからそれだけの巨費を投じた」

香港版『十年』では、強まる「愛国教育」の行方も取り上げている。「中国政府にしても、今の僕らのマインドを変えようとするのはとても厄介で、大変な戦いだ。いや、そう大変ではないかもしれないが、僕らはあと50年もすれば退場する。でも、教育で僕たちの子どもたち世代の考え方を変えるのはたやすい。まったく新たな世代が中国政府の手で教育されれば、彼らはとてもやりやすくなるだろう」

ただし、とツァンは言う。「国や都市は人で成り立っている。その人たちが幸せに暮らせず、聞く耳を持たない政府に常に反感を持っていれば、繁栄は難しい」 

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『十年』の国際統括プロデューサー、香港のフェリックス・ツァン Photo: Kitamura Reina

中国本土の人たちは返還後、香港を多く訪れ、香港でビジネスをしたり学んだりもしている。彼らがこれからどの方向を向いてゆくか。本土版『十年』の実現は、その行方にかかっているようにも感じられた。

ツァンは韓国やフィリピンの映画人とも『十年』企画について話をしてきたという。ただ、韓国版は「北朝鮮の監督も入れないと進められないと考えている」とツァン。「とても難しいことだが、そうでなければ、ただ韓国視点のバージョンができるだけ。それも非常にいいものになるだろうけれど、意味がない。北朝鮮に今いる映画人でなくても、脱北した監督が撮るのも手だが、彼らの視点を入れることで全プロジェクトが成り立つ。北朝鮮出身の監督を呼び込みたい」。ゆくゆくは、欧米にも広げたいと思い描く。

米ノースウェスタン大学でコミュニケーションを学んだ経験も踏まえてのことか、『十年』国際企画を一方向の「コミュニケーション」に終わらせたくない思いが伝わる。香港日本タイ台湾とつながった『十年』の輪が、表現者にとってハードルの高い中国本土にも広がり、分断が深刻に広がる世界を双方向で駆け抜ける日がくればと願う。