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ベトナムの子どもたちにも忍び寄る お菓子の姿をした麻薬

子連れで特派員@ベトナム 更新日: 公開日:
子どもの通うハノイの学校の保護者から注意喚起のメールで共有された、キャンディタイプの新型ドラッグの写真

私が特派員になった2016年秋は、ちょうどフィリピンでドゥテルテ大統領が就任した直後だった。麻薬犯罪をなくすという名目で警察が「密売人」らの家を捜査し、現地紙には、殺害された市民の遺体の写真が毎日のように載っていた。麻薬に関わっているのかどうかよくわからない人までが殺される、混乱した「麻薬戦争」は今も続いている。

麻薬は私が家族と暮らすベトナムでも問題になっている。昨年9月、身近なところで、ぎょっとすることがあった。「キャンディタイプの新型ドラッグについて」というタイトルで、ポコが通うハノイのインターナショナルスクールの日本人保護者会から注意喚起のメールが送られてきたのだ。添付されていたのは、ポコがよく食べるピンクや水色のラムネのようなものが手のひらにのった写真(冒頭に掲載)。ベトナムの現地学校周辺で広がっている新型麻薬なのだという。「チョコレートやイチゴ、桃の香りがし、普通のキャンディーと別段変わりません。事前に予防できるよう、各ご家庭でもお子さんにお伝えください」と書かれていた。

ついにきた、と思った。私が子どものころは考えられなかったことだが、かわいいお菓子の姿をして、麻薬が子どもにまで近づいてくる時代なのだ。以前取材をしたミャンマーでも「疲れがとれるビタミン剤」として、麻薬が子どもたちの間に広がっているという話を聞いた。ハノイのわが家の近くの遊園地では2018年、音楽フェスに参加した18~29歳の若者が、麻薬の過剰摂取とみられる症状で少なくとも7人死亡した。大麻成分を含んだ数百円ほどのキャンディーやチョコがネットで出回っているとも報じられる。麻薬はすぐそこにある。

麻薬は都市部だけの問題でもない

この12月、ラオス国境に近いベトナム北西部のディエンビエンフーを初めて訪ねた。ここは1954年に、ベトナム側が宗主国だったフランス軍を打ち負かした戦いの場としてその名を知られる歴史的な場所。戦いの記録を残した博物館や記念碑がある。ベトナムに53ある少数民族の人たちが多く住む地域でもある。

ディエンビエンフーの丘の上にある歴史的勝利の記念碑=鈴木暁子撮影

食堂に入ると、長い髪を頭のてっぺんでお団子状にまとめた髪形をした少数民族タイ族の人たちが食事をしているところだった。山間部では、ピンクのボンボンのついた帽子をかぶり、鮮やかな色合いの素敵な服を着たモン族の女性たちが集まっていた。「これからお葬式に行くところ」だという。人口の8割以上を占めるキン族の「アオザイ」だけではない、ベトナムの文化に魅了されてしまう。

色鮮やかな服装をしたディエンビエン省のモン族の女性たち=鈴木暁子撮影

だが今回ここを訪ねたのは、この町の周辺が、少数民族の人たちが関わる麻薬取引の現場として知られていると聞いたからだった。現地報道によれば、少数民族の多くは山間部で農業に従事しており、1人あたりの年収は国の平均2578ドルの3割しかなく、貧困家庭の55.3%を少数民族が占めるという。都市部と違って収入のよい仕事が少なく、また、海外で作られた麻薬が入りやすい国境近くにいることが、少数民族の人たちが麻薬取引に関わる理由の一つであるようだ。

ラオス国境にほど近いディエンビエン省の村=鈴木暁子撮影

ラオス国境に近い農村で訪ねたタイ族の女性(56)は、1年8カ月服役し、この5月に刑務所から出てきたばかりだ。麻薬の常習者で、国境で麻薬を受け取る「運び屋」の仕事をしていた。「ここで一生懸命働いたって1ドルしか稼げないが、この仕事をすればたくさん稼げる」。そう言われて、運び屋の仕事を持ちかけられたという。歩いて国境まで行き、ラオス側から受け取った麻薬を米やまきの中に忍ばせて、依頼主の元に運ぶようになった。稼ぎがいくらだったのか、女性は明かさなかったが、羽振りがよかったのだろう、女性の家には貧しい身なりとは不釣り合いなほど立派な木製の家具セットが置かれていた。

逮捕は2度目だという。長男が小学5年生のころに10年間服役した。その長男は28歳になり、やはり麻薬問題で刑務所にいる。長男の妻は出て行き、6歳の孫がひとり女性の元に残された。麻薬を女性にすすめた夫も亡くなり、別の息子も麻薬が原因で20代で死亡した。「6歳のお孫さんをどうやって麻薬から守るのですか?」と質問すると、女性は言った。「そんなのわかるわけがない。10年後に自分が生きているかもわからないのに」

別の村に住むタイ族のロ・ティ・スオン(41)さんは11年前、麻薬を使っていた夫を亡くした。一カ月ほど下血や腹痛に苦しんだ末に亡くなった夫の死因は、思いもよらないものだった。「エイズです。ご家族も検査をした方がいい」。医師に告げられて病院に行くと、スオンさんと、当時おなかの中にいた長女(11)も母子感染でエイズウィルス(HIV)に感染していた。

麻薬を使っていた夫からエイズウィルスに感染したタイ族の女性。政府支給の薬を服用している=鈴木暁子撮影

夫がどうやってエイズ発症に至ったのか、麻薬を使う際の注射の使い回しや、家庭外での性行為が原因なのか、今でも見当がつかない。「医師には20年しか生きられないと言われ、数カ月泣いて暮らした。死ぬんじゃないかと今も怖い」。スオンさんは自宅を訪ねた私たちに話した。でも、エイズウィルスは早期発見と治療をすれば通常の生活ができ、「必ず死に至る病気ではない」と言われて久しい。「心配しすぎず、元気になって」と、政府に支給された薬を毎日服用しているというスオンさんを勇気づけた。

日本にいるときは、覚醒剤などの麻薬は芸能人やお金持ちだけの問題だと、どこか思っていた。でも、フィリピンやベトナムで、弱い立場の人たちが麻薬の売り先としても、都合のいい密売人としてもターゲットにされているさまを見るにつけ、どんどん心配になってくる。日本も他人事ではない。