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インフルエンサーは若者の心を壊しているか? ノルウェーの議論

ノルウェー通信 更新日: 公開日:
ノルウェーのインフルエンサーを讃える授与式Vixen Awards、2018年開催

「ノルウェーのインフルエンサーの議論って、日本だとあまり理解されなさそう」と思うことがある。

私は2008年にノルウェーに移住し、1年目はオスロ大学でノルウェー語を学び、2年目から同大学のメディア学で大学生となった。メディア学はノルウェー国内のネット、テレビ、ラジオ、映画、ゲーム、新聞をアカデミック目線で学ぶ。スマホやSNS、ブロガーやインフルエンサー、メディアが若者に与える影響、メディアのデジタル化やビジネスモデルはまさに私の専門分野のひとつだった。

在学当初は、一部の一般市民がネットの力により、社会的なパワー(権力)を持ち始め、まだメディアを批判的に読み取る能力がない若者に与える影響が、大学でも調査対象として注目を集め始めていた。

今はもうあまり使われない言葉だが、当時は「ピンクブロガー」という言葉が大学の教室ではよく話題となっていた。いわゆるバービー人形のような世界観を醸し出す女性ブロガーのことで、ピンク色のデザインで、化粧品などの話題が多く、一眼レフカメラで自撮りをし、フォトショップで自分の顔や身体の写真を加工しているような若い女性ブロガーのことだ。

その舞台として、「blogg.no」でブログ投稿を始めるのが理想で、ランキングでトップとなる人たちには企業が連絡をし、商品の宣伝などで莫大なお金が入るようになる。大物となった証拠として、最終的には現地の既存メディアで話題にあがるようになり、自分の名前を会社名として登録し、生活に困らないほどのスポンサーからの報酬をもらい、社会的に批判もされるようになり、年に1度の「ヴィクセン・アワード」というインフルエンサーの活躍を讃える大会で賞をもらえるようになる。

日本のブログ形式とは異なり、一眼レフで本格的に撮影し、フォトショップで画像加工し、写真のサイズは大きく、投稿記事の文字量も多くて長い。

日本とまた違うのは、ノルウェーでは「雑誌」は影響力を持っていないことだ。証拠として、オスロ大学のメディア学でも雑誌は研究対象ではない。インテリア雑誌は人気はあるが、ファッション雑誌などは次々と廃刊しており、若者に影響力をもっていない。日本のようにたくさんのテレビ番組があるわけでもなく、「エンタテイメント」ニュースも芸能人も少ないので、「人気者」や「有名人」のカテゴリーが異なる。だから、ノルウェーでのネットでの昔のピンクブロガーや今のインフルエンサーは、日本でいうと赤文字系雑誌の人気モデルや読者モデルのようでもあり、YouTuberやSNSにいるインフルエンサーのようなものでもあり、ちょっとだけ芸能人にも近い枠組みにいる。

そして、日本はおだやかに進む「トークショー」を好む社会であれば、北欧は相手を批判する「議論」を好む社会であること。ネットで自分で稼げるようになった若者を「すごいね」と評価するよりも、「若者のメンタルヘルスを悪化させることで、商業的に成功している」と批判的にみる傾向が強い。

そして、その批判する立場の中心にいるのは公共局NRK、つまり日本でいうならNHKとなる。NRKを囲むようにインフルエンサーを批判する軍団にいるのは、既存の大手メディアだ(日本での最大手の新聞社を想像してほしい)。外国人である私からすると、既存の自分たちよりもオーディエンスを集めてしまう若者メディアへの嫉妬にもみえる(そもそもジャーナリストたちが持つべき責任などを、メディアの責任や影響力を学んでもいない一般市民の若者に求めるのが不思議)。

ノルウェーのこの当たり前が日本に持ち込まれてしまえば、ほとんどの芸能人やインフルエンサーが批判対象となるだろう。ちなみに、日本でみられる「かわいい」や「もてたい」を追求する流れも、ノルウェーだったら間違いなく絶好の批判対象。ファッション業界の流れもそうだが、私はこのような北欧独特の考え方を「北欧の美の価値観」と勝手に名付けている。

なぜ若者の心のバランスを崩させているかというと、インスタグラムやブログなどで彼女たちの飾った毎日を見て、それと比較して、「私はまだまだだめだ」と思わせ、自己肯定感がどんどん低くなる。有名なインフルエンサーは整形手術を公言していることも多く、その真似をしようとする。整形手術を行う企業がスポンサーとなり、インフルエンサーのSNSやブログに、整形のクーポンコードなどが掲載される。企業などから無料で商品をもらったり、旅費をだしてもらったり、広告費をもらっているのに、「#annonse」(広告)などの表示を出さないなど。スポンサー企業との連携で、批判能力が低い若者にたくさんの商品を買わせようとしている・外見重視の価値観を植え、「私はまだまだあの人のようにはなれない」と自信を失わせている……。そのような負のサイクルが、社会問題として議論されているのだ。

この議論は私がノルウェーに移住してから、ずーっと続いている。SNSでの「広告」表示義務や若者への心の影響と対策については、政府や国会レベルで動きが出ているほどだ。だから、議論があるおかげで、変化は起きている。

議論は常にちょこちょこ出てくるが、1年に1度、大きな話題となる時がある。インフルエンサーの活躍を讃えるヴィクセンアワード授与式の前後だ(つまり今年でいうと、今である、2月頭)。私も取材に行ったことがあるが、登場するインフルエンサーたちの多くが、あからさまに「唇にボトックス打ちました」、「おっぱいに何か入れました」的な人が多かったので、「……おぉ」、「みなさん、痩せすぎ」とちょっとびっくりした(私は立場的に、日本人目線とノルウェーの既存ジャーナリスト目線の間にいるので、「こっちもわかるが、あっちの言い分もわかる」と、反応が右往左往しやすい)。

圧倒的に女性インフルエンサーが多い世界、ヴィクセン・アワードにて Photo: Asaki Abumi

ちなみにインフルエンサーがひとつの枠組みで説明できるものでもなく、このような外見重視の価値観のインフルエンサーを嫌がり、普段のきどっていない自分(すっぴん、家でだらだらしていたり)などの写真を投稿して、人気を得るインフルエンサーもいる。いわゆる、「#annonseインフルエンサー」を批判する、新世代インフルエンサーだ。この人たちは、「これまでの誤ったネット界の流れを正す」というような、正義感溢れる場合が多い。

ここ数週間は、アワードの授与式で、この新世代インフルエンサーが、外見重視・広告インフルエンサーたちを批判したことで、また議論が始まった。既存メディアは、いつもこの騒動に飛び乗りする、というか、火に油を注ぐ傾向があり、ネット記事がよりクリックされるように、ブロガーやインフルエンサーたちを対立させるように仕向ける(『ブロガーのケンカ』などのタイトルを好む)。

この、両派を招待して議論させる番組は、数日前に公共局NRKでも生放送された。ちなみに、「インフルエンサーがより注目されることになるから、NRKは彼らにカメラを向けるべきではない」という批判もくるため、司会者は番組の頭でこう説明した。

「インフルエンサーも産業界も大金を稼ぎ、脆弱かもしれない若者に影響力を持ち、社会で権力をもち、議論の場で何が正しく・正しくないかをインフルエンサー目線で伝えられるから」

今、批判する側もされる側も、共通して「困っているね」と同意していることがある。これは「この業界のシステム批判なのか」、「特定の人を批判する個人攻撃」なのかだ。

本来は、両派とも「業界制度の批判」で、改善できるところはしたいと思っており、若者のメンタルヘルスを悪化させたくはない、と思っている。だが、有名インフルエンサーが個人事業主や企業登録していたとしても、企業批判やシステム批判というよりも、「その人個人の批判」になりがちなのだ。「批判」と区別できていればいいが、本来なら「パーソナルに捉えないでね」という考えが得意なはずのノルウェー人も、この話題においてはそれがしにくいようだ。「批判」を、「いじめ」で、「私という人間が否定されている」と思い、傷ついたり、感情的になったり、議論の場を嫌がる人が多い。

批判する側も、システムを批判しているはずが、結局は、今有名なインフルエンサー、ソフィエ・エリーセなどの個人に攻撃の矢が向きやすい。「その境目が、あやふやだね」ということで、今年は議論が進んでいた。

ちなみに、ソフィエ・エリーセというのは、今最も批判され、売れている女性で、自分の人生に起きた失恋やいじめなどを赤裸々に告白し、注目を集めることが好きで、整形手術も何度もしている。最近は民間テレビ局のドキュメンタリーで、お尻の整形手術の密着番組があり、整形手術をしたがる若者が増えると、彼女もテレビ局も批判を浴びた。

ソフィエ・エリーセやインフルエンサー業界のシステムを批判する、新世代インフルエンサー、クリスティン・イェルスヴィク Photo: Asaki Abumi

最近、インフルエンサーたちの間でも新しい動きが起き始めている。ソフィエ・エリーセは、なんと、「たくさんの批判がきて、もう無理。ブログを更新するモチベーションがない」と、もうすぐブログを閉鎖すると発表したばかりだ。

ノルウェーのインフルエンサーは政治的な立場も明確にすることが多い。ソフィエ・エリーセは、動物の毛皮産業の廃止を求める側として、国会前の抗議活動に参加したこともあり、選挙では「緑の環境党」に投票すると発表している Photo: Asaki Abumi

そして、「外見重視インフルエンサーたちを批判する、正しき(?)インフルエンサー新世代」であった、ウルリッケ・ファルケさんも、インスタ疲れを告白し、アカウントを閉鎖したばかり。

スマホやSNSと若い頃から育ったわけではない今の大人は、このスマホ世代の悩みを自分事としては捉えにくい。だが、北欧各国の調査でも示されているように、今の若者のメンタルヘルスの悪化には、ネットの影響は無視できない要因だ。だからこそ、ノルウェーの閣僚や政党は、「若者の今の不安がわからない」と、各党の青年部たちや青年団体に若者の声を代弁して意見を聞くようにもなっている。

ちなみに、最近私も、脳疲労を減らしたくて、アカウントは閉鎖していないが、スマホからSNS、ニュース、Gmailアプリを全削除してみた。そうしたら1日の脳疲労が激減していたものだ。スマホやネットとの付き合い方は、時に見直してみるのも悪くない。