1. HOME
  2. LifeStyle
  3. 香港人の人気スポットはコインランドリー、その切実な理由

香港人の人気スポットはコインランドリー、その切実な理由

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
香港のコインランドリーで仕上がった洗濯物を取り出す客=2018年3月31日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times。コインランドリーの店数とともに利用者も大幅に増えており、洗濯物が仕上がるまでの待ち時間の会話は、近所づきあいの新たな場にもなりつつある

海産物店が立ち並ぶ香港のにぎやかな通り。あふれんばかりのナマコやホタテ、アワビの干物。強烈なにおいの魚やエビの干物もある。

そこに、場違いな店がポツンとあった。入れたてのコーヒーと、洗濯ものを乾かしたばかりの匂いが漂ってくる。その名も「コーヒー&ランドリー」。半分がコインランドリーで、半分が喫茶だ。セルフサービスの洗濯機と乾燥機が10台。何種類もの飲み物があり、クッキーやケーキ類を楽しむこともできる。

香港市民にとって、コインランドリーは目新しい存在だ。第1号店は2014年に登場、18年初めには180軒を超えるまでになったとも見られている。

なぜ、これほど増えたのか。背景には、異常ともいえる家賃の高騰がある。香港の不動産市場は、すでに世界で最も高いとされていたが、それが上がり続けている。庶民はより小さなアパートを選ぶことを迫られ、洗濯機や乾燥機を置くスペースすらなくなったという切ない事情が生じるようになっていた。

17年に新築されたアパートの平均的な広さは354平方フィート(33平方メートル弱)。13年の平均420平方フィート(39平方メートル強)は狭まるばかりで、20年までには200平方フィート(約186平方メートル)以下の「超ミニアパート」が現れそうだ。

コインランドリーは「香港の住宅事情が生んだ新たな産業だ」と先の「コーヒー&ランドリー」の創業者の一人、KatolLo(以下、名前は原文表記)は言う。「洗濯機を置いたところで、どこで乾かすんだい」

香港のコインランドリー店「コーヒー&ランドリー」の共同創業者の一人Katol Lo=2018年3月31日、©2018 Lam Yik Fei/The New York Times

香港ではその答えは、一昔前までは通りを見上げればよかった。どんなにぎやかなところでも、洗濯物がたなびいていた。建物から突き出た物干しざおにかかる洗濯物はこの街の象徴でもあり、冗談半分に「香港国旗」とさえ言われた。

それが、1980年代に変わり始めた。中国の市場開放と国際的な金融センターとしての地位確立で香港は豊かになり、庶民も洗濯機や乾燥機に手が届くようになった。

公営住宅や古い安アパートが立ち並ぶところでは、今も洗濯物の光景が健在だ。しかし、平均所得が増えた多くの市民は、ガラス張りのこぎれいな高層アパートに入るようになり、そんな光景は見られなくなった。

ところが、これだけ家賃の単価が上がると、洗濯機や乾燥機の購入以前に、置き場所をどうするかという問題が出てきた。その結果、まず既存のクリーニング店に持ち込まれる洗濯物が増えた。しかし、あまりの急増ぶりに処理が追いつかず、受け取りまで何日も待つようになった。

そこに現れたのが、コインランドリーだ。まずは、入ってみよう。

ある日の夕方、コーヒー&ランドリーの店内には、仕事を終えたアイルランド生まれのMichaelBolger27)の姿があった。座って本を読みながら、乾燥まで終わるのを待っていた。ビットコインの取引所で働いているが、「自分のアパートではないところで、こうして気分転換できるのもいいもんだ」とくつろいでいた。

香港で増えているコインランドリーの一つ「コーヒー&ランドリー」の店頭=2018年3月31日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times

最初に香港に来たのは2016年。アパートは、乾燥機を置くには狭すぎた。湿気がひどく、洗濯物がよく乾かないので困った。しばらくはクリーニング店を利用したが、出した衣類が破れたり、シミがついて戻ってきたりしてやめた。

当時と比べれば、「精神的にもいいよ」と話すBolgerの本には、途中で読み終えるごとに折り曲げたページの角がいくつもあった。

この店からそう遠くないところに、コインランドリーチェーンの「LaundrYup」の店があった。骨とう品屋がひしめく通りから脇に数歩入った店内は狭いが、機能性を徹底して追求していた。ピカピカの白いタイル張りの床と明るい蛍光灯に赤いベンチが一つだけ。喫茶の代わりにあるのはロッカーで、中国の物流・宅配企業SFエクスプレスに貸し出されていた。

香港・九龍南部の住宅・商工業地域にあるコインランドリーチェーン「LaundrYup」の店頭=2018年3月31日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times

このチェーンの運用管理担当PattenMakによると、ニーズが大きく、維持費と人件費が安上がりなので、こんな小さな店でも毎月数千ドル相当の稼ぎがある。だから、この商売にはまだ新規参入が続くことになりそうだ。

ここから港をはさんで反対側にある大角咀の下町。別のコインランドリーチェーン「WaterLaundry」の店内では、シーツを洗いにきた主婦(40)がスマホで麻雀ゲームをしながら仕上がるのを待っていた。小さな店の壁側は、洗濯機や乾燥機でビッシリと埋め尽くされていた。

「私たちのような労働者の家庭には、洗濯機を買うお金もなければ、洗濯物を干す場所もない」。Loとだけ名乗るこの主婦は、アパートの一室をシェアしているわずか90平方フィー(84平方メートル弱)のスペースに夫と2人で暮らしており、「お金さえあれば、こんなコインランドリーを使うこともないのに」と嘆いた。

これだけ、コインランドリーが増えると、街の社会構造にも変化をもたらすと香港大学で都市計画などを教える教授JianxiangHuangは指摘する。洗濯はこれまで、私的な営みだった。それが、公的な要素を帯びるようになったと言うのだ。

コインランドリーで出会い、待ち時間に会話を交わす。「新しい交流の場ができ、そこから新たな発想も生まれる」とHuangは考えている。

香港の別のコインランドリーチェーン「Sunshine 24」=2018年3月31日、Lam Yik Fei/©2018 The New York Times

先の「コーヒー&ランドリー」の共同創業者KatolLoの狙いもそこにある。店が単なる洗濯の場にとどまることなく、近所の集いの場になることを目指している。歩道にテーブルを並べ、地元の漫画家の展示会を催すのもその一環だ。

最近のある夕方。「コーヒー&ランドリー」の客の出入りは、小刻みだが、絶えることはなかった。パジャマにサンダル姿で、乾燥がもうすぐ終わるのを待つ人。コーヒーとこの店の雰囲気を楽しみにきたという人もいた。

「今の香港は、近所づきあいがズタズタになっていることが多い」とKatolLo。「でも、この店を始めたことで、自分も隣の人の顔を覚えたし、近所の海産物屋のおやじさんやおかみさんとも知り合いになった」(抄訳)

MaryHui©2018TheNewYorkTimes

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから